10.6.次なる目標


 驚いて開いた口が塞がらない。

 まさかここに来てダチアに会うとは思っていなかったからだ。

 マナという魔王は初めて会うが、ダチアよりも強いということがその出で立ちだけで分かる。


 二人が驚いているのを他所に、イルーザは立ち上がってテーブルから離れた。

 小さく礼をして、その場に跪く。


「こちらまで足を運んでいただきありがとうございます。マナ様、ダチア様」

「……構わない。むしろ良くやってくれた。お前たちもだ生まれ変わりよ。よく……よく気付いた」

「む? お前はそこまで口にしても大丈夫なのか」

「力の差によるものだ。まぁ、微々たるものではあるがな」


 ダチアはそう言って顎を触る。

 今の発言は完全な肯定であったため、鳳炎は少し不思議に思ったのだ。

 しかし話を聞いて納得する。


 そうなってくると、ルリムコオスやアトラックは喋れることが多かったのだろう。

 普通の悪魔に聞いても、あそこまでの情報は手に入らなかったはずだ。

 だが、悪魔の中のトップである魔神であるのにも拘らず、本当の答えは口にすることができなかった。

 それだけ強い呪い。

 応錬の浄化魔法でも解呪することができなかったものなのだ。


「そうであるか……。……すまなかった。遅くなって」

「謝らないで。貴方たちは何も悪くない。普通に考えたら、止めようとするのが当たり前なのだから」

「マナ、といったか。だが君たちが行動する理由が分かっていれば、私たちも何か変わっていたかもしれないのだ。記憶を取り戻して分かった。本当に私たちは邪魔しかしていない」

「大丈夫、まだ……まだなんとかなる」


 マナはそう言って、魔道具袋から大きな地図を取り出した。

 机の上にそれを広げ、邪魔になっていた茶菓子はイルーザが浮遊させて片付ける。


 地図の中に書かれているのはここら周辺の詳しい地形だった。

 精度も高く、このような物を鳳炎はこのサレッタナ王国で見たことがなかったので、恐らくこれは悪魔が自分たちで作った地図だということが分かる。


 地図の中に、少し気になるマークが付けられていた。

 そこをよく見てみると、国名が書かれている。


 サレッタナ王国、アシュロ領、バミル領、ナスナロ王国、レデマ領、鬼の里、ディンマン高原、バルパン王国、ガロット王国。


 見慣れた名前がある。

 そして、ガロット王国とバルパン以外の国や領地にはバツマークが付けられていた。

 だがバルパン王国での作戦は失敗に終わっている。

 それから導き出される答えはただ一つ。


「……次は……ガロット王国……っすか?」


 ダチアとマナは静かに頷く。

 この印は、今まで悪魔が活動をして破壊してきた都市の名前なのだろう。

 サレッタナ王国は完全に破壊されてはいなかったが、それでもバツマークが付いているということは、とある条件をクリアしているらしい。

 それが何かは分からないが、やはり人間を殺す以外にも何か方法があるということを確定づけた。


 しかし次の目的地がガロット王国となると、さすがに二人は難しい顔をした。

 零漸は特に、である。

 あそこには世話になった王様がいるのだ。

 何も知らないままであれば悪魔の行いを完全に阻止するところではあったが、今はそうも言っていられない。


「ほ、鳳炎! 方法は……?」

「……まだ完全には分かっていないが、なんとなく察しはついている……。だがこれに何の意味が……」

「い、いいから教えるっすよ!」

「……いくつか予想は立てているが、一つは人払いだ」

「ひとば……え?」


 本当は人を殺さなくてもいい方法があり、建物を壊す必要がない。

 であればこれなのではないだろうかと、鳳炎は睨んでいた。


 人が多く住んでいる場所で事件を起こしているということから、人が何か関係しているのは分かっていた。

 建物を壊す必要がないということを踏まえてみると、残るは人に何かをさせなければならないという答えが鳳炎の中で導き出される。

 そもそも、悪魔は人間と街を壊すという言葉以外使用していない。

 これは遠まわしに伝えている言葉なのではあるが、このおかげで憶測を立てやすかった。

 このどちらかが、声復活の鍵を握っている。


「人々をその国、もしくは領内から移動させればいい。だが……それだけでいいのかが分からんのだ」

「こいつらに聞けばいいじゃないっすか」

「これは邪神復活の核心部分だ。彼らは私たちのこの問いに頷くだけで首が飛ぶ可能性がある。だから、いくら魔王でも教えてはくれないのだ」


 悪魔三人を見てみると、確かに口を閉じていた。

 瞬きもせず、表情も変えず、ただただこちらを見ている。

 本当にこの部分だけは何もできないんだなと、彼らの行動や表情だけで読み取ることができた。


 これだけは、自分たちで考えるしかない。

 鳳炎も自分の出した答えに疑念を抱いていた。

 こんな簡単なことで邪神である声の復活が阻止できるとはまったく思えなかったのだ。

 あまりに簡単すぎる。

 だがそれ以外の回答が、なかなか見つからない。


 もちろんこれ以外にも考えていることはある。

 すべて憶測にすぎないが、こういう巨大な存在の復活を阻止しようというのであれば、なんとなく手立ては思いつく。


「……魂が必要な場合、他の動物で代用できるかもしれん。サレッタナ王国にバツマークが入っているだろ? あの魔物の魂でこっちは何となかったのかもしれないのだ」

「ああ、なるほど……」

「他に考えられるのは魔力の放出……。わざと戦闘を起こして魔法を使用させ、魔力を消費させる。悪魔たちが執拗に戦争を吹っかけていたのはこれが目的なのかもな」

「それも分かるっす。バミル領も破壊されていないっすし、人も元気だったっすからその考えも分かるっすよ」

「バルパン王国では人も死なず、更に戦闘もあまり起きず魔法は使用されなかった。だからバツマークがついていない……ということにもこの二つで説明がつく」

「た、確かに……。どっちも皆が戦って魔力を消費したし、魔物もめっちゃ倒したっすからね……」


 鳳炎が考えている可能性は、すべて悪魔の行動に合わせると説明がつく。

 サレッタナ王国とバミル領は都市が破壊されていない。

 更に、どちらもとんでもない数の魔物が押し寄せて襲ってきた。

 それに対抗すべく、かなりの魔力を消費したはずである。

 他の領地や国のことも調べればわかるかもしれないが、今はそんな時間はない。

 早く手を打たなければ、手遅れになるかもしれないのだ。


 とにかく、今の流れから考えれば、魂を多く天に還すか、大量の魔力を消費することが声復活阻止の方法……となる。

 だがそこまで考えてみても、“それを行う理由”がまったく分からなかった。


「少しいいかしら?」


 静かにしていたマナが声をかける。

 二人は一度考えるのを止め、彼女を見た。


「……今回は、貴方たちに任せたい」

「……悪魔の場合は一つの行動しかとれないから……?」

「ええ。私たちは破壊と殺戮しかできない。だから、生まれ変わりよ」


 マナは深々と、頭を下げる。

 それを見たダチアも同じく頭を下げた。


「お願いします」

「俺からも、頼む……」


 異様な光景だった。

 今まで敵対していた彼らが、自分たちに頭を下げる姿はなんとも奇妙だ。

 だが……それが彼らの覚悟であるということも分かる。


「任せろ」


 鳳炎が返事をするのに、そう時間はかからなかった。

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