6.12.怪我人


 悪鬼が……姫様を連れ去った……?

 何故……?

 いやそもそも……どっから来たんだ。


 ……あの時壊れた水の玉……。

 あれは偶然壊れたんじゃなくて……助けを求めてわざと姫様が割った物だったのか……!

 気づけなかった……!


「シム! 姫様は何処に居る! 悪鬼はどんな奴だ!!」

「「応錬様!」」

「! ウチカゲ! テンダも……! お前……」


 二人が回り縁から顔を出していた。

 ウチカゲは無事だったようで、特に目立った傷は無い。

 だが……テンダの左目が抉り取られるかのようにしてなくなっていた。


「テンダ! お前大丈夫か!? 他の皆は!?」

「私は無事です! 他の者も重軽症を負ってはいますが、全員が生きております!」

「ガロット王国からバルト殿も来られています! まずは状況を説明いたしますので、天守閣の中へお入りください!」

「分かった!」


 本当は急がなければならない状況だろうが、敵の情報もなしに突っ込んでいくのは自殺行為だ。

 ここは鬼たちの言う通り、中に入って状況を説明してもらおう。


 アレナに俺たちを軽くしてもらい、回り縁から中に入る。

 ラックは外で留守番だ。

 後で肉をたくさん用意しておいてやろう。


 中に入って下に降りていくと、そこには怪我人で溢れかえっていた。

 致命傷は全員が避けている様だが、骨折や切り傷などが多い。

 天守閣の中は血の匂いが漂っていた。


 アレナはそれに慣れていないのか、口を押えて気持ちが悪そうにしている。

 まぁ無理もないだろう。

 こんな光景、見慣れなければ見れるものではない。

 俺は魔物喰いまくってたから、あんまり抵抗はないけどな。


 ガロット王国から来た兵士たちは、主に治療をしてくれているようだ。

 有難い……。


「応錬様。零漸殿は……」

「急がなければならんと思ってな……置いてきた」

「賢明なご判断だと思います。あの方は今回の戦いに不向きでしょう……」

「どうしてだ?」


 あいつは言うなれば壁だ。

 動く城といっても過言ではないくらいの防御力を持っている。

 テンダの攻撃を受けた時も、属性ダメージこそあったが物理的ダメージは無かった様だし……。

 あいつが何故今回の戦い……。

 もとい、悪鬼との戦闘で役に立たないかが分からない。


 それをウチカゲに聞こうとする前に、テンダが答えてくれた。


「奴は……防御貫通を持っているのです」

「……俺が持っているのと同じ物か……。だがあいつは体術にも優れているぞ?」

「腕を打ち合うこと自体、危険なのです……」


 悪鬼との戦闘で肝となるのは、遠距離からの攻撃。

 奴らは接近攻撃しか持たないのだが、接近されれば終わりだと思っても良いのだという。


 まず、悪鬼は普通の鬼の上位互換。

 攻撃力、耐久力、体力……。

 ステータスのほとんどを上回っている。

 唯一普通の鬼が悪鬼に勝っているステータスは、俊敏と魔法力ただ二つ。


 だが基本的に鬼は魔法をあまり使えない。

 回復系の技能にしかその数字は活かせないのだ。

 実質的に上回っているのは……俊敏だけ。


 一人の悪鬼に十人の鬼が束になって掛かってようやく仕留めれる。

 そのレベルで勝つのは難しいとの事……。


 同じ攻撃力でもまず本質が違う。

 零漸だとしても、一匹の悪鬼に苦戦し続けて何も出来ないのがオチ……らしい。

 簡単に言うと、盾は無意味。

 零漸との相性は最悪なのだという。


 ……まぁそういう意味で連れてこなかった訳ではないのだけどな……。

 まさかこんなことが起きてるなんて思わなかったし、悪鬼が攻めて来てるって聞いたのだったら何としても零漸を連れて来た。

 幸運……なのか……?

 よく分からんが、鬼であるウチカゲがそう言うのだ。

 まず間違いはないのだろう。


「ライキ様。入ります」

「……うむ」


 中から声が聞こえたと同時に、ウチカゲは襖を開けて中に入る。

 ここは天守閣の二階……。

 この場所には襖が多くあり、様々な場所が仕切られている。

 主に重症患者が寝かされているのだが、そのうち一室だけはライキが陣取っている様で、様々なボロボロになった書物を読み漁っていた。


 こちらに気が付くことは無く、ただただ読み物を読む。

 その中には、バルトの姿もあった。


「久しぶりだなバルト……」

「……久しぶり、応錬君。できればこんな形で会いたくはなかったよ……」

「俺も同じだ」

「応錬様か!」


 ライキが俺の声と名前を聞いて、ようやくこちらを見た。

 余程集中していたのだろう。


「よくぞ……よくぞ……来てくださった……!」

「すまんが早速状況を教えてくれ。何があった。悪鬼は何処に居る? 姫様は何処に連れ去られた? その理由は?」

「一から全てお話いたす……。まずは座ってくだされ……」


 座れと言われても、座る場所がない程に書物が散らばっている。

 このようなライキは初めて見た。

 随分と動揺している様だ。


 俺はその辺にあった書物を適当によけてから、畳に座る。

 一息は付けない。

 これから、しなければならないことが山ほどある。


「まず……これだけ確認させてくだされ」

「なんだ」

「姫様を……救ってはいただけぬでしょうか……?」

「無論だ」


 そんな物、シムから話を聞いた時点で承諾している。

 当たり前のことを聞くな。


「話を、続けてくれ」

「……承知……」


 ライキの目が、鋭くなった。

 戦場を指揮するときの、一拍置く独特の口調。


 それを察知してか、後ろにいたウチカゲとテンダは片膝をついて待機する。

 バルトも真剣な面持ちで事に当たってくれていた。

 アレナも空気を読んで正座し、話を聞く体勢を作ってくれている。


「……では、まず説明を……」


 そう言って、ライキは今まであったことを説明してくれた。

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