6.11.前鬼の里


 ラックに乗って二日目。

 食事と睡眠を取る時だけ休憩し、後はぶっ続けで飛んでもらった。

 有難いことにラックの体力は無尽蔵にあるようで、全く疲れたそぶりを見せない。

 ていうか。


 めっちゃ楽しそうなんだよなぁ……。

 最近ずっとあの場所にいたみたいだし、こうして大空を飛べるのがとても楽しい様だ。

 ちょっとの間ではあるが、一緒に生活をしたので俺への警戒心は既に無い。

 しかし敬意はずっと払ってくれているように見える。


 俺は何とかこいつの乗り方が分かって来た。

 その為、今はラックが背中を気にせずに飛ぶことだけに集中できている様だ。

 めっちゃ速い。


 因みに、ラックは一匹でもあの場所に帰れるらしいのだが、暫くあの場所には戻りたくないと本人……いや、本竜が言うので暫く一緒に動くことになった。

 なんでもあの場所はラックにとって狭すぎるらしい。

 まぁ本来はこうして大空を飛び回っている生物だもんな。

 あの場所が狭いというのは頷ける。


 騎竜であればその限りではないのだろうが、飛ぶのと走るのでは雲泥の差がある。

 ラックにとって、あの場所はストレスだったのだろう。


 お前も結構あの場所で苦労してたんだな……。


「!? 応錬!!」

「なんだー!?」

「あれを見ろ!!」


 隣で飛んでいた鳳炎が何かを見つけたらしい。

 指さす方を見てみると……。

 遠くに原形をとどめていない建物群が見て取れた。


 だが、俺はその場所を知っている。

 あの大きな天守閣が目印だし、あの場所に何とか入ったこともあった。


 前鬼の里。

 その場所だった筈……。


「ラック! あの場所に降りてくれるか!」

ガルァリョウカイ!」


 すぐに体制を変え、斜め下に降りていくように滑空する。

 降下するに従い、詳しい里の状況が見て取れるようになった。


 殆どの建物が自立して建っていない。

 どれもがひしゃげ、壊れ、押し倒されるようにして壊されている。

 畑には瓦礫や木材が放り込まれ、城下町は燃えてしまったのか、黒ずんでいたり灰になっていたりしている場所が何カ所も見受けられた。

 唯一原形を残している天守閣でさえ、黒ずんでいる場所がある。


 御殿も、屋敷も全滅だ。

 とても人が住めそうな状況にない。


「何があった……」


 ラックは低空飛行でそのまま城下町を一周する。

 降りてくれるのではなかったのかと思ったが、その前にラックが話しかけてくれた。


グルルルトンデミルグルガルァソノホウガハヤイ

「確かにな。有難うラック。人影が見つかったらそこで降りてくれ」

ガルァリョウカイ

「鳳炎! 手分けして探そう! ここにはウチカゲが来ているはずだ!」

「うむ!」


 鳳炎はすぐに角度を変え、違う方向へと飛んでいった。

 俺は右、アレナには左を見てもらい、誰かいないか探す。


 何処を見ても瓦礫ばかりだ。

 人っ子一人歩いていない。

 まるでこの場所から全ての鬼が消えてしまったかのようだ。


 そもそも……なんだこの壊れ方は。

 鬼であれば可能かもしれないが、こんな押し倒すようにして壊すなんてできるのか?

 なんだか……これは……。

 アレナの重加重の様に、一方向から圧を掛けられたような……。


 どん!! どん!!


「! あれは……」

「太鼓の音だよ!」


 太鼓櫓が何処かにあったはずだ。

 俺が蛇の時に探索してそれは知っている。

 場所的には……二の丸の南西……!


「壊れてるか……」

「応錬! あそこに誰かいる!」


 アレナが指差す方角を見てみれば、確かに誰かがいた。

 天守閣の一番上……。

 回り縁に太鼓を出してそれを強く何度も叩いている。


 自分たちの存在に気が付いてもらおうと必死になっているという事が、その叩き方で分かった。

 ラックに指示を出し、音の方へと向かってもらう。

 近づいていくにつれ、誰が太鼓を叩いているのかが分かった。


「シム!!」

「応錬様!! 応錬様ぁあー!!」


 俺たちが近づいてきている事に気が付いたシムは、太鼓を叩くのを止めて大きく手を振っていた。

 ラックが回り縁の下の屋根に降りて、俺たちを下ろしてくれる。


 シムも回り縁から飛び降りて、俺たちと同じ場所に来た。

 相当慌てていたのか、少し危なっかしかったが何とか体勢を立て直す。


「シム! 一体何があった! この惨状はどういう事なんだ!?」

「応錬様!! 応錬様ぁ……! 姫様が……ヒスイがぁ……!!」

「落ち着け。大丈夫だ」


 動揺していて会話にならなさそうだ。

 泣きたいのを必死に堪えて過呼吸を起こしてしまっている。

 落ち着くまで待たないと……。


 ……姫様に何かあったのか……?

 確かに姫様には悪鬼になるかもしれないという懸念はあった。

 今になって……どうして……。

 そんなに時間は経っていないはずだし、まだ兆候も見られなかった。

 俺が見た時は普通に過ごしていたはずだ。


「シム。姫様がやったのか?」


 すると、シムは首を大きく横に振る。

 どうやら違うらしい。

 一番はっきりさせておかなければならない事だったが、的が外れて心底安心した。


 だがそこで、新たな疑問が浮上する。

 姫様でなければ、何がこの里を荒らしていったのだろうか。

 それに、姫様という単語が出てきてしまったのにも、何かわけがあるはずだ。

 何だ……?


「おう、れんさまぁ……!」

「なんだ」

「悪鬼……です……」

「……悪鬼……?」

「悪鬼が……悪鬼が……」


 悪鬼は鬼が泣いてしまった後、なってしまう種族だと聞いた。

 だからここにいる鬼たちは何があっても泣きはしない。


 ……待て。

 今まで考えたことが無かったが……。

 悪鬼になってしまった鬼は……何処に居るんだ……?


 泣いてしまった鬼がいたからこそ、悪鬼という存在が生まれてしまう。

 であれば……それを証明する鬼が居てもおかしくはない。

 いたはずだ。

 泣いてしまった鬼が。

 だが……そいつらが何処に居るか、俺は知らない……。

 聞いたこともない。


 シムは俺の顔を見て、絞り出すかのように叫んだ。


「悪鬼が……! 姫様を連れ去りました!!」

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