4.18.無事に合格?


「ううぅ……」

「お、起きたか」


 ギルドマスターが現れないので、俺はこいつらの目が覚めるまでここにいることになってしまった。

 暇すぎてどうしようかと思ったが、起きてくれて非常に助かった。


「そこのポーション飲んどけ」

「あ、有難う御座います……」


 男性はそのポーションを躊躇う事なく飲み干し、大きく息をついてから体に異常がないか節々を動かして確認をしていた。


 あと二人も後に起きるだろうが、まぁ無理に起こすことはしなくてもいいだろう。


「でなんだけどよ、俺どうしたらいいの」

「え、ギルドマスター来てません?」

「来ねぇ。てかどういう手はずだったんだよ」

「えっと……」


 それからは今回の昇格試験のことについていろいろと教えてくれた。


 まずこの三人は隠密技能に優れているようで、その能力を買ってギルドマスターがこの三人を俺に刺客として差し向けたらしい。


 どうやらギルドマスターは、あの時俺が起こしてしまった騒動を見ていたようで、実際の実力を確かめたくてE+ランクをふっ飛ばしてDランク帯の上がるための昇格試験を受けさせてみたかったらしいのだ。

 なんともはた迷惑な理由で受けさせられたものだと思ったが、これでランクが上がるのであればまぁいいとしよう。


 この三人はギルドマスターの興味の為だけに買収された可哀そうな三人ということになってしまった。

 怒ってもいいと思うのだが、そのギルドマスターの姿が一向に現れないのだ。

 俺からも一発お見舞いしてやりたい所ではあるが、ここは他の三人もDランク帯にあげてもらうことで手を打ってやることにしよう。


「っていうか……なんで貴方私達の姿が見えたんですか……?」

「技能はむやみに教えないってのが常識だろ?」

「そうですが……純粋に気になります。これからの活動に大きくかかわることかもしれないので……」


 隠密を得意としているというのだから、姿を見られたり気配を悟られてしまっては意味がない。

 その点においては勉強熱心というかなんというか……。


 とは言ってもこれは俺の持つ技能で一番多用する技能だ。

 大切な技能の概要を無暗に教えるわけにはいかん。


「すまんな」

「そうですか……。でもまぁ、そういう敵もいるかもしれないと考えれば、大きな収穫です」

「前向きだな。お前、名前は?」

「私は隠密部隊シャドーアイの隊長、ビッド・ラントムと申します。そっちで寝ている女性がティアラで、男のほうがクライスです」

「俺は応錬だ。今んところEランク冒険者で霊帝というパーティーに所属している」


 隊長さんだったか。

 通りで話がしやすいわけだ。


 しかし……シャドーアイか……ちょっと痛いネーミングだが、この世界の人にはうけるんだろうな……こういうの。


「応錬さんって本当にEランク相当の冒険者ですか? 私が姿を見られて気絶させられるなんて初めてでしたよ」

「ははは、じゃあいい経験になったな?」

「全くですよ……」

「しかし気配はわからなかったぞ。他二人もな。俺はお前らを目視できてはいないが、いる場所は常にわかるんだ」

「厄介な技能ですね……一体どういった技能なのか本当に教えて欲しいのですが……諦めましょう」


 これだけ教えておいておけばまた何か対策ができるだろう。

 ま、俺の操り霞は超広範囲まで見ることができるのでほとんど意味ないかもしれないがな。


 しかし本当にギルドマスターが来ない。

 俺は一体どうすればいいのだろうか…………。


 ギルドマスターは何処に居るのだろうか?

 普通であればこの建物の中にいてもおかしくはないのだが……生憎人物像を見たことがないので探そうにも探すことができない。

 こいつらなら知っているのではないだろうか?


「なぁビッド。ギルドマスターって何処に居るんだ? てかどんな奴だ?」

「女性のギルドマスターで、恐らくこのギルドに通っている冒険者の誰よりも強い人物だと思われます。大体上の仕事部屋にいるのですが……」

「よし、案内してくれ」

「わかりました」


 二人のことは放っておいても問題ないとビッドが言うので、そのままにしておいて二階の仕事部屋に連れて行ってもらうことにした。



 ◆



 案内された部屋の扉は他と然程変わらないような普通の扉だった。

 ビッドはその扉を何のためらいもなくノックした。


「はーい?」

「…………」

「…………」


 普通に中に人がいた。

 だが俺は声だけではこの人物がギルドマスターかわからなかったので、ビッドに目線でこいつで合っているのか、と問いかけたところ、ゆっくりと頷いた。


 俺とビッドはゆっくりとその扉を開けて部屋の中に入る。

 そこには数多くの書類に囲まれてしまっている机があり、その机には一人の女性が片耳にペンをかけながら、右手でまたペンを持って事務作業をこなしていた。


 若いとも老いているとも言えないその女性の年齢はおそらく三十代前半、といった所だろうか。

 若くしてギルドマスターをやっているというのには少し驚いてしまったが、あのユリーやローズもSランクなのだ。

 年齢はほとんど関係ないのだろう。


「ビッドお帰りなさい。どうだったー?」

「……え? あの、え?」


 ギルドマスターの予想外の答えにビッドは困惑してしまっている。

 口調からして、自分はさらさらあの会場には来る気がなかったという風であったのだ。


 ギルドマスターは一切こちらに顔を向けることなく書類を整理していた。

 本当に興味がなさそうだ。


「どーせ、そんなに強くなかったでしょ? ちょっと興味沸いたからランクすっ飛ばしたけどー……なんか急にめんどくさくなっちゃったのよねー。ま、ビッド達ならあれくらい何とかなったでしょうし、私が行かなくてもいいかなーって」

「あ、いやあの、えっとぉ……」


 ビッドが俺の顔色を窺ったが、俺はおそらく額に青筋を浮かべている事だろう。

 何だこいつ……え? 何こいつ。

 本当にギルドマスターなのか?


「おい貴様」

「あら、私に向かって勇敢な言葉遣いを使う人もいたものね。私の事知ってるー? 本当に冒険者?」


 向こうも煽っては来ているが、俺はこの世の上下関係など全く持って気にしてはいない。

 俺は人間じゃないから、人間達に合わせる必要は無いのだ。


 しかしこいつは未だにこちらに興味が無いのか、書類から一切目を離さない。

 どこまでもなめ腐っているようだ。


「ま、マリアギルドマスター! 私からも申し上げますが、此度の一件は貴方が悪いです!」

「何ですって……?」


 そこでようやく目線がこちらに向いた。

 すると、ギルドマスターの顔色がサーっと青くなっていく。


 俺のことを知っているという事は、一度は俺の姿を見たことがあるはずだし、自分が一度興味を持った相手だ。

 その目立つ姿を早々簡単に忘れるはずはないだろう。


 そしてその人物を目の前に、強くないなど、めんどくさいなどと口走ってしまったのだ。

 流石に自分のやったことを理解したらしい。


「お前が……ギルドマスターで、いいんだな?」

「え? え!? ビッド!? 貴方どうして!?」

「申し上げます! 私達シャドーアイはこのお方、応錬さんに手も足も出ませんでした!」

「う、うそでしょ?」

「じゃなきゃ俺はここに居ねぇ」


 シャドーアイを余ほど信頼していたようではあるが、実際に倒してしまったし、何ならこいつらの隠密技能は俺にとっては意味のない物である。

 長所が削れてしまった敵など、俺の敵ではない。


 さて、まずこいつをどうしてやろうか……。

 ギルドマスターという立場があるからかどうかは知らないが、謝る気配はない。


「よしよし、ギルドマスター。お前は興味で俺に昇格試験を受けさせ、そして俺は何も聞いていないまま奇襲を受け、そいつらをのした後回復してやったが、とうの主犯はこの部屋で優雅に事務仕事か。試験の結果発表もないしビッド達を見にも来ない。どうなってんだ? ああ?」


 ビッドは何も悪くないが、俺の出す剣幕に少し怯えているようだった。

 だがギルドマスターは流石というべきか、物怖じせずに俺の前に出てきた。


「ははは、まぁ……ごめんね!」

「ぶっ飛ばすぞ貴様」

「ワーワーごめんごめん! 君は合格だから! 晴れてD-ランク冒険者になったってことにしておくから!」

「迷惑料として俺のパーティー全員D-に上げやがれ」

「それはいいけど、流石に実技試験はしてもらうよ? 実力が伴っていないと上げることはできないから」

「じゃあそれでいい」


 まぁこれは必要なことだろうから、この辺くらいは従っておこう。

 あの三人なら普通にクリアできると思うからな。


 しかし……こいつがこの国最強の冒険者か……。

 全くそうは見えないのだが……実力はどれくらいあるのだろうか。

 ただでさえ細身だし、部屋の隅に立てかけてある武器もレイピアのような細長い剣である。


 剣が軽い物だとすると、素早い攻撃が得意なのだろうか?

 まぁこの辺は詮索するだけ無駄だな。


「はーよかったよかった。君強いんだねー……知らなかったよ……」

「お前は弱そうだな」

「失礼ね。これでもこの国最強と言われているのよ?」

「ふーん……」

「なぁにその反応……」


 やはりどうしても強そうに見えない。

 そういえばいつぞやウチカゲが言っていたな……。

 歩き方では相手の実力はわからないって……これマジなの?


 歩いている姿をあまり見ていないからまだ何とも言えないのだが……。

 ま、油断は禁物か。


「で? 俺はこの後どうすればいいんだ?」

「この書類を持って下に降りて受付に行ってくれたらいいよ。そしたらD-ランクに上がるから。お仲間は明日にでも連れてきて頂戴ね」


 渡された書類には合格と大きな文字で書かれていた。

 なんとも雑な合格書だと思いながら、とりあえずそれを懐に仕舞う。


 さて、俺はもうここには要はないのでさっさとここから立ち去るとしよう。

 今日は他にもいきたい所があるのだ。


「じゃ、俺はこれで。えっと……」

「マリア。マリア・フォールデンよ」

「俺は応錬だ。ビッド、大変なギルドマスターだけど頑張れよ」

「はははは!」

「ちょっとそれどういう意味!? ビッドも笑ってんじゃない!」


 俺は二度とこいつとは関わりたくないなと考えながら、笑い声と大きな声が響く部屋を後にした。

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