4.15.頼み事



 冒険者ギルドに戻った俺とジグルは、依頼の達成報告をするために受付カウンターに並んでいた。

 この時間帯はあまり人がいない様だったので、すんなりと達成報告をすることができたのだが、その時俺だけが呼び止められて待たされることになってしまった。


「……なんで?」

「兄さん何したの?」

「あー……」


 思い当たる節があるので少し心配になってくる。

 オークとビックヒールスライムを討伐したという事が周囲には知れ渡ってしまっているだろうし、それが原因でひと騒動起こしてしまったのだ。


 だがあれは受付カウンターにいた職員がとんでもない阿保の子だったことが事を発するのだ。

 あの子が騒がなければ俺は普通の一般市民であれたはずなのに……ぐぬう。


「何したの?」

「な、なにも?」

「さっきの間は何?」

「俺は悪くねぇんだよなぁ~~」

「やっぱなんかしたんだ!」


 ええ、しましたよ、はい。

 でもちょっと断ってちょびっとボコしただけなんだよなぁ~おかしいなぁ~。


 するとギルド職員が何かの書類を持って戻ってきた。

 あれはなんなのだろうか……何かの始末書なのだろうか。

 そうだとしたら俺は何も書けない。

 なんせ俺は字は読めるが字が書けないからな。


「えっと、応錬さんですよね?」

「お、おう」

「Dランク帯に上がるのに必要な依頼数をこなされたようですので、昇格試験のご案内をさせていただきます」

「ええ!? 兄さん早くない!?」

「なんだ……そんなことか……」


 てっきり何か注意をされてしまうかもしれないと警戒していた俺は、深く安堵の息をついた。


 しかしおかしいな。

 俺は今までEランクだったのだが……E+を吹っ飛ばしてるぞ?


「なぁ。俺はEランクだ。E+ではなく、いきなりなんでDランクに上がるんだ?」

「えっと……すみません。その説明は書かれていないのです」

「連れが後三人いるんだが……そいつらはどうなるんだ?」

「あ、えっと……ご、ごめんなさい。その方達はどうなるかちょっとわからないです」


 この説明の不足さはなんだ?

 これはいわゆる飛び級という奴になるのだろうが、俺はそんなに大きなことを成し遂げてはいない。

 俺としては別に早くランクが上がるというのであれば何も問題ないのだが……ちゃんとした説明は欲しいものだ。


 でもまぁ、俺が最初に受けていれば、後に来る三人にその大まかな概要は伝えれるだろうし、ランクを上げてくれるというのであれば、上げてもらうことにしよう。


「えーずるいずるい!」

「ジグル、頑張って追いついて来いよ」

「だって俺ここまで来るのに一か月半かかったんだよー!? つい先日来た兄さんに追い抜かれるのなんか癪だ!」

「いいかいジグル。これが大人」

「クソーー!」


 一か月半でも十分に早いと思うのだが……まぁ俺達は一週間もやってないから遅く感じてしまうな。

 すまんジグル。俺は先に行くぞ。


 とりあえず職員が持ってきた書類に目を通して、それに承諾しておく。

 試験内容は実技試験だそうで、会場はこのギルドに設置してある闘技場的な場所らしい。


 準備が整い次第いつでも来ていいようなのだが……もう準備万端な場合はどうすればいいのだろうか。


「これって今からでも受けれるのか?」

「え!? もうですか!?」

「いや、無理ならいいんだ」

「すいません……試験官が今出払っていまして……明日にしていただけると」

「わかった。じゃあ明日また寄ろう。朝でいいか?」

「朝なら試験官もいると思いますので問題ありません」


 どんな試験官が出てくるか非常に楽しみではあるが、明日までお預けだ。


 さて、ここですることはあと一つになった。

 まだ日は落ちていないし、帰ってくるかわからないが……とりあえずユリー達を待つことにしよう。

 ジグルの師匠になってもらわなければならないからな。


 ま、他の奴らからすればちょっと妬まれるかもしれないが……ジグルなら大丈夫だろう。


「じゃ、ユリーが帰ってくるまで待つかー」

「う、うん」

「ん? なんだ怖いか?」

「まともに話したことすらないもん……。口調もちょっと強めだしね」

「間違いないな」


 性格としては難ありかもしれないが……腕はいいことには間違いない。

 Sランク冒険者だし、魔物や地形の事もよく知っているに違いないのだから、実力は折り紙付きだ。

 だがあの性格なので、教えるのはあまりうまくはなさそうなのが心配だがな。


 冒険者ギルドで暇をつぶす方法は限られているが……俺達はとりあえず並べられている椅子に座ってユリー達が帰ってくるのを待つことにした。

 暇なので二人で使用した剣の手入れをすることになり、俺はロングソードの手入れの方法を教えてもらうことにする。

 どうやら砥石がない場合はやすりで手入れをすることができるらしい。


 俺は使う事がないので覚える必要はないかもしれないが、見分を広げておいて損はないだろう。

 ジグルには刀の手入れの方法を教えてあげたが、非常に危なっかしいので手入れを実際にさせるのはやめておいた。


 マジであぶねぇ。



 ◆



 周囲がざわざわとし始めた。

 一体何の騒ぎだと思って手入れを終えた影大蛇を鞘に納める。


 立ち上がって確認してみるが、人が多くなってきており騒ぎの根源を見ることができなかったので、耳を澄ませて周囲の会話に耳を傾けた。


「Sランク冒険者? あれが?」

「女なのにあんなの振り回すのかよ……やべぇな」

「お前振れる?」

「ぜってぇー無理。技能がなけりゃあんな戦斧振れねぇだろ。まだ後ろにいる魔法使いのほうが良いぜ」


 ふむ、会話からしてユリーとローズが帰ってきたようだ。

 いつもここに来る度にこんなことを言われて注目を引くのは面倒くさいだろうな……。


 戻ってきたという事は、高ランク帯の受付カウンターに行くのだろう。

 ジグルを連れてとりあえずその場所に歩いていくことにする。


 A~Sランク帯の受付に行ってみると、予想した通りユリーとローズが立っていて依頼の達成報告をしている最中だった。


「よぉ。二人とも」

「げっ」

「あ、応錬さん、お疲れ様です」

「「げっ」、とはなんだユリー」

「あんたと関わると最近碌なことがないのよ!」

「間違いないな!」

「認めんな!」


 実際に色々と迷惑……というか規格外的なことを見られてしまっているらしいのでそこは素直に賛同しておく。

 俺としてはそこまではっちゃけているつもりはないのだが、この世界の住人から見てみると俺達は規格外らしい。

 まだまだ分からないことだらけである。


「今日はどこに行ってたんだ?」

「あんたがシャドーウルフの依頼を引っ張ってくるからそれの後片付けをする羽目になったのよ! シャドーウルフって仲間意識が強いから、仲間がやられたのを感じるとそこに集まってくるの!」

「そんな習性があるのか」


 シャドーウルフは仲間の血の匂いを嗅ぎ分けることができるらしい。

 そのため、仲間が血を流すとそれを助けるために集まってくるのだとか。


 なのでシャドーウルフを討伐するとなれば、数日に及ぶ大仕事になってしまうのだという。

 血を流させなければいいという話なのだが、この二人はそういった技を持っていないので難しいとのことだ。


 説明をし終えたローズが、今度は俺に質問を投げかけた。


「で、応錬さんはどうしてここに? それで……その子は?」

「ああ。ユリー。実は頼みがあるんだよ」

「嫌」

「まだ何も言っていないだろうに……」


 確かにユリーにとっては面倒なことかもしれないが、話くらい聞いてくれてもいいだろうに。

 まぁ、この二人なら俺が言おうとしていることが大体理解できているかもしれないがな。


「どうせまた変なこと頼む気でしょ!」

「変なこととは失礼な。お前に弟子を取ってもらおうと思っただけだ」

「……弟子?」


 少し後ろに下がっていたジグルの背中を押してユリーの前に立たせる。

 ジグルはカッチカチになっているが、なんとか口を動かして自己紹介をした。


「は、初めましてユリーさん! 俺はジグルです!」

「え、ああ、うん。初めまして……」


 何故かユリーがたじろいでいるが、俺はそれを無視して説明をする。


「ユリー、この子を弟子として育ててやって欲しいんだ。才能はあると思うが、師匠がいないためか自分で何とかしてしまおうという癖がある。こいつに剣を教えてやってくれないか?」

「…………」


 ユリーはチラチラとジグルの方を見ては悩むそぶりを見せ、何かをとてつもなく迷って考えているようだった。

 ローズはそんなユリーを見てなんとなく楽しそうに笑っていたが、それと同時に何かを期待しているようにも思える。


 この瞬間で一番緊張しているのはジグルだろうが、それでもピシッと背筋を伸ばしてユリーの返答を待っていた。


「……嫌よ」

「あら?」


 その答えが予想外だとでも言いたげにローズが言葉を漏らした。

 俺はまだユリーとの付き合いは非常に短いため、何を考えているのかはわからない。


 だがローズは非常に長い付き合いであるはずだ。

 そのローズがあのように言葉を漏らすには何か理由があるはずである。


「理由を聞いてもいいか?」

「あのねぇ……私が一体どれだけそんな申し出を受けたと思ってるの? 一回や二回じゃないわよ。それを全部断ってるんだから、今回も断るに決まってるでしょ」


 なるほど……。

 確かにSランク冒険者を師匠にできれば一気に知名度も上がるだろうし、育て上げてくれれば実力も上がるはずだ。

 まぁそんな魂胆で申し出をする奴らが大半かもしれないが……。


「ユリー、良いの?」

「……いいの」


 ユリーはそっぽを向いてジグルからようやく目線を放した。


「じゃあこうしよう」


 俺は手を叩いてユリーの視線をこちらに向けさせる。


「ユリー、俺と勝負をしよう。俺が勝てばお前はジグルを弟子に取れ。お前が勝てば好きにして構わない」

「……え?」


 これは明らかにユリーには意味のない物だ。

 本当に弟子を取りたくないのであれば、普通にこの申し出は放棄されるだろうし、無視する事だって可能である。


 俺は先ほどまでのユリーとローズの発言から、何かのプライドがユリーの邪魔をしているのではないだろうかと考えた。

 それが何かはわからないが、別に弟子を取りたくないわけではなさそうだという事だけは理解できたので、こうした申し出をしてみることにしたのだ。


「あんた強すぎるから話にならないわ」

「勿論戦う条件は決めていいぞ。技能無しとか、武器無しとか」

「……技能無しで剣だけの勝負ならいいけど」

「決まりだな」


 断らなかったな。

 ま、この辺の理由は後でローズにでも聞いておくことにしよう。


 ローズは何がおかしいのか口元を隠してニコニコと笑っていたが、ジグルだけはおろおろとしているばかりだった。

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