10.63.肉弾戦
陸の声が歩いてくる。
攻め立てる前に、一度役割を決めておきたい。
ウチカゲはそれぞれに指示を出す。
「様子見はいりません。ですがティック殿、範囲攻撃ではなく単体攻撃の技能を使用してください」
「わーってるよ。僕だって味方を巻き込む技能は使わない」
「助かります。カルナ殿は俺と動きを合わせてください。できますね?」
「大丈夫……。でも少し遅いかも」
「構いません。リゼ殿は連携が取れないので一度下がっておいてください。いつ陸の声が魔物を召喚できるようになるか分からないので、そちらの方の警戒をお願いします。バトルホースも下がっておいてください。リゼ殿が人の姿をとれるようになったら合流を」
『はい!』
「ユリー殿とローズ殿は騎竜と一緒に前へ。連携は任せます。貴方たちであれば問題ないでしょう」
「大丈夫よー」
「分かりました」
方針は決まった。
そこですぐにウチカゲとカルナが技能を発動させる。
「『鬼人瞬脚』」
「『クイックリー』」
バッと陸の声の眼前にウチカゲが出現する。
そのまま熊手を振り抜き、腕を斬り飛ばす。
ギャンッ!
想像以上に硬質化されている怪物の腕は、ウチカゲの力でも斬り飛ばすことはできなかった。
それに苦い顔をしたが、陸の声はこの速度に反応はできないらしい。
であればまだやりようはある。
脅威となりそうな腕を斬り飛ばすことはできなかったが、他の部位であれば問題なく刃を入れられるだろう。
すぐに距離を取る。
だがその前に、黒い鞭がウチカゲをしたたかに打ち付けた。
「ぐっ!?」
「はっ!!」
鞭をカルナがすべて斬り捌く。
それによって追撃は真逃れた。
一瞬遅れたことでカバーに回ることができた様だ。
体勢を立て直して着地し、陸の声を見てみると……。
怪物化した腕の肘から黒い鞭がビタビタとうごめいていた。
カルナが隣にやって来て武器を構える。
「接近戦は苦手ではなかったのか」
「それをカバーするために、魔物の一部を体に取り入れてるんじゃ……?」
「ああ、なるほど……」
過去に悪鬼に負けたことを教訓にしたのだろう。
何もせずに復活をただただ待っていただけではないようだ。
今は腕だけしか魔物化していないが、他にも再現することは可能だろう。
気をつけて戦わなければ不意を狙われて大怪我をする可能性がある。
ずにゅにゅ……。
鞭が再生してのたうち回る。
何度か地面を叩いた二本の鞭がウチカゲとカルナの方に向かって飛んできた。
速度は遅いので対処はできる。
武器を使って細切れにし、攻撃を凌いだ。
「厄介……!」
「同感です」
陸の声はこちらを一切見ていない。
鞭が勝手に動いて攻撃をしてきているのだ。
恐らくこの二人のことは鞭に完全に任せるつもりなのだろう。
だが、速度は遅いので……勝機はこちらにある。
「『スローリー』」
ズンッと陸の声の体が重くなった。
異常に気付いたがデバフ技能を解除できる技能は所持していない。
「チィ」
「そっちばかりに目が行ってちゃいけねぇぜ。『スピアトルネイド』」
浮遊して隙を伺っていたティックが杖を向ける。
陸の声がこちらから目を放した瞬間を狙ったのだ。
小さな風が一本の槍の様に収縮していき、細いドリルのような鋭い刃が完成した。
それをドウッと風を使って発射させる。
動きの遅くなっている陸の声はそれを回避することはできなかった。
ティックのスピアトルネイドが陸の声の腹部に直撃して体を吹き飛ばす。
だがしっかりと足で踏ん張りを利かせているらしく、ただ地面を滑り続けるだけだった。
貫通していない。
そのことに気付いたティックは目を凝らして注視する。
この技能は貫通に特化した鋭い単体攻撃であり、岩でもなんでも貫くことができるのだ。
人間であれば体に大穴が空くのは必須。
不発に終わったとは思えないし、なんならしっかり直撃している。
零漸のような防御力を有しているのであれば確かに効かないかもしれないが、陸の声にそれ程の防御力はないはずだ。
陸の声がしばらく攻撃に耐えていたが、ようやく動いてスピアトルネイドを手で払いのける。
霧散すると同時に見えなかったものがようやく見えた。
陸の声の腹部が黒い鱗に覆われていた。
「うぇ、なんだありゃ」
『黒い鱗? 凄い防御力ね……』
「接近戦の方が良さそうね! この戦斧で叩き割ってあげるわ!」
ユリーはパックに指示を出し、突っ込んでもらう。
それを確認したローズが魔法を使って援護し、一番火力がありそうなユリーに確実に攻撃を入れてもらう為、ウチカゲとカルナが陸の声に飛び掛かった。
ウチカゲの力は普通の鬼と比べてあまりない方ではあるが、それでも大岩を持ち上げられるほどの怪力は有している。
しかし、武器の相性が悪かった。
なのでユリーに攻撃を託したのだ。
「カルナ殿! 少し離れてください!」
「分かった……」
「『鬼人闇影』……」
カルナがその場を飛びのいた瞬間、ウチカゲが闇を操って陸の声を飲み込む。
真っ暗な空間に閉じ込められた陸の声だったが、特に何か感じることもなく腕を振りまわした。
だがそれは空振りに終わる。
すると、腕が切り落とされた。
「!?」
怪物化した腕が両断された。
先ほどはまったく効かなかったはずなのに、闇に飲まれた瞬間攻撃が効くようになったのだ。
何も見えない状況で攻撃を入れられるのは非常にマズい。
すぐにこの場から脱出しようと足を動かしたが、それで位置がバレた様だ。
「そこか……」
「んぐぅ!?」
この空間は面白い。
鬼人闇影は対象一人を闇の中に捕らえるものだ。
それだけ聞けば何やら普通のように感じるが、これの恐ろしいところは任意の場所に斬撃を飛ばせるということ。
だが自分も敵も目が見えなくなるというデメリットがあるが、常日頃から目隠しをし、気配を捉え続けていたウチカゲであれば、音を聞いて敵の位置を把握できる。
そしてこの斬撃は、すべての防具や防御力を無視するらしい。
更に……この空間は恐怖心を駆り立てる。
それは感情がある生命体であれば適用されるので、陸の声も例外ではなかった。
「なめるなよぉ……!!」
恐怖心を何とか振り払い、半場ヤケクソに腕を再生させて怪物化させる。
両足も変形させ、もはや人の姿とは呼べる姿ではなくなった。
人型の化け物が四足歩行で走り回る。
その速度は非常に速い。
しかし、ウチカゲは熊手を振るって斬撃を繰り出し続ける。
それは一発も外れることなく吸い込まれるようにして陸の声の体を切り刻む。
だが怪物化することによって回復速度も向上しているらしく、腕や足を斬り飛ばしてもすぐに回復して再び走り出す。
「だが……」
そこでウチカゲは鬼人闇影を解く。
急に周囲が明るくなったことによって陸の声は目をつぶってしまった。
その目の前に……戦斧を振りかぶったユリーがいた。
大上段からの兜割。
タイミングも完璧であり、目をつぶっているため回避もできず、なんならユリーの存在にも気付いていないだろう。
「『
ズガッ!!
陸の声は頭をたたき割られ、地面に叩きつけられた。
その瞬間、二度目の衝撃が体に加わる。
何度か体が痙攣した。
追撃を加える様にして、三度目の衝撃が体を襲って骨を折った。
陸の声は地面にめり込んだまま動かない。
ユリーはとりあえず離れるため、戦斧を抜いてパックの背にしがみつく。
「ウチカゲ! 貴方何したのー!? やるわね!!」
「闇の中に閉じ込めたのです。そちらに誘導しました」
「闇? そんなのなかったけど」
「どうやら他人には見えないようでして」
「へぇ~」
ズズッ……。
めり込んでいた陸の声の体が持ち上がった。
頭は割れたまま、怪物化している。
いよいよ辛うじて残していた顔も変形させたようだ。
四足歩行の獣。
頭は二つに割れ、目玉がギョロリとこちらを向いた。
吸血する魔物の様なストローが口についており、皮膚はボロボロだ。
足の爪は鋭く、前脚の肘からは鞭のような触手がのたうち回っている。
後ろ脚は肥大化しており筋肉質だ。
バランスがあっていないので、それが気色悪さを増大させる。
黒い鱗に覆われた不気味な存在は「キュゥアアア」という甲高い鳴き声を上げてこちらを凝視した。
「きっ!? キッショオオオオ!!」
「腐臭も漂ってきますね。いよいよ神ではなくなったようです」
ズンッ、と足をこちらに踏み込む。
グッと後ろ脚に力を入れた瞬間、爆発したように飛んできてパックに体当たりした。
骨が折れる音が聞こえ、背に乗っていたユリーが放り投げだされる。
「ギャギャッ!!?」
「わああああ!!?」
「なに!?」
「ユリー!!」
その攻撃は、ウチカゲが反応できない速度だった。
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