6.24.本領発揮


 音。

 思い返してみれば、それに繋がるヒントはいつも真隣にあった気がする。


 だがこれは日常に常にある物だ。

 身近なもの程気が付きにくいという事は、よくある事。

 これもまたその一つ。


 大きな音は、その分だけ力があるという事。

 目が見えずとも、音さえ聞ければそれがどれほどに強大な物なのかが分かる。

 耳が聞こえなくても、足から伝わる振動と、腹の底を叩きつける様な音の塊を受ければそれを知覚できるはずだ。


 太鼓演舞は、まさに鬼の本質を皆に教える為だけに作られている物。

 腹の底に響かんばかりの音を出し、鼓舞させる。


 先程の一連を思い出してみれば、ゴウキが動く度、腹に響くような爆音と振動が周囲を揺らしていた。

 それは何度も何度も自分たちにぶつけられていた。

 一度として、静かな攻撃などという物は存在していなかった。


 似合わない。

 鬼に、静かな攻撃など似合わない。


「鬼が隠密など……似合わないか」

「静かな太刀筋など、似合わない」


 二人はようやく鬼の本質に気が付くことが出来た。

 しかし、ここからが問題だった。

 鬼の本質が分かったからと言って、すぐに結果が出るわけではない。


 だが、二人はなんとなくどう戦えばいいのかを把握していた。


 日本刀を使うテンダは、今まで研究し続けてきた鬼神舞踊をどうすれば最大限生かせるかを思案する。

 日本刀で音を出す。

 たったそれだけの事が分かっただけだというのに、今までの動きとは全く別の太刀筋を脳内で生み出せるようになっていた。


 ウチカゲは腰を落として熊手を打ち鳴らす。


 足が速いのであれば、足を大切に。

 足が無ければ、この自慢の速度も発揮できなくなってしまう。

 腕を使わなければ。

 そして音を出して接近する。

 接近してしまえば後はどうとでもなることだ。

 どれだけ相手の不意を突けるか、どう足を運べばいいのか。

 そして、動くときも音を出し続けるには、どうすればいいのか。

 これもなんとなくわかっていた。


「行けるかテンダ」

「あたぼうよ」

「……口調変わってんぞ……」

「鬼らしく、だろ?」

「良い得て妙」


 何処までも鬼らしく。

 小さい頃、絵巻物で見た鬼の様に。

 以前仕えていた、テンマ様の様に。


 二人は絵巻物の鬼を実際に見たわけではない。

 本質を知った本物の鬼の戦いを実際に見たわけでもない。

 だが鬼としての本能が、こうしろ、と訴えかけてくるのだ。

 どうすればいいかが分かる。

 どのように立ち振る舞い、どのように動けばいいか。


 ゴウキは面構えが変わった二人を見て、ようやく気が付いたかと小さく呟く。

 そして大きく息を吸った。


「……よおおおおし!!!! それでこそ我が息子ぉ!!!! 俺も本気を出す!!!! 掛かって来いやあ!!!!」


 普通に叫ぶ声を五、六倍したかの様な爆音を二人にぶつける。

 しかし、それにもう動じはしない。


 ゴウキは悪鬼だ。

 普通の鬼の何倍もの力がある。

 それに加えて鬼の本質も知っている為、一筋縄ではいかないはずだ。

 しかし。


「行くぞぉ」

「応」


 二人は負ける気など一切なかった。


 ウチカゲはドン! と、大きな音を出して後ろの地面を大きく抉ってゴウキに接近する。

 音を出すだけでその速度は通常の三倍、いや五倍以上にはなっているだろう。

 その事に少し驚いたウチカゲだったが、元より速度重視の技を多く持っていたため、その速度の変化にもすぐに対応する。


 速度の変化に気が付きこそしたものの、ゴウキは全く対処することが出来なかった。

 振るわれた熊手が腹部へと直撃する。

 一拍遅れて、ウチカゲが振るった腕による突風が周囲に吹き荒れる。


(壊れるか!?)


 完全に力任せの攻撃だ。

 攻撃の際にも音を出そうと意識した為、熊手のことを何も考えていなかった。

 だが、不思議と熊手は壊れず、ゴウキだけが吹き飛んでいく。


「ぐんぬぅううう!」

「……おお……!」


 高威力の攻撃に思わず歯を食いしばるが、傷は負っていない。

 ゴウキは攻撃を受ける時、腹に力を入れて熊手の攻撃を防いだのだが、その威力までは防げなかったらしい。

 ズザザザザッと滑って勢いを殺していく。


 そこでウチカゲの後方にぬらりとテンダが現れた。

 距離も随分離れている。

 あの距離ではここまで攻撃は届かないだろうと、ゴウキは踏んでいたのだが……。


「鬼神舞踊『乱れ花』」


 ピュオウ!!!!

 まるで笛を思いっきり吹いたかのような甲高い音が鳴った。

 テンダもこのような音が出るとは思っていなかったのか、目を見開いて驚いている。

 しかし、他にも驚いていることがあった。


 日本刀を振るった切っ先から、幾重もの刃のがゴウキに向かって行っていたのだ。

 刃零れの数だけ、刃が増える。

 この技は今まで何度か使って来たことはあったが、普通は一筋の刃が向かって行くだけである。

 名前と意味が一致していないと思いながら使っていたが、ここに来てようやくその意味が分かった。


 音を聞いてウチカゲは一気にそこを飛びのくが、ついでにゴウキの前の岩を蹴り上げて死角を作る。

 これでゴウキからはテンダが放った攻撃は見えていない。


 邪魔な岩だと思い、ゴウキはそれを殴り飛ばすが、そこから飛び出してきたのは無数の斬撃。

 片方の腕を使って空を殴るが、空を切って迫る斬撃を往なせるはずがなく、そのまま攻撃を喰らってしまう。


「いでででででで!!」

「硬ぇ……なぁ」

「仕方あるまい。そもそも悪鬼だ」


 だが、攻撃は通じた。

 その事に二人は喜びと安心感を覚える。


 ただ音を出す様に気を付けただけで、ここまで攻撃力が変わるとは思えなかった。

 しかし、嬉しい誤算。

 本質に気が付いて何が変わるか分からなかったが、これで実感ができた。

 強い、成長している。

 そう思えてしまった。


「ん!?」

「なっ!?」


 二人は驚いて自分の両手を見る。

 今この瞬間、大きな変化があったのだ。


「……進化……?」


 二人のステータスが変わった。

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