4.16.勝負!


 冒険者ギルドの訓練場……もとい試験会場を借りて俺とユリーの模擬戦を開始することになった。

 手の内を見られたくないという理由から、見学者を全て叩きだしてもらって貸し切り状態にしている。


 とは言っても、ジグルとローズは観客席の方で見学をしてもらっているのだが。


 ユリーの持つ武器は巨大な戦斧。

 俺が扱うのは三尺刀白龍前と、脇差影大蛇。

 技能は無しといっても自動型技能だけはどうしようもならないので、それだけは許容範囲ということで諦めてもらう。

 自動型技能はユリーも持っているようなので、それはお互い様だという事になった。


 俺は白龍前を抜き、ユリーは戦斧を地面に置いて立っていた。


「断ると思ったのだが……良く引き受けようと思ったな」

「っ! あんたに負けっぱなしなのは嫌なのよ!」

「そうかそうか、じゃあそう言うことにしておこう」


 やはりユリーは素直ではないのだろう。

 こういう奴を何と言ったか……んー……つ……つん?

 忘れた。


 しかし……あの巨大な戦斧をまともに受けるのはよろしくないな。

 基本的には回避、それか受け流しがよさそうだ。

 まともに喰らってしまえば刀の方にダメージがいきかねん。


「はーい、では二人とも準備は良いですかー?」

「おうよー」

「いいわよー」


 審判はローズに任せる。

 戦闘終了条件は、相手を気絶させるか降伏するかのどちらかだ。


 ローズが手を上げたのを見た俺とユリーは得物を持ち直して構えた。


「始め!」


 まずは様子見を決め込んでいたのだが、それはユリーも同じようで双方一歩も動かなかった。

 余り攻めというのは得意ではないのだが、今回は慣れないことに挑戦してみるのもありだろう。

 なんせ今回の試合は負けても勝ってもどちらでもいい物なのだから。


 刀を脇構えに落としてすり足でユリーに接近する。

 ユリーはまだ動かない所を見るに、完全にこちらの攻撃を待っているのだろう。

 であれば、ちょっと小細工を。


 一瞬だけ脇構えに下げた剣先を上げ、こちらから切り込むぞとユリーにそれとなく伝える。

 目線と剣先を使えば相手方はなんとなくそれを察知する。

 だが大きすぎてはいけないというのがネックであり、本当に一瞬だけピクリと動かすのだ。


 ユリーはそれを感じ取ったらしく戦斧を少し動かした。

 だが俺が待っていたのはそれだった。


 すぐに体を半回転させて手首を返し、逆手側からの攻撃に変更する。

 体をひねり、それを利用して刀を横に凪ぐことで大きな遠心力が生まれ、強力な攻撃を繰り出すことができる。


 咄嗟にそれを見たユリーは大きく後ろに飛んでそれを回避した。

 風を強く切る音だけが通っていく。


 待ってくれていたのだからもう少し相手が動くまで押さえておいてもよかったかもしれない。


「あんたのその剣……相当な業物ね」

「わかるか? 銘が彫られてんだ。名前を白龍前ってんだけど、まだレッドボアしか切ったことなくてな……。あんまり切れ味を試せてないんだよ」

「私ももう少しまともな武器を持ってくるんだったわ……」


 ユリーは自分の戦斧をみてコンコンと小突いた。

 その後戦斧を肩に担いで大ぶりの構えを取る。


「今回はあの石頭の能力は無いのよね?」

「勿論だ」

「じゃあ怪我しないでねっ!」


 ユリーはそのままの体勢でこちらに突っ込んでくる。

 あの攻撃は回避するのが無難だろうが、この刀がどこまでやれるか少し試したくなってきた。

 なので、ユリーの攻撃を普通に凌いでみようと思う。


 大上段に構えたユリーの戦斧は頭上からとてつもない勢いで俺に向かって振り下ろされる。

 回避しようとすればできる攻撃かもしれないが、ユリーだってそこまで甘くはないはずだ。

 回避したところに追撃を入れてくるに違いないし、そもそもそれが狙いでこの攻撃を放っているのかもしれない。


 であれば、少し意表をついてやろう。


 しかし、下段からの振り上げで、振り下ろしの攻撃を凌ぐのは難しい。

 それに俺の武器は三尺刀……振り回すのにも地面が邪魔でゴルフバットのようには振ることができない。


 であれば。


「影大蛇、頼むぞ」


 白龍前を逆手に左手で持ち、左脇構えに落としておく。

 開いた右手で影大蛇の柄を持ち、タイミングを見計らって正手持ちに握り、柄頭を戦斧の横っ腹にぶつけて軌道をほんの少しだけ逸らす。


 つもりだったのだが……。


 ガチィィイン!


「!!?」


 戦斧がユリーの手から逃げて吹き飛んで行ってしまった。


 まさかの事態に俺も驚いたが、ここで止まるのは相手に申し訳ない。

 なので容赦なく左手に持っている白龍前の柄頭をユリーに向けて思いっきり突き出す。


 それは見事腹部に命中した。

 飛んできた勢いそのままに攻撃を受けたユリーは顔をしかめて地面に崩れ落ちる。


「ぐあああ……」

「すまん……ちっとやりすぎた」


 おかしいな……ちょっと軌道をずらして地面に突き立たせる予定だったんだが……どうして吹っ飛んで行ってしまったんだ。


「は、はーい……これは応錬さんの勝ちでいいですね……」

「兄さんすげぇ……。でもなんで回転技を……俺にはやめろって言ったのに……」


 ……とりあえず……そうだな、ジグルの言葉は無視しといて回復水を作って飲ませておこう。

 内臓にダメージがいっているかもしれないからな……。


 そうしている間にローズとジグルも駆け寄ってきて、ユリーを心配し始めた。


「ユリー大丈夫?」

「なんで……なんで武器が吹っ飛ばされんのよ……あれ七十キロあるのよ……?」

「なんてもん振り回しんてんだお前!」


 それを俺に向けて振り下ろしてきていたのか……。

 想像するだけでめちゃくちゃ恐ろしいのだが……なんともなくてマジでよかった。

 あれ吹き飛ばせてなかったら大けがしてたんだろうなぁ……。


 ま、それはさておき。

 約束は約束なので、ジグルを弟子に取ってもらうことにする。

 それを伝えるとユリーは、いやな顔はせずに何故か嬉しそうな顔をして頷いた。


「え、なんだお前気持ち悪いな」

「はぁー!? あんたマジでひっぱたくわよっつつつ……」

「ほらユリー、無理しないで?」


 うむ、やはりユリーはこの方が似合っている。

 まぁそれはさておき、ちょっと聞きたいことがある。


「なぁ。なんでさっきはジグルを弟子にすることを躊躇ったんだ?」

「あー……ユリーはですね」

「ちょ、ちょっとそれ話すの!?」

「こういうのははっきりさせといた方がいいの。応錬さんは信用できそうだし」


 ユリーは非常に嫌がったが、ローズは止まることなく話をしてくれた。


 ユリーはAランク冒険者になったばかりの頃、弟子を一人取ったことがあるのだという。

 それも丁度ジグルと同じくらいの年齢の男の子だ。


 同じ戦斧使いだったので指導もしやすく、その男の子はすぐにCランク冒険者に登り詰めたのだという。

 ローズもその子のことは知っており、一緒に依頼をこなしに行ったこともあるようだった。


 しかし、その子は亡くなったのだという。

 Cランクの依頼だということで気を抜いていたユリーに、盗賊が襲い掛かったのだ。

 男の子はそのユリーをかばったらしく、盗賊はユリーが倒したがその男の子は回復技能を持っておらず、そのまま息絶えたらしい。

 自分の不注意のために愛弟子をなくしたユリーは、柄にもなく大きな声で泣き続けた。


 それからユリーが弟子を取ることは無くなり、今の今までずっとローズと二人で活動してきたのだという。


 それからユリーは暫くの間。男性不振になってしまったらしい。

 今は治っているようなのだが、当時の記憶が蘇ると『排除』という単語が浮かんでしまうのだとか。

 


「だからユリーは……二度とそんなことが起きないようにって、弟子を取るのをやめてしまったんです」

「ではどうして今になって?」

「いろいろ吹っ切れたのよ。高ランク帯の冒険者って、低ランク冒険者の育成をしなければならないの。殆どの人は合同訓練みたいなので活動するけどね」

「……それだけが理由じゃないでしょ?」


 ローズにそんなことを言われたユリーは顔を俯いてぽつぽつと話し始めた。


「……その子が最後に言ったらしいのよ。私は泣いてて聞こえてなかったけど、ローズがしっかり覚えてくれてた……。『皆を守れる冒険者を、育て上げていってください。貴方ならできますよ』って。そう言ったらしいのよ」


 ユリーは最後の方になるごとに泣きそうな声になっていたが、最後まではっきりと言葉を言い終えた。


 なんだ、不器用な奴かと思っていたが、しっかり師匠やってたんじゃねぇか。

 これなら、もう終えれが心配することはなにもなさそうだな。


「じゃ、それに応えてやらなきゃ、いけないな?」

「……うん」

「もっと素直になっとけば、俺の一撃を喰らわずに済んだのにな」

「……うるさい」


 俺にまた減らず口を叩けるのであれば、もう大丈夫だろう。


 しかし……恐らくだがその子の遺言を聞いたのは随分前になるはずなのだが……どうして今の今まで弟子を取らなかったのだろうか。

 決意がすでに決まっていたのであれば、ジグルより先に弟子ができていてもおかしくないはずではあるが……。

 とりあえず聞いてみるか。


「ローズ。ユリーにその子の遺言はいつ話したんだ?」

「Sランクになった時なので……大体二年前ですかね」

「それまで弟子になりたい奴っていたんだろ?」

「あ~……それなんですが……。その大半がユリー目当てだったり、Sランクの恩恵目当てだったりと動機がボロボロでして……。ジグル君のような子を待っていたんですよ」

「クズしかいねぇのか此処の冒険者は」


 聞きたくなかったぞそんな情報。


「てかそれが続いてお前男に刃物向けるようになったのか?」

「いや! あれは! ……悪かったわよ……」

「やっぱ斧振り上げちゃいかんだろ……」

「だってあなた魔物臭いんだもの」


 ギクゥ。

 当たらずも遠から……いや当たってんな……。

 それで斬りかかって来たってんならまぁ納得。


 でもまぁ、そりゃ二年も弟子が取れないわけだが……恐らくこれにはユリーの性格にも問題があったのだろうな。

 ユリーが強気な性格だという事はわかったが、子供からしてみれば怖い大人だ。

 志ある者がいたとしても、そんな怖い大人に声をかけて弟子にしてくださいというのには非常に勇気が必要なはずである。


 ま、今となっては後の話か。


「ほれ、いつまで泣いてんだ。新しい弟子にちゃんと挨拶しろ。ジグルもな」

「泣いてない!」

「え、えっと……」


 ジグルは意を決したというように前に出て、座っているユリーと目線を合わせた。


「Eランク冒険者のジグルです。姓は覚えていません。至らない点ばかりかと思いますが、これからいろいろ教えてください。お願いします」


 ジグルは深く頭を下げた。

 ここまで綺麗な言葉を使えるのかと少し驚いたが、恐らくこれはイルーザのおかげだろう。


 ユリーは顔を袖でぐしぐしと拭ってからジグルの顔を見てようやくいこ紹介をした。


「Sランク冒険者、雷弓のユリー・セルトルよ。で、こっちが……」

「同じくSランク冒険者、雷弓のローズ・マクアリンです。よろしくねジグル君」

「よろしくお願いします!」


 何気に二人の姓を初めて聞いた気がする。

 と、そんなことを思っていたらユリーがすごい剣幕で俺のほうを睨んできた。


「あんた……ジグル君が姓を忘れたっていうのはちゃんと理由があるんでしょうね……」

「これは俺のことも話しておかなければいけないな。ちっと長くなるぞ」


 それから俺は前鬼の里であった事、ガロット王国であった事を説明していくことにした。

 ジグルが奴隷だったという事を話すのであれば、この辺から事の発端を説明しておかないと納得してくれそうになかったからだ。


 王族と親密な関係にあるという事には三人から呆れられたが、俺がどうしてこの地まで来たのかという事は理解してくれたようだ。

 まさかそれが戦争を回避するためだとは思われていなかったようではあるが。


 勿論、奴のことについては事細かく説明をした。

 ジグルはその被害者なので、このことだけは深く知ってもらう必要があったのだ。


「あんた……やっぱり規格外よ」

「あの人と戦って生き延びるって……滅多なことがないと無理ですよ……」

「零漸がいたからな」

「あいつがあれの攻撃を耐えたってのが癪ね!」

「ま、俺からの話は以上だ。さて、もう夕方だし、どっか飯にでも行くか?」

「羽休め!」

「あら、ジグル君そこ知ってるのね。じゃあそこにしませんか?」

「よーし、じゃあ俺の連れも連れてくか。もう帰ってきてる頃だろ」


 と、言うことで俺達は一度冒険者ギルドを出ることになった。


 だがしかし、零漸やウチカゲの姿がいつになっても見えなかったので、今回はとりあえず俺達だけで飯を食べることにした。

 あいつらが変なことに巻き込まれていなければいいが……と、そう思いながら今日が終わったのだった。





PS:飯はうまい。

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