6.16.悪鬼の長老


 十人を弔ったガラクは、櫓に向かっていた。

 三つある建物の内、二つは櫓だ。


 手前には二重櫓があり、真ん中に大天守。

 そして一番後ろには鼓楼があった。

 鼓楼とは、言うなれば太鼓櫓の様な物である。


 名前に楼とあるように、二階建ての建物であり、その中に大きな太鼓が設置されている。

 使うかどうかは置いておいて、太鼓がある二階建ての建物をそういうのだ。


 ガラクは別に太鼓を叩きに行く為にそこに向かっていたのではない。

 そこに大切な物があったから、様子を見る為に向かっていた。

 砂利道を歩いていけば、鼓楼はすぐだ。


 石垣の間の門を開けて中に入り、階段を上っていく。

 灯りなどは無いが、悪鬼は夜目が利く。

 暗い所でも何も問題はないのだ。


 そのままあがっていくと、誰かがすすり泣くような声が聞こえた。

 それと同時に、じゃりじゃりと数珠を転がしているような音も聞こえる。


 音が聞こえたことに安心し、警戒心を緩めてその部屋へと入った。

 そこには、随分と綺麗に着飾った赤い角の鬼がいて、隣にいた鬼に縋りついている。


 赤い角の鬼は、ヒスイと名乗る鬼だ。

 先日現世から連れて来た仲間である。

 だがまだ悪鬼ではない。

 何故か時が止まっているかのように、悪鬼化は全くもって進んでいないのだ。


 しかし、技能の能力値には変動があったらしい。

 そのせいか、目の白い部分は黒くなりつつある。

 この常世に来て進まない悪鬼化がようやく進み始めた様だ。

 だがそれも至極遅い。

 もっと時間をかけなければ完全な悪鬼にはなりえないだろう。


 そして、ヒスイが縋りついている鬼。

 彼女も悪鬼だが、随分と老齢だ。

 彼女もまた、完全に悪鬼にならずに時が止まっている。

 この常世にいても尚、全く進んでいない。


 角は欠け、しわくちゃになった顔には生気を感じられない。

 なぜ生きているのか不思議な程だ。

 それに、彼女は服ではなく武具を着ている。

 薙刀を傍らに置いており、額には額当てがされてあった。


 とても戦えるような人物ではない。

 だが、ガラクはこの女性には勝てない。

 その確信があった。


 ジャリジャリジャリジャリ……。

 ジャリジャリジャリ……。

 ジャリジャリ……。

 ジャリ……。

 ……。


 数珠を転がす音が消えていく。

 それは手を止めたわけではない。

 ただ、数珠がこすれ合って粉になり、音がしなくなっただけなのだ。


 ガラクがここに来ると必ずこうして脅しを仕掛けてくる。

 まるで何故ここに来た、と怒っているようにも感じられた。

 だが、彼女が本当に怒っている理由はガラクがここに来たからではない。


「なぜ……何故ェ……!」

「婆には、わからん、よ」

「何故ぇ……連れて来たァ……?」

「ヒナタの婆、にはわからん、よ」


 彼女……ヒナタは、ガラクが悪鬼でもないヒスイを常世に連れて来たことに、怒りを覚えていたのだ。

 あってはならないことをした。

 そんなガラクに、憤りを感じていた。


「呪いに自ら歩み寄るか……!」

「知らん」


 その言葉は聞き飽きたとでも言いたげに、ガラクは頭を掻いてその場に座る。

 ヒスイを見てみるが、見られたことに気が付いたのか小さな悲鳴を上げてヒナタの後ろに隠れてしまう。


 ガラクもここでいがみ合いをしたいわけではない。

 だが、ここまで怯えられているというのは少し凹む。

 彼は自分なりの道理に沿って、事を成しているだけなのだ。


 誤解を解いてやりたいのは山々だが、ここから一歩でも近づけばヒナタの間合い。

 これ以上近づいてしまえば、いくら悪鬼と言えど首を刎ねられてしまうだろう。


 全く、とんでもねぇ婆だ。


 そんな事を考えながら、ここで今後のことを考える。

 残っている悪鬼はガラクとゴウキの二人だけ。

 後はヒスイを連れてくるという使命を全うして死んだ。


 ヒスイを奪還しようと試みる鬼たちを屠る自信は大いにある。

 万が一にも負けるなんてことは無いし、そんな事は許されない。


 今は戦力を失うわけにはいかないのだ。

 悪鬼も、彼らも・・・


 そもそも、攻めてくる事もないはずだ。

 ガラクはひとしきり自分だけで考えた後、すっと立ち上がって鼓楼を出て行ってしまう。


 来るべき時に備える為に、戦力が必要だ。

 その時は……。


「……」


 自分が現世に出る。

 そう誓って、現世の門へとまた歩いていくのだった。

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