4.17.昇格試験
昨日は一人で宿に戻ったのだが……朝起きてもまだ三人は帰ってきていなかった。
ここまで一人だと少し心配になってくるのだが……大丈夫だろうか?
特にアレナ。
ウチカゲか零漸のどちらかが付いているとは思うのだが……やはり目の届くところにいないと心配である。
これは予想だが、恐らくアレナとウチカゲは一緒に行動しており、零漸は単独行動をしていると思う。
それは何故かというと……アレナとウチカゲは恐らく何かトラブルがあって帰ってこれない状況にいるのだと思う。
そして零漸はただの迷子。
もしそうでなければ誰か一人が帰ってくるはずだからである。
だがまぁ……零漸は心配しなくても問題ないだろう。
なんていったってあいつはタフさに長けているのだから、そう簡単にくたばりはしない。
問題は残りの二人だが……こういう時何かの連絡手段があればと思う。
通信水晶という物は知っているが、あれは軍事用であり一般の人は持てない物だ。
持っていても邪魔になるだけだし、冒険者には必要のない物だろう。
流石に後一日誰も帰ってこない様であれば、捜索をしに行こうとは思う。
とりあえず、今日やっておかなければならないことを終わらせておくことにしよう。
今日は冒険者ギルドで昇格試験を受けなければいけない日だ。
内容は実技試験だというので、そんなに心配はないと思うのだが……とりあえず準備だけはしていこう。
とは言っても回復薬をあの爺さんの店で買うくらいなものなのだが。
◆
冒険者ギルドについた俺は人の多さに酔ってしまいそうだった。
何故こんなにも多いのか些か疑問だが、今日は受付に用があるのではないので、とりあえずその辺の職員を捕まえて昇格試験について聞いてみることにする。
「すまん、昇格試験は何処で行うんだ?」
「え、あ! はい! こっちです!」
書類を運んでいたところを止めてしまって申し訳ないとは思ったが、俺は今ここには長居したくないので無理を通させてもらう。
ギルドの職員通路を通って、昨日ユリーと模擬戦をしたところに到着した。
朝だからか誰もおらず、職員からは此処で待つようにと言い残してさっさと仕事に戻ってしまったようだ。
そういえば昨日ユリーの戦斧を吹き飛ばしたところはどうなっているのだろうか。
七十キロの鉄の塊が飛んでいったのだから大きくひしゃげていると思う。
その場所を探してみてみると、しっかり残っていた。
これは直すべきなのだろうかと少し考えたが……実技試験前にMPを使用するのもあれだなと思ったのでそのままにしておくことにする。
しかし七十キロの戦斧を持ち上げるユリーは一体どうなっているのだろうか。
何かの技能がそれを補佐しているとは思うのだが……それが自動型技能に入っているのかもしれないな。
というかその七十キロの戦斧を柄頭の一撃で吹き飛ばす俺もおかしいのだが……何故あんなに吹き飛んだんだろうか。
確かに軌道を逸らさなければやばいのはわかっていたので思いっきりやったのは認めるが、何もそこまで吹き飛ばなくたっていいじゃない。
これは……影大蛇の能力……なわけないか。
俺の攻撃力の高さ……かもしれないな。
そう言っても700なんだけどな~~。
「む?」
常時発動していた操り霞に何かが引っ掛かった。
人の姿をしているため、おそらく何者かがこちらに隠密で近づいてきているのだとは思うのだが……。
お前めっちゃ堂々と来るな。
少しは忍びなさいよ。
しかし、居場所はわかるのに姿が見えない。
これは何かの技能なのだろうが、俺は姿が見えなくてもその場所を把握することができるので全く意味のない技能だ。
とりあえずそいつがいる場所をじっと見ていると、向こうもようやく見られていることに気が付いたのか、少したじろいで本当に見えているのかどうかを確かめるために横に移動し始めた。
勿論俺はそれを辿って目線を動かしていく。
「何で見えてんだよ!」
「やかましいわ」
大きすぎる若い声がその部屋中に響いた。
俺達以外誰もいないのでその声はより一層大きく響く。
しかし、こいつ一人だけということは無いかもしれないので、俺はこの部屋全体に操り霞を展開して索敵すると、もう二人隠れている奴が出てきた。
こういう時は拘束するのが一番良いのだが、俺の持っている罠系技能はトラップ型の為、今ここでは使うことができない。
なので、俺が一番よく使う技能、無限水操で水を作り出してそいつらを拘束していくことにする。
「まずお前な」
「ぬわ!? な、なんだれこ! 水!?」
目の前にいた奴が一番近かったので出初めにそいつを拘束。
そして離れている二人の方にも水を飛ばして拘束した。
「わあああ!?」
「きゃあ!」
「はーいはい、こっちいらっしゃい。説教のお時間ですよ」
俺は無限水操を操って拘束した三人を俺の目の前に並べた。
その構図に思わず笑ってしまいそうになったが、それを何とか堪えて説教をする構えを取る。
しかし未だその姿が見えないのは何故だろうか。
まだ技能を解いていないのかもしれない。
「ほら、顔を見せろ。じゃないと水圧上げるぞ」
「すいあつぅ!? 何のことだよそれはいだだだだだだだ!」
「こういうことだよ」
一人が苦しむ声を聴いて、他二人は素直に透明化を解いた。
苦しんでいた男もたまらず解いたようだが、これは自動的に解けたようだ。
三人は全員が若く、まだ半人前といったような姿をしていた。
しっかりと武具を身に纏っているが、全てレザー装備で、動きやすさを重視した防具のようだ。
「で? お前らはなんなんだ?」
「し、試験官です! ギルドマスターに雇われて貴方に奇襲をかけろと言われてました!」
「と、いう事はこれが試験内容か……随分ぬるい手を使うんだな……」
まぁ普通なら気が付かない奇襲なのかもしれないが……相手が俺で残念だったな。
俺は気配とか感じれない代わりに、操り霞っていう最強の索敵技能があるんだ。
あ、そういえばこの操り霞の霜って結局よくわかってないな。
使っていないだけなんだけど……いや、前は使おうと思っても使えなかったのだったか。
これ寒い季節にならないとできないのかな。
まぁー……もう肌寒くなってきてる時期だし、使えるかもしれないけど今こいつらを実験台にするのは流石にかわいそうなのでやめておくことにする。
さて、今回の主犯はギルドマスターという事なのだが……一体どこに隠れているのだろうか。
操り霞を使っても反応しないので、ここにはいないのと思うのだが……。
「まぁいいや。で、俺は合格な訳?」
「そ、それはギルドマスターに聞いていただかないと……」
「ああ、そう。じゃあお前達は帰っていいぞ」
そう言って拘束していた三人を解放する。
全員びしょびしょに濡れてしまっているが、襲ってきたのだから仕方がない。
三人はできる限り水を絞ってから、戦闘の構えを取った。
「……何のつもりだ? 俺は帰っていいといったのだが……」
「すいませんが、こちらもお金をもらっていますので……」
「ああ、そういうね。俺はどうしたらいい?」
「出来れば実力を見せていただけると助かります」
「了解だ」
では、本気でこいつらを潰しにかかるとしよう。
しかし俺の技能では殺してしまいかねないので、多連水槍で戦うことにさせていただく。
「『多連水槍』……お前ら上手く気絶しろよ」
一人に十本……合計三十本の多連水槍を展開して、柄の方を相手に向けて構えさせた。
三人は口を開けて後ずさっているようだったが、残念ながらこの多連水槍は精度がまだあまりよくないため手加減ができない。
本当にうまく気絶してくれることを願うばかりだ。
俺は手を相手の方に下げて多連水槍を動かした。
一分も経たずに三人は気絶してしまったが、まぁ怪我は浅いので結果オーライという事にしておく。
とりあえずこいつらの隣にヒールポーションを置いておくことにしよう。
全員打ち身だらけだろうしな。
さて、俺はこれからどうすればいいのだろうか。
妙な静寂がこの場を支配しているのだが……ギルドマスターが出てくる気配は一向にない。
まぁ、結果がわからないままここを出てしまうのはだめだと思うので、とりあえずこいつらの怪我を見ておくことにしよう。
技能は使えないが、軽い手当くらいはしておくべきだろう。
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