4.42.不信


 鳳炎が魔力枯渇寸前まで暴れたおかげで、俺たちだけでダトワームの処理をしなければならなくなった。

 基本的には放置しておけば、魔物が食べてくれるのだが……今回は依頼だ。

 ちゃんと倒したぞ、という証拠を持ち帰らねばならない。


 だがダトワームの素材を持ち帰るといっても、その部分は非常に限られる。

 肉だと証拠にはならないらしいし、皮を持ち帰っても臭いし脆いで使えるところなど一つもない。

 使える部分と言ったら牙や目玉くらいなのだが……。


 鳳炎が全部燃やしてしまったおかげで、はぎ取れる部分がない。

 だが、唯一損傷してない部分があった。

 それが……。


「……これが……心臓……?」

「いや動いてるっす。きもいっす」


 ダトワームの心臓は珍味として有名だ。

 なので、どうしてもはぎ取れる部分がなくなった場合は、心臓を持ち帰るのがいい。

 しかし、ダトワームの体液には酸がある。

 人肌に触れただけで、焼けただれてしまうほどに強力だ。


 流石、狂酸唾液という技能を持っているだけはある。


 なので、俺の多連水操で慎重に解体し、ようやく心臓を取り出すことにしたのだ。

 それは無事に成功し、いまだ動いている気色の悪い心臓をゲットすることができた。

 これ何円になるんだろう。


「おい、鳳炎。これでいいか?」

「問題ない。では行こうか」

「全く……MP管理位しっかりしとけよな」

「むぅ……すまない」


 ダトワームの心臓は、俺が作り出した水の中にいれておき、それを持って移動することにした。

 入れ物なかったし、こいつの心臓触りたくないので。



 ◆



 ダトワームの心臓をもって冒険者ギルドへと戻ってきた。

 半日ほどで帰ってこれたのは幸運だったな。

 この調子でもう一個くらい依頼を受けておきたい。


 しかし、冒険者ギルドに入った途端、なにやら騒ぎ声が聞こえてきた。


「ん? なんだなんだ?」

「喧嘩っすかね?」

「わからん。行ってみよう」


 人混みをかき分けて、その騒ぎの中心に行ってみると……アレナとウチカゲが立っていた。

 アレナの手には数十個ほどの黄金色をした液体の入った瓶が、カバンに入れられて抱えられており、それを守るようにして身を引いている。

 ウチカゲがアレナの前に立ち、アレナを守っているようだ。


 そしてアレナとウチカゲに対峙しているのは、女性冒険者と思われる集団だ。

 それ以外にも男の冒険者だったり、獣人の冒険者だったりと、何故か色々な人に睨まれているようだった。


「おいおい! どうしたお前ら!」

「応錬様!」

「応錬ー!」


 アレナが泣きそうな顔でこちらに走ってくる。

 俺はしゃがんでアレナの目線に合わせると、アレナはスッと普通の表情になって、誰にも聞かれないような小さな声で呟いた。


「応錬、これ魔道具袋に入れて」

「……なるほど」


 先ほどまでの表情が演技だったことに少し驚いたが、アレナが言った言葉をすぐに理解して、持っていたカバンを魔道具袋に入れてしまう。

 アレナとウチカゲに突っかかっていた冒険者が、それを見ていたようで、すぐに抗議をし始めた。


「ああ! おいこら! 何してんだてめぇ!」

「これ私が取ってきたんだもん! 誰にも渡さない!」

「嘘つけこのガキ!」

「嘘ではない! 俺はアレナがこの蜜を採取してくるのを見ていたからな!」

「仲間のいう事なんて信用できるか!」


 やはり冒険者は、アレナの取ってきた黄金ミツバチの蜜が狙いか。

 まぁ……高価だもんな。

 狙いたくなる気持ちはわかるが、そうはいかんぞ。


「あのな……大体──」

「お前らもそうだ!」

「……は?」


 言っている意味が分からず、素っ頓狂な声が出てしまった。

 え? 俺たちも? 何だって?


「お前らギルドマスターに根回ししてもらって、そうやってランクを上げてるんだろ!」

「そうだそうだ! そんなに早く上がるなんておかしすぎる!」

「不公平だ!」

「その蜜だって本当は採取なんてしてなくて、誰かからもらったんだろう!」


 んなわけあるかい。

 まぁ確かにランクはめちゃくちゃ早く上がったけど……全部正規の方法です。

 マリアが余計なことしやがったこと以外は!


 でもえっと?

 状況を整理するに……これは俺たち霊帝に向けられているものである。

 随分と信用されていない様ではあるが……。

 まぁ一から順に説明していこうか。


「おいおい。俺たちはちゃんと努力してここまで上がってきたんだ。昇格試験も受けたし、ダンジョンを攻略してランクを一個飛ばした。それの何が悪いんだ?」

「だから! お前らが不正をしてCランクまで登ったんじゃねぇのかって聞いてんだ!」

「いや、不正など只の一回も知ていないぞ」

「嘘をつけ!」


 いやこれ話にならんぞ!?

 全部事実なんだけどなぁ……。


「とりあえずさっきの蜂蜜出せよ」

「嫌だよ。なんで俺の仲間が一生懸命取ってきたものを出さねばならんのだ」

「それが不正に取り扱われてるもんだからだろ!」

「証拠は?」

「どうせ隠してんだろ!」

「マジで話にならん……」


 頭ごなしに否定しているだけではないか……。

 ったく。

 これどうしたらいいんだよめんどくせぇ。


「大丈夫か応錬」

「見ての通りだ。めんどくせぇ」

「鳳炎さんだ!」

「あ、本当だ! でもなんで?」


 鳳炎が出てくると、周囲の反応が一気に変わった。

 そういえば鳳炎は、冒険者ギルドの中で結構有名なんだっけか。


 鳳炎が前に出てくると、突っかかってきている冒険者が声を上げる。


「鳳炎さん! こいつらおかしいんです」

「どんなところが?」

「前々から気になってたんですけど、ランクの上がり方が速すぎてるんですよ」

「Fランクの時だってすっげえいい装備してたし」

「他にも……」


 一人が話始めれば、他の奴らも続いて話始める。

 俺たちもそれをとりあえず聞いてみたが、あることない事話始めて収拾がつかなくなりそうだった。

 どうしても俺たちを悪者にしたいらしい……。


 こういう時どうすればいいんですか。

 教えてください偉い人。

 ていうかこのままだと、こういう噂が広がって信頼云々の話では無くなってくる。

 いや、普通に勘弁してほしい!


「あーわかったわかった」

「おお! 流石鳳炎さん! 俺たちの話を……」

「いや、お前たちが嘘つきだってことがわかったよ」


 その言葉に周囲がざわつく。

 それを言われた張本人は、まだ理解が追い付いていないようで、ぽかんとしているようだ。


 いや、まぁ俺もどうしてそう言い切れるのかわからないんだけど……。


「お前ら嫉妬しているのだな」

『はっ?』


 鳳炎は一人でうんうんと頷いて納得している。

 突っかかってきた奴以外の人も、鳳炎のその言葉に驚いているようだった。


 そのまま鳳炎は語り出す。


「わかるぞ。とてもわかる。自分より後から来たものに追い込される悔しさ。わかるぞ! だがな、お前たち……。その悔しさを人にぶつけている暇があったら、何故自分から動かないのだ! 低ランクボードを見てみよ! まだあれほどにまで薬草採取の依頼が溜まっているではないか! 本当は私がやりたい所だが、私はAランク冒険者……。低ランクの依頼は受けれない身なのだ。だが一時的にではあったが、低ランクの採取依頼が少なくなったことがあった。それは何故だと思う!」


 いつになく熱く語りだす鳳炎に、その場にいる全員が耳を傾け、演説を聞いている。

 鳳炎は突っかかってきていた冒険者に、一人一人聞いていく。


「わかるか?」

「わ、わかりません」

「わかるか?」

「す、すいません。わかりません」

「わかるか!」

「しょ、商人がきたとか」

「馬鹿者! 善意で商人がこんなところに来るわけないだろう!?」

「す、すいません!」


 ズダンと槍で床を突いて大きな音を鳴らす。

 その後、鳳炎は俺たちの近くに来てから、また振り返って演説をはじめた。


「それはな。この応錬率いる霊帝が、来たからである。霊帝は小さな仕事もきちっとこなし、数多くあった薬草採取依頼を消化してくれたのだ。それでどれだけの人々が助かったと思う? 指じゃ数えきれないぞ。よいか! よく聞くのだ! 上に登り詰めていく者にはそれなりの理由がある! 仕事を評価され、昇格し、実力も評価されているこの霊帝が、薬草採取もままならない他の者とまだ共に仕事をするべきだと誰が考えるだろうか!」


 冒険者一同、思う所があるのか、鳳炎の言葉にそっぽを向く者たちが多い。

 割と効いてる……?


「評価されるようなことをしなければ、ギルドは何も見てはくれん! 何もしなければ評価すらされない! その悔しさは人にではなく依頼にぶつけろ! 私のように!」


 もう一度槍を床に打ち付けて、周囲の目をこちらに向ける。


 いやそこ威張るところかよ。

 確かにさっきダトワームに怒りぶちまけてたけどさ。


「よいか! 冒険者ギルド冒険者一同よ! 私たちは己の生活のために依頼を受けているのかもしれない。だがしかぁし!!」


 また槍を床に打ち付ける。

 そして、先ほどよりは小さな声で、周囲に収集して聞かせるように次の言葉を口にした。


「私たちは国民を守る者であるということを、忘れてはいけない」


 鳳炎の言葉に、全員が息をのんだ。

 忘れていた、もしくは気が付かなかったことを、思い出させてくれた。

 そう、冒険者は思っているように感じる。


「皆の者! このギルドを、いや、このサレッタナ王国を、私たちが盛り上げていこうではないか! 団結すれば私たちは騎士団より強くなる! 騎士団など邪魔だといわれるほどに! 私たちがこの国を守ろうではないかー!」

『おおー!』


 冒険者ギルドに、今までにない大きな声が轟く。

 この声量であれば、外にも漏れているなと思いながら、鳳炎のまとめ上げる力に驚いていた。

 上手く議題を逸らしたとも思えるが……それでもすごいと思う。


「鳳炎かっこいいー!」

「フッ……だろう?」


 周囲からは歓声と拍手が今だ鳴り響いている。

 鳳炎はそれに応えるように、槍をかざしていた。


「だが! まだ中には納得できない者もいるだろう。そういう者は応錬と模擬戦をしてもらう」

「はっ?」

「己の体で、評価された者の実力を確かめる良い機会だ! さぁどうだ! やる者はおらんか!」

「え、ちょっまて鳳炎、俺聞いてな──」

「はいはい! やります!」

「私もー!」

「俺もやるぞ!」

「おうおう! 若いのに負けてられねぇな! わしもやるぜ!」


 あ~……。

 これは…………不可避ですね!

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