4.19.あいつは今……


 俺は昔歩いた道を歩いていた。

 確かこの辺りで泥人を使用して蛇を作り、高い所に上らせて探している物を見つけたのだったか。

 あの時は歩いても歩いてもその目的の物が見えてこなかったから心底不安になっていたような気がする。


 だが二回目ともなればそんなことはあるはずが無い。

 約二か月前の記憶を頼りに俺は奴隷商のドルチェの元へと向かっていた。


 また会おうなどと言ってしまった為、ちゃんと生きているという事を教えておかなければならない。

 あいつはレクアムに絶対に殺されると思って最後の挨拶をしていたのを俺はよく覚えている。


 全く失礼な奴だとは思ったが、実際に殺されそうになったしそう強くは言えないな。


 そんなことを考えながら歩いていると、目的地が見えてきた。

 ドーム型のテントは良く目立つが、ああいうのは移動することがあるので、この場所にあるかどうか少し心配であったが、まだ同じ場所にあってくれたようだ。


 テントの目の前にまで近づいた俺は、入口を通って中に入った。

 相変わらずその中は薄暗い。

 その辺の灯っている蝋燭が不気味ではあるが、まぁ奴隷商なので雰囲気は出ているのではないだろうか。


「ドルチェー! いるかー!?」

「どわぁあああ!!?」


 あ、まずい。此処では大声出してはいけないんだった。


 その後は垂れ幕の裏から大きな鎖の音がいくつも聞こえてきた。

 奴隷ってのは基本臆病だから刺激するのは得策ではなかったのだ……。


 叫んだ後に思い出してしまったが……まぁ今度は気を付けよう。


 しばらくするとその鎖の音も落ち着き、ようやく静かになったところでドルチェが疲れた様子で出てきた。


「い、いらっしゃい……」

「すまん」

「いえいえ、初めてのお客様なので、無理もないかと。ですが今度来るときは声は荒げず、そこにある鈴でお呼びださい……」

「初めてじゃねぇぞ。じゃなきゃ俺はお前の名前を知らん」

「え?」


 するとドルチェは不思議そうな顔をして俺の顔を凝視し始めた。

 しばらく見ていると、ようやく俺が誰か気が付いたようで、目を大きく見開いて声を上げる。


「ああ! あの時のお客様!? 生きておられたのですか!」

「阿呆。当たり前だ」


 ドルチェは一気に俺に近づいてきて両手を力強く握りしめ、大きく上下に数回振る。

 その表情はおおよそ奴隷商がするような悪い笑みではなく、本当に嬉しそうな笑みだったのが印象的だった。


 すぐに席に座るように促され、ドルチェは蝋燭を消して回って技能の静寂を唱えた。

 これは話し合いをするときの一連の動作なのか、昔より動きが洗礼されていたかのように思える。


 ドルチェが紅茶と茶菓子を準備してくれ、俺と向かい合うようにドルチェも座った。


「いやー、本当にお久しぶりですねぇ」

「とは言っても二か月ほどだがな」

「いやいや、それでも長い方ですよ。いやぁ……しかし本当によかった……」

「お前、まだあれやってんのか?」

「はい。今は孤児院の経営を手伝っておりまして……。とりあえずうちに来る子供達だけでもそちらに預けるようにしています」


 そう、ドルチェは奴隷商ではあるが、子供を奴隷とすることには反対とする奴隷商なのだ。

 子供が奴隷になるなどといったことはよくあるのだが、その大半が何の罪もない身寄りのない子供達なのである。

 だが子供奴隷は非常に人気が高いらしく、恐らくドルチェ以外の奴隷商は普通に子供を売買しているのではないだろうか。


 ドルチェはそれを何とかしようとしているようなのだが、人気の高い子供を売らないようにしろなどというのは無理に等しく、難儀していたようなのだ。


 今、ドルチェは孤児院の経営を支援しており、ドルチェの店に入ってくる子供だけでも何とかしようと奮闘しているようだ。

 だがそれでも孤児院の経営は厳しく、これ以上は現実的に厳しくなっているというのが今の現状らしい。


「……難儀だな」

「流石に私一人の力では……限度がありますからね……」

「一番良い方法ってのは……やっぱりあれしかねぇのか?」

「はい。法改正しかないですね」


 子供奴隷を作らないようにするという方法を作るのが一番良い解決策ではあるが、これを実現させるには奴隷商全員の著名が必要になってしまうことだろう。

 それに奴隷商がいるのは此処だけではない。

 他の国だって奴隷商はいるし、子供を普通に売買しているところもあるはずだ。


 それに今売買されてしまっている子供達はどうなるのだろうか?

 金を返すから子供を返せ、などと全ての貴族や奴隷を使用している場所に回っていかなければならない。


 考えれば考えるだけ気の遠くなるような作業になってくる。

 言ってしまえば……。


「現実的ではない……か」

「そうなりますね……。王族の方にでも今の現状を知ってもらえれば何か変わるかもしれないのですが……」

「王族も承知してるんじゃねぇのか?」

「さて、どうでしょうか。王族は奴隷を使用しませんからね」

「そうなのか?」


 話を聞いてみれば、王族はとても高位の地位にいる人達である。

 なので最低の地位にいる奴隷を城の中に入れたり、仕事をさせたりという事は絶対にさせないらしい。

 なので奴隷に関しては関心がなく、この現状を理解していないのかもしれない。

 が、もしかすると関わろうとしてないという事も懸念されているため、実際の所はどうなのかよくわかっていないのだ。


「ふーむ、じゃあ今は解決策が見つかるまで現状維持……か」

「今はそれが良いかと……ですが孤児院の経営だけは何とかしておかないといけません」

「じゃあお前はそっちを優先しろな。俺はちょっと解決策を仕事しながら見つけてみるよ」

「わかりました」


 ずっと考えを巡らせているドルチェが解決できないのだから、この問題は非常に難しい物になってくるだろうが、やるといったからには何もしないわけにはいかないだろう。


 ドルチェに別れを告げて、とりあえず店を出ることにした。


 マリアのせいで随分と時間を削ってしまった為、もう日が暮れてしまっているが……今は自分のできることをやって、その中で模索していってみよう。

 随分と長い仕事になるかもしれないが……何とかなるさ。


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