11.8.墓参り


 俺と鳳炎、ウチカゲと姫様、そしてアレナは前鬼の里にある墓地へと向かっていた。

 俺が歩くと鬼たちが挨拶をしてくれるのでなかなか進むことはできなかったが、数年ぶりに話すことができたのだから、そりゃあ声を掛けてくるに決まっている。

 無下にする訳にもいかないのでしっかり話を聞くことにした。


 ほんと、俺六年とか寝すぎだろ。

 会話が弾む弾む。

 俺の服を作ってくれた鬼たちとか、刀を打ってくれたお爺ちゃんの鬼とかとも話すことができた。

 壊れてしまった鞘とか直してくれたらしい。

 めっちゃありがたい……おまけに研ぎもしてくれたそうだ。


 そういえば俺が起きた時……綺麗にされていたな。

 赤ちゃんとかアレナとかの件がインパクト大きすぎて細かいところ見られなかった。

 手入れもしてくれていたみたいだしな。

 本当にありがたい限りだ。


「……でも少し疲れたな……」

「まぁ仕方ないですよ。どれだけ心配されたと思ってるんですか」

「そ、そうだよなぁ」


 あれから数十人くらいに話しかけられた。

 とはいえ全員と話し続けるのは疲れるというものだ。

 なんせ、俺寝起きだし……。


「むぅー……」

「まだ拗ねてるのか?」

「だって……」

「俺も勝手だったけどね」

「本当ですよ応錬様。もう会えなくなるんですから……」

「いや、ウチカゲと姫様はそうとは限らないぞ? もしかしたら誰かが封印を解いてくれるかもしれないからな」

「それはないでしょう。邪悪な存在として恐れられているのですから、封印を解こうという人物が現れるのであれば、完全に悪人ですよ」

「あー、それもそうかぁ~」


 まぁ、期待はしていないけどね。

 でもこの二人には少し頼みたいことがあった。


「四百年後、お前たち二人は生きているかな?」

「どうでしょう。俺は鬼の本質に気付いているので可能性はありますが……」

「私はー……ん~。分かんないです」

「そうかぁ。じゃあさ、生きていたら……カルナと宥漸のことを頼むな。零漸は飛ばせないっぽいし」

「またそうやって重要な事を簡単に……」

「懲りない奴である、まったく」

「はははは」


 四百年後がどうなっているのかは分からないから、世界の様子を知っている人物が二人を保護してくれなければならない。

 すぐに四百年後の環境に慣れるなんてことは無理だと思うからな。

 知り合いが一度保護してくれる方が良い。


 まぁその時はウチカゲも姫様も居なくなっているかもしれないので、他の鬼たちに継承してもらう必要性がありそうだが。

 この辺は任せるとしよう。

 でも長生きできる鬼か悪魔にしかこの事は任せられない。

 ダチアかマナあたりにも、この事を伝えておくことにしよう。


 と、予定より長い時間をかけて俺たちは墓地へとようやくやってくることができた。

 以前見た時とほとんど変わっていない。

 よく手入れがされているので、雑草はまったくといって生えていないようだ。


 ウチカゲが先頭を歩いて案内をする。

 桶に水を汲み、杓子を持って墓地へと足を踏み入れた。

 細い道を並んで歩いていると、少しばかり大きな墓が見えてくる。

 ライキと天打と一緒にレンマの墓を見に行ったことがあるのだが、そことまったく同じ場所に案内してくれたようだ。


「ここは、歴代の鬼人舞踊師範の遺骨が納められている場所なのです。開祖のレンマ様、二代目ダンマ様、三代目ケンキャク様、四代目タンゾウ様、五代目ラクヨウ様、六代目ジナリ様、七代目が天打です」

「五百年の間に結構入れ替わってるんだな」

「三、四、五代目の時代は戦争が起こっていたらしいですからね。そこで多くの鬼たちが亡くなりました」

「そうなのか……」

「応錬様、こちらが天打の墓です」


 開祖レンマの少し後ろに、天打の墓があった。

 二代目三代目はレンマの墓の隣りにある。

 三列目に、四から七代目の墓が並べられているようだ。

 天打の墓には、しっかり七代目と彫られていた。


 鬼人舞踊についてはあまり教えてもらったりはしなかったな。

 ただ、傘踊りが型になっているということだけは知っていた。

 他にも鬼人舞踊を学ぼうとしている鬼がいるとは知らなかったが。


 ウチカゲが水で墓石を洗い始める。

 俺も手を貸そうとしたが、姫様に止められた。


「応錬様、鬼の墓石は鬼のみで綺麗にしてあげなければならない決まりなのです」

「そうなのか……。まぁ、親族以外の者が墓掃除して酷い目に合うって話は聞いたことあるしな」

「いくら応錬様でも怒られちゃいますからね」

「だなぁ」


 ここは大人しく見ておこう。

 結構大きな墓石だから洗うのに時間が掛かりそうだ。

 だが俺たちはその様子を静かに見つめて待った。


 しばらくして、桶の中に水がなくなる。

 最後に水をかけたあと、杓子を桶の中に入れて隅に置いた。

 ウチカゲは懐から袋を取り出し、それを盃に乗せてお供えをした。


「それは?」

「前鬼の里で作っている茶葉です。あいつは、酒より茶が好きだったものですから」

「へぇ……意外だな」

「酒とか肴とか、故人が好きだったものをお供えするんです。自分専用の茶器で茶を沸かしていたりしていましたから……こっちの方がいいのかなと思いまして」

「想像つかないんだけど」

「私も……」

「そうですか? 私はよくお茶を飲ませていただいていましたよ。お仕事の合間とか」


 姫様が懐かしそうにそう言った。

 お茶が好きだったのは本当だったんだな……。

 鬼だからもっと違う物が好きなんだと思ってたよ。


 俺も飲みたかったなぁ、天打が入れたお茶。

 前鬼の里を離れてからは、ほとんど会わなかったもんな……。

 姫様を助けに行くときとか、そんな余裕なかったし。


「……もっと話をしておけばよかったなぁ」


 悔やまれる。

 未来予知などできるはずはないので、その時にもっと話しておこうなどと思うことはないのだが……。

 やはり亡くなってしまったからこそ、ああしておけばよかったなどと感じてしまった。

 何かを失ってからでは遅いというが、まさにその通りだ。


 ……これは今の俺にも適用されるのかもな。

 自分はよくても他はよくない。

 だが本人が決めたことだからと、それ以上は何も口にしない。


 いや、もうこれを考え始めると心が揺らいでしまう。

 考えないようにしよう。


「いいか?」

「どうぞ」


 ウチカゲに許可を取り、天打の墓の前に立つ。

 手を合わせて目を瞑る。


 お前が戦ってくれなければ、俺たちは勝てなかっただろう。

 戦った存在の力を大きく削いでくれた。

 だからこそ、最後の戦いで勝つことができたのだ。


 ていうかお茶が好きだったんなら振舞えよなー。

 俺も元日本人なんだからそういう日本文化は大好きなんだ。

 お米とか味噌汁だけであんだけ感動したんだぞ。

 まぁ……あの時は味覚が復活してすぐだったから、何でも美味しく感じたのかもしれないけどね。


 お前が生きていたら、剣術少しは勉強したかった。

 あ、でも今は日輪の経験が全部俺の中にあるから……どっちが教える立場になるんだこれ。

 でも日輪の流派は三尺刀じゃないから、鬼人舞踊のことは教えてもらわないといけないな。

 俺には使いこなせないと思うけどね。


「……有難うな、天打」


 目を開けて振り返る。

 皆の元へと戻り、また墓石を見た。


「行こうか」

「いいのですか?」

「ああ。リゼに話を聞きに行かないといけないしな」

「分かりました」


 ウチカゲが桶を手に取り、また先頭を歩く。

 また来ることができたのなら……今度は茶葉を持ってこよう。


 心の中でそう呟き、俺たちは墓地を後にしたのだった。

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