3.20.遅かったな


「……レクアム・ソールマルト……!」


 名前を呼ばれたレクアムは「ほぉ」と呟いて顎を撫でた。


「わしを知っておるか」

「当たり前だ。非人道的行為をしている奴の名前は覚えやすい」

「はて? 何のことやら」

「惚けんなよクソジジイ」


 あくまでも白を切るつもりのようだが、俺たちを攻撃してきた時点でもうそれはできないし、もう自白しているようなものなのだ。


 だが待て。

 こいつはなぜ此処にいるのだ?

 操り霞を展開させていたので尾行はされていなかったはずだ。

 もしされていてもウチカゲが気が付く。

 それに今回は後ろから追いかけてきたのではなくて待ち伏せをしていた。

 これはどういうことなのだ?

 いつから俺たちの行動がバレていた?

 くそ、考えてもわからんな。


「まぁそんなに怒るな。わしゃただ実験体の回収と調達をしに来ただけなのだ」

「調達だと……?」

「どうやらお前たちの中に浄化を使える奴がいるようじゃの。わしの呪術にも対抗しおって……少し出てくるのが遅れたが、ワープ装置をここに設置しておいてよかったわい」


 なるほどワープか。

 出ていくところを確認してからワープで先回りしていたと言う所だろう。

 ここで俺たちを倒せば町からの噂も広がらない。

 それにすぐにワープで帰ることができる。

 チッ……ちゃんと考えてやがるな。


「応錬様」


 ウチカゲが飛んで俺の隣に立った。


「どうした?」

「奴の魔術ですが随分と荒いです。俺の鉤爪でも切れました」

「そうか……ウチカゲ、やれるか?」

「無論です」


 俺たちは構えを取った。

 後ろにアレナとサテラがいるが、レクアムの目的が奴隷の回収であるのであれば、手を出すことはないだろう。

 もっとも人質にされれば面倒くさいことになるが……。


「『闇媒体』」


 ウチカゲは分身体を一つ作り出してアレナとサテラがいる馬車に送り込んだ。

 何かあれば守ってくれるのだという。

 いい技能だ。


「ほぅ! わし相手にやる気か! いいぞ相手になってやろう! 最近動いてなくてな。鈍っていていかん。それに鬼人か……良い実験体になりそうじゃな」

「誰が貴様の実験台になるか。身の程を知れ」

「それはどっちじゃろうな?」


 レクアムは素早く詠唱すると六つの魔法陣を空中に展開させた。

 その後、六つの魔法陣からものすごい連射速度で火球が放たれる。

 流石にウチカゲも避けきることができないのか一瞬だけ引いた。

 だがここは俺に任せろ。


「『水結界』!」


 俺たちの目の間に水で作られた盾が形成される。

 相手の攻撃はその盾に食われるように吸い込まれていった。

 火球なので水に触れると蒸発して周囲に水蒸気がまき散らされる。

 とりあえずこれで相手の視界は切れたはずだ。

 それを確認したウチカゲの姿が消えた。


 一秒後、レクアムのいたほうから苦痛の声が聞こえる。

 鋭い鉄の音が鳴り響いた。

 どうやらウチカゲが一撃レクアムに打ち込んだようだ。

 火球は飛んでこなくなり、次第に晴れていく。


 その奥ではウチカゲがレクアムをボッコボコにしていた。


 剛瞬脚を常時使っているのだろう。

 ウチカゲの姿は見えないが空中では殴られて踊らされているレクアムがいた。

 数秒踊らされた後、ウチカゲは踵落としでレクアムを地面に叩き落す。

 今ので鬼たちは接近戦が強いという事はよくわかった。

 やばすぎる。


 そして一瞬でウチカゲが隣に帰ってきた。

 だが表情は優れない。


「どうした?」

「奴に刃が通りません。なので打撃に変更したのですがどれも手応えがなく……」

「なに?」


 レクアムのほうを見るとむくりと起き上がっていた。

 あれだけの攻撃を受けていたにもかかわらず無傷だ。

 一体何がどうなっているのだ?


「ふぅむ……まぁまぁじゃの」

「……やっぱり魔力コーテイングか」

「あ? なんだそれ? っても説明している時間はないか」

「ですね。あれを削がなければダメージは与えられないでしょう」


 なんと面倒くさい……長期戦になるな。

 だが魔力だろ?

 魔力であれば、MPが切れればコーティングとやらはできなくなるはずだ。


 これが自動発動型の技能でなければ、カウンターとかも狙えるかもしれないな。

 もしかしたら他に何か突破口があるのかもしれないが……。

 とりあえず探りを入れてみるか。


「ウチカゲ、ちょっと下がってろ」

「は!」

「実戦は久しぶりにやるな……。『多連水槍』!」


 ニ十本の水の槍を作り出す。

 こいつの威力は鍛錬により随分と切れ味が増した。

 流石に鋭水流剣のように動物の骨までスパッとはいかないが、肉を簡単に切り裂くくらいは容易である。


「な、なんだそれは!?」


 レクアムが狼狽えている。見たことないのかこの技能。

 だったらこっちに分があるな!


 ニ十本の水の槍を全速力でレクアムに投げつける。

 浮遊しているので突き刺すタイミングもばっちりだ。

 レクアムも六つの魔法陣を再形成して反撃を行うが、縦横無尽に操られている槍は火球の尽くを切り裂いてどんどんレクアムに向かって行く。


「ぐっ! しかしこの程度!」


 レクアムはもう一度素早く詠唱してもう一つ魔法陣を形成する。

 そこからは剣の形をした炎が出現した。

 それが槍に向かって突き進んでいく。


 だが操作性はあまりないようで簡単に叩き落とせる。

 簡単に言えば見掛け倒しだ。

 こいつ本当にSランクの冒険者なのか?

 と思ったが、炎の剣は急に機動力を持って俺に襲い掛かってきた。

 急なことでびっくりしたがまだ水結界は健在だ。

 全て喰われた。


「ふむ。演技では勝てぬか」


 どうやらまだまだ余裕のようだ。

 だがその余裕が命取りだぞ。

 何故かって? 足元がお留守だ。


「『連水糸槍』」


 展開している多連水槍の二本を連水糸槍に変換する。

 糸をくっつけて一気に引っ張った。

 糸はレクアムの足をすっぱりと切り落とす。

 呆気なさ過ぎて少し驚いたが、驚いているのはレクアムも同じだ。


「ぐああああああああああ!?」


 激痛に顔を歪ませて地面に倒れこむ。

 必死に痛みを堪えようとしているようで、歯を食いしばっているようだ。


 まさかあんなことで簡単に切れるとは……。

 コーティングどうした。

 仕事してやれよ。

 俺もそこまでやるつもりじゃなかったぞ。


 だが驚くことが発生した。

 次第にレクアムの足から血が止まり、新しい足が生えてきたのだ。

 先ほどきり飛ばした足は放り投げられている。

 だがレクアムは自分の新しい足で立っていた。


「この……このわしに……再生技能を使わせるとは……!」


 随分お怒りのようだ。

 そこでウチカゲが後ろから戻ってくる。


「あれが『回復』と言う技能です。自分の欠損部位まで回復できますが、今ので相当な魔力を失ったでしょう」

「そうなのか。しっかし少し拍子抜けだな。魔力コーテイングってなんだよ。笑わせてくれる」

「俺も詳しく知りませんでしたが、おそらく魔力で作られた武器の攻撃なら効くのかもしれませんね」

「ああ~なるほどなぁ」

「…………もういい。お前たちは消し炭にする」


 あっれ、無視したらもっと怒っちゃった?

 お爺ちゃん怒ると禿げるよ。

 って言うとマジで殺しにかかってきそうなので言わないでおこう。


 レクアムは大きな魔法陣を作り出した。

 もうあんまりこいつの強さには期待していないのだが……。


「わしが何故Sランクの冒険者になれたか、身をもって知るがいい……熱線」

「あーはいはい。じゃあ出鼻折ってやりましょうかね」


 ズドンッ。


「カッ……」


 隣にいたウチカゲが馬車のあるところまで吹き飛んだ。


 え?

 なんで?

 今俺の目の前には水結界が……。

 と思って見てみると、水結界に穴が開いていた。

 綺麗に蒸発して煙を吐いている。

 それを確認した瞬間、俺の腹に強い衝撃が叩き込まれた。


「はごっ……」


 視界が歪んで、気が付けば吹き飛ばされたウチカゲを越えて馬車に叩きつけられていた。

 めちゃくちゃ痛い。

 なんて威力なんだ……。

 俺の水結界を突き破るなんて……。


 そう思っているとまた一線飛んできた。

 それはまたウチカゲに当たり、地面を転がって俺の足元で止まる。

 熱線で目隠しは焼け切れて、顔には酷い火傷の跡が残っていた。


「ウチカゲ!」


 声をかけるが反応がない。

 だが目はまだ開いており、しっかりとこちらを向いていた。

 大丈夫だ、まだ生きている。


 レクアムのほうを見ると魔法陣が赤く染まってきている。

 恐らくチャージに時間がかかるのだろう。

 これ以上あの攻撃を喰らうのはまずい。

 だが馬車には二人がいる。

 何とか防がなければならないが水結界は使えない。

 水盾も使い物にならないだろう。

 ならば……!


「『空圧結界』!」


 MPを注ぎ込んでそれなりに硬い結界を作り出す。

 作った瞬間に熱線が飛んできたが、何とか弾く事に成功。

 水でなければあの攻撃は防ぐことができるようだ。


 だが威力が高いのか結界にヒビが入った。

 MPを50注ぎ込んだのだが、それでもあの攻撃を耐えることはできない様だ。

 再度結界は張り直す。

 今度はMPを70注ぎ込んだ。


「どうだ! これがわしの力だ! これであれば龍の鱗すらも溶かすことができる! これこそわしが長年をかけて編み出した魔術! 『熱線』だ! だがこれはほんのお遊びにすぎぬ。調子に乗っているガキにはこれくらいでちょうどいいからなぁ」


 再び熱線が放たれる。

 空圧結界が大きく揺れて熱線を弾く。

 今回はヒビは入らなかったようだ。


 だがあの熱線は打ち込む度に威力が上がっているように思えた。

 このままではじり貧だ。

 アイツのMPがいつ切れるかもわかっていない。

 こっちは結界を張り直すだけでMPを120使ってしまっている。

 それに水流結界と連水糸槍、多連水槍でも結構持っていかれた。

 攻撃に回すMPのことを考えれば、これ以上はMPを減らしたくはない。


 また熱線が放たれた。

 今度は小さなヒビが入った。

 やはり打ち込むたびに威力が上がっているようだ。


 ウチカゲがダウンしてしまった以上、攻撃も俺がしなければならない。

 本当はウチカゲに大治癒をかけてやりたいが、レクアムがずっとこちらを見ている。

 回復技能をここで晒すのは危険だ。


 また熱線が空圧結界を直撃する。

 ヒビがさらに大きくなり、あと数発撃ちこまれれば壊れてしまいそうだ。

 ウチカゲをここに置いて俺だけで戦うしかない。

 ただ連水糸槍を使えば魔力コーティングは意味をなさない。

 なので勝機はあるはずだ。


 そこで熱線がもう一度放たれて空圧結界が壊れた。

 あと数発も持ちはしなかったな……。

 もう少し策を練りたかったが仕方がない。

 ていうか俺防御面くそ弱いな……。


 意を決して立ち上がり、構えを取る。

 連水糸槍を三つ展開して操った。

 今一番やってはいけないのは、魔力を全て使い切ってしまう事。

 そうならなければ後は何とでもなる……と思う。

 まだ使えそうな攻撃手段はいくつかあるため、この連水糸槍に注意がいっている間に何か違う技能を発動させよう。


 そう思考を巡らせた瞬間、熱線が飛んでくる。

 先ほどより速度が速い。

 それにチャージまで時間がかからなかった。

 と、いうより、チャージもしていなかったように感じる。


 ……まさか油断させるためにわざとチャージ時間を作って発動を装ったのか!?

 俺は急なことに対応できなかった。

 次に来る衝撃に備え、目を閉じる。


 ズドォン!


 大きな音が鳴り響いた。

 相当威力のある攻撃だったのだろう。


 ……しかし、その衝撃は一向に来なかった。

 何事かと思い、恐る恐る目を開けてみると、俺の前に誰かが立っていた。

 空から降ってきたのかどうなのかはわからないが、足元には小さなクレーターができている。

 後姿しか見ていないので顔は見えないが、黒髪の青年であることはわかった。

 動物の皮で作った汚いぼろ雑巾のような服を着ており、毛皮には血がこびりついている。


 その青年は驚くことに、先ほど俺が吹き飛ばされた熱線を素手で受け止めていたのだ。

 青年は熱線を受けた手を見てから、パンパンと手を払った。


「随分軽い攻撃だなぁ」

「な……わしの熱線を素手で受け止めただと……!? 貴様一体……」


 懐かしい声だ。

 最後に聞いたのはいつだったか。

 一ヵ月……いや、もうちょっと前か。

 俺は瞬時にこいつが誰なのか理解した。


 忘れるはずもない。

 この声、そして黒すぎる髪の毛。

 あの時の面影がここまで残っているとは思わなかった。

 だが、変わっていないようで安心したぜ。


「遅かったな」

「お待たせしました! 応錬の兄貴ぃ!!」


 こちらを振り向いて敬礼をした。

 相変わらずのお調子者だ。

 黒い短髪の髪、漆黒の瞳。

 随分と野性味にあふれた格好をしているが、それも似合わないでもない。

 凛々しい顔立ちではあるが、まだどこかに幼さを残している。


 零漸。

 これがこいつの名前だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る