3.19.引継ぎ


 朝になった。

 夜の間にサテラをイルーザ魔道具店に移動させたが、既に寝てしまっていたようだ。

 まぁ子供だしね。

 睡魔には勝てないさ。

 なのでアレナとサテラが再会するのは翌朝のことになってしまった。


 感動の再開でまた二人泣くのかと思ったがそんなことなかった。

 なんだろう。

 お、久しぶりやん元気してた?

 みたいなすっごい軽いノリで再会していた。

 勿論お互い心配し合っていたけど、泣くほどではなかったようだ。


 多分姉妹なんだから何か通じ合うことがあったのだろう。

 信頼し合っていたに違いない……。

 だけど再会してからべったりで一切離れようとしない。

 何をするにも一緒だった。

 やっぱり寂しかったんだなとここでようやく理解できた。

 照れ隠しかな?


 アレナと他の子供たちはウチカゲを見てちょっとはしゃいでいた。

 初めて見る鬼に興奮していたのだろう。

 しきりに角を触ったり鉤爪を触ったりして遊んでいた。

 だがウチカゲは鉤爪を触った時だけはちょっと強めに叱っていたな。

 確かに危ないものだからな。

 それが普通だ。


 だが一度叱られて諦めるような年頃の子供は此処にいない。

 屁理屈言って無理やり触ったりしていたところで、もう一度怒られたりしながらではあったが、ウチカゲと子供たちはすぐに打ち解けた。


 俺はと言うと何故だか男の子からは好かれなかった。

 とは言ってもあからさまに嫌われているわけではなく、ちょっと距離を取られている感じだ。

 しかし女の子からは積極的に近づいてきてくれた。

 俺の何が良くて来てくれるのかはわからないが、悪い気分ではない。


 そうこうしている間に朝になり、ようやくイルーザが起きてきた。

 ちゃんと魔導士っぽい服を着ての起床だ。

 俺の姿を見るや否や掴みかかるかのように清め浄化のことを問い詰められたが……どう答えていいものかわからなかった。

 どうやって取得したのとか言えるわけがない。

 ましてや今の俺は蛇であるという事を隠しているのだ。

 そう簡単にバラすわけにもいかない。

 とりあえず企業秘密という事で押し通した。

 取得方法を知っている人がいるとまた厄介なことになるという事にして、なんとかその場を回避したのだ。


 さて、イルーザが降りてきたので本題に入ることにする。

 と、その前に……。


「イルーザって料理できるのか?」

「出来ますよ?」

「じゃあ安心だな」

「?」


 とりあえず金も渡すし、料理ができるのであれば子供たちを養うことも容易だろう。

 それに朝ご飯が食べたい。

 俺も料理ができないわけではないと思うが、人様の家で勝手に料理はできないからな。

 とりあえず本題に入る前に朝ご飯を作ってもらうことにした。

 厚かましい限りだがイルーザはそれを承諾してくれた。


 幸いウチカゲがサテラをこっちに連れてくるときに食材を何個か買ってきてくれた。

 本当に何から何まで先を読むのが好きな男だぜ。

 そのおかげで朝食はそれなりに豪華になった。

 アスレの所で食べた料理に比べると見た目は劣るが、タメを張れるくらいには美味しかった。

 これが庶民的な味なのだろう……おいしい……。


「また応錬様は美味しそうに食べますねぇ」

「美味い……味覚があるのは至福である……」

「味覚? え?」


 おっと、失言した。


「食事に感謝しているだけだ……美味い……」

「あ、そうなのですね。お口にあったようで何よりです」


 何とか誤魔化せた。

 アレナとサテラは俺が蛇だったから味覚がなかったという事は知っているが、その事は黙ってもらっている。

 アレナもすぐに理解してくれてそのことには触れてこない。

 だがずっとニコニコしている。

 俺が嘘を言っていることを面白く思っているのだろうか……?


 子供たちも久しぶりに食べるまともな朝食に舌鼓を打っている。

 俺より幸せそうなんですけど。

 まぁ味覚を元々持ってた人が何週間も味気ない食事を食べさせられて、急に味の濃い料理を食べればこうなるもんか。


 食後、イルーザは子供たちの状態をチェックした。

 だが特に問題になるようなことは見つからなかったようだ。

 よしよし、いい具合だな。


 そういえば随分と診察に手慣れていたな。

 医者でもしていたのだろうか?

 その事を聞いてみるとイルーザは『治癒』を持っているのだそうだ。

 なので昔医療院に勤めていたことがあるようで、そこで簡単な診察は出来るくらいの知識を蓄えたのだとか。

 治癒を持っているのによく医療院から逃げることができたな、と思っていたのだが、どうやら冒険者にスカウトされて冒険者になったそうだ。

 それで窮屈だった医療院から抜け出すことに成功したらしい。

 因みにイルーザのランクはAだそうだ。

 予想以上に高いランク帯で驚いた。


「これなら任せられそうだな」

「何がですか?」


 ここで本題に入る。

 子供たちは身寄りのない元奴隷だという話をして、今まで見てきたことを全て話した。

 イルーザには四人の子供を預かってもらう。

 暫く生活できるだけの金は渡しておくことを条件にしたのだが、イルーザは少し悩んでいるようだった。


「なにかあるか?」

「んー……私が危険にさらされないかと危惧しています」

「レクアムからか」

「はい。私としても助けてあげたいですし、仕事の手伝いをしてくれる助手が欲しいと思ってはいました。ですけど元奴隷で、その出所がSランクの冒険者のレクアム・ソールマルトのいた館内だとすると、子供を探しに来るのではないかと思いまして……。そうなってしまえば私は勿論この子たちも危険な目に会うかと思います」


 確かにその可能性がないとは言えない。

 多分奴隷がいなくなっているという事は既にバレていてもおかしくないだろう。

 レクアムがそのことをどう捉えるかが問題だが……。

 俺は大丈夫だという事に確信を持っていた。


「その件に関しては問題ない。ただでさえ変な噂が囁かれているレクアムだ。自分が妙なことをしたら真っ先にギルドから狙われるだろう。それに地下でのことをイルーザが知っているならいくらでも手は打てるはずだ」


 もしレクアムが一人で子供たちを回収しに来たのが国民たちに伝われば、囁かれている噂は確かなものかもしれないとして騒ぎ立てるだろう。

 そんな噂が立てばまたギルドの職員がレクアムを訪れるはずだ。

 誰かを雇ってイルーザ魔道具店を襲撃しようとしても、生半可な実力ではイルーザには勝てないだろう。

 それに捕らえられた襲撃者は尋問されるだろうし、そうなればレクアムの名前が出るのは時間の問題になる。

 流石にレクアムもそこまで馬鹿ではないだろう。

 確実に言えることは暫くの間は安全に生活できるという事だ。

 後は子供たちにまともなものを着させれば、元奴隷だと思う奴らはいないだろう。


 イルーザもとりあえず納得してくれたようなので、約束の金を手渡しておく。

 中身を見てまた驚いていたが無視でいいだろう。


 と、いうことで俺たちは出発しなければならない。

 イルーザにドルチェの所に行ってこの子たちの奴隷記録を消してもらうように脅せと助言だけしておいて、俺たちは準備を始めた。

 とはいっても準備なんてすぐに終わる。

 バックを担いだらもう出発できるように準備していたしな。


「じゃ、イルーザ。子供たちを頼んだぞ」

「はい。いい感じにこき使いますね」

「……奴隷のように酷使はするなよ?」

「私を何だと思ってるんですか!?」


 突っ込まれた。

 まぁ軽く笑って誤魔化しておく。

 他の子たちも笑っているな。

 いい感じに馴染めそうだと安心する。


「よし、いくぞ。ウチカゲ、アレナ、サテラ」

「「はーい」」

「ではイルーザ殿、またお会いしましょう」

「はい。できれば面倒事は持ってこないでくださいね~」


 イルーザの耳が痛くなる言葉に苦笑いを浮かべつつ、スターホースのいる馬小屋に向かった。

 その道中に食料を購入しておく。

 これで三日分は持つはずだ。

 後は馬小屋で馬の食事を購入しておけば問題はないだろう。

 さて、帰るまでが遠足だ。

 気を引き締めておこうかね。


「あ、そうだ。ウチカゲ。アレナとサテラをガロット王国に連れて行ってほとぼりが冷めたら、前鬼の里に一回寄ろうと思うんだがどうだろうか?」

「俺はそれでもいいですよ。やることももう終わりますからね」

「じゃあ刀打って貰おうかな~。和服も欲しいなぁ……」

「うちの鍛冶師はいろんな武器を作ることができます。こんな風に」


 そう言って腕につけているかぎ爪を指で弾いて音を鳴らす。

 鬼の鍛冶師は随分と器用なようだ。

 なので相談しながら決めたほうがいいのだとか。

 じゃあゆっくりと決めることにしますか。

 ま、もうちょい先の事だろうけどな。


 俺たちがそんなことを話している後ろでは、アレナとサテラが手をつないでスキップを踏んでいる。

 うーん微笑ましい。


 そんなこんなで馬小屋に到着。

 スターホースを連れ出して馬車につなげる。

 料金を支払って乗り込み、サレッタナ王国を後にする。

 入るときは時間がかかったが、出るときは意外とすんなり出ることができた。


 随分と眩しい。

 障害物がないためか日光が容赦なく俺たちを照り付ける。

 だがまだ夏と言うわけではないので暖かいくらいだ。

 丁度いいと言えば丁度いい。


 そして馬車の中。

 もう二人がじゃれついてきて仕方がない。

 確かに暇なのはわかるけど俺で遊ばないでくれ。

 俺には操り霞で索敵するという大事な仕事があるんだが……。

 まぁ国も近いし盗賊なんて早々出るもんじゃないか。


 畑を超えて平原を進み、ようやく森が見えてきた。

 帰る分にはなんだか早く感じてしまうのはなぜだろうか。

 ここまであっという間だった気がする。


「ん?」

「あ? どうしたウチカゲ」

「いや……妙な人物が……っ!? 伏せてください!」


 ウチカゲはそう言うと同時に腕を振るってその勢いで鉤爪を装備する。

 なんだなんだと思っているとウチカゲの目の前で炎の珠が爆散した。


「なんだぁ!?」

「「きゃああああ!」」


 馬車が止まりウチカゲは飛んで前に出る。

 俺も続いて出て馬の様子を見てみるが無傷だ。

 良かった……まだ動かせる。


 ウチカゲを見てみると、既に両腕の鉤爪を装備して目の前にいる人物と対峙していた。

 相手は杖を持っていて黒いベルトの巻かれたローブを羽織っていた。

 歳は四十~五十と言ったところか。

 顔にしわが刻み込まれ始めている。

 目つきは悪くどこか狂気的な表情がうかがえた。


 俺はそのシルエットに見覚えがあった。

 地下で見つけた……仕事部屋にいた人物だ。

 急に怒りが込み上げてくる。

 そして忌々しそうに、俺はそいつの名前を言い放った。


「……レクアム・ソールマルト……!」

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