6.15.常世
凍える様な冷たい冷気が足元を滑っていく。
触れた物から凍り付いていきそうなその風は、次第に熱を帯びて熱風となる。
妙な地形だ。
そう感じてしまうのも無理はない。
月明かりだけが頼りとなるこの地では、地面が深い藍色に見える。
そして、遠くの方を見てみれば燃え滾る様な赤色が空の色を変えていた。
そこにはマグマが流れており、ゴポゴポという音を出しながら自らの存在を主張する。
触れてしまえば火傷どころでは済まない程の高温が風を熱していた。
ふと、藍色の大地に目をやれば、数人の人影が見えた。
約十人の鬼が倒れており、その倒れている者たちの前には一本の大きな角を生やした鬼が膝をついて合唱していた。
金色の角と銀色の髪。
数珠を多く体に巻き付けた体は、修行僧を思わせる出で立ちをしていた。
じゃりじゃりと数珠を手の中で転がして、目の前で倒れている鬼たちの供養に勤しむ。
だが一言も喋らない。
それが彼らの供養の仕方だ。
「ズグマ、ドーガ、レグス、バダン、モーゼン……」
手足が既に体が朽ち始めており、それは勢いを止めることは無い。
悪鬼は死後、骨も残らず灰となる。
そしていてはならない存在。
彼らはそれを悟ると同時に常世に送られる。
「ザボラ、カクズ、ゲンマ、ドウエン、ボンダラ……」
彼ら全員の名前を呼んだ後、転がしていた数珠を握りつぶす。
コロコロと転がっていく数珠の玉と砕け散った数珠の玉が落ちる音が聞こえる。
音が無くなったと同時に、彼らは完全に灰となって消えてしまった。
それに酷い物かなしさを覚える。
木枯しを見ている様だ。
だが木枯しは見て楽しむ物であり、この表現は適切ではないかもしれない。
しかしこの鬼はそう思った。
「ガラク。その辺にしておけよ」
「…………うむぅ……」
青い角の生えた鬼がそう言うと、ガラクと呼ばれた鬼はすくっと立ち上がり、建物がある方向へとゆっくりと歩いていく。
ジャラジャラと音を鳴らしていたが、途中で止まって振り向いた。
「……ゴウキ……は?」
「というと?」
「供養は……?」
「せん。俺にされたって誰も嬉しくないだろうからな」
「そんな事無い、と思うが。ま、いい」
そう言い残して、今度こそガラクは歩いていってしまう。
ゴウキはその場に座る。
彼らは灰になってしまったが、服だけは未だに残っていた。
それを一つずつ見て、大きなため息をつく。
たった一つの事を成し遂げるだけに、十人もの犠牲が出たのだ。
全員生還したが、全員死んだ。
悪鬼は現世では生きにくい存在。
そこにいるだけで体に害が及んでしまうのだ。
その事は灰になった全員が承知していた事。
だというのに彼らは現世に行って、一人の鬼を連れ去って来た。
命知らずにも程がある。
「つっても、俺が言えた立場でもないか……」
ゴウキ。
彼は数週間前に悪鬼になった鬼だ。
人格は……一度変わった。
だがここに来れば人格が戻るという事にも気が付いた。
冷静になり、人格が戻り、自分がしてしまったことを後悔して現世に憧れる。
とは言え彼らは籠の中の鳥。
この常世から出ることは死にに行くという事と同義。
愛した者に想いを伝えようと現世に行ったズグマ。
子供を見に行きたいと行ったドーガ。
弟子に最後の稽古をつけると叫んだレグス。
過去の友との因縁を果たすと出て行ったバダン。
現世の空気が吸いたいとふらふら出たモーゼン。
妻に謝りたいと言ったザボラ。
仲間ともう一度だけ酒を酌み交わしたいカクズ。
力試しをしたいと意気揚々と行ったゲンマ。
音を聞きたいと言って出たドウエン。
仏を掘りたいと木を取りに行ったボンダラ。
誰も自分のやりたい事はせずに帰って来た。
そして死んだ。
詰まらん死に方をしたもんだと酷く呆れたが、一番呆れているのは自分にだった。
「……息子に会いたいと、出ることもなくここで待つくそ親父」
ガラクは自分の目的が果たせたのだからそれで良いだろう。
だが、彼らは違う。
無念だったに違いない。
一番弔われたくなかった鬼に弔われた気分はどうだ。
そう聞きたいが、もう答えてくれる奴らはいない。
「元気かなぁ……。俺はぁ……泣いちまってるよ」
つーと目から零れる涙を拭い、現世の門を呆然と眺める。
また悪鬼の力が濃くなった。
それに倦怠感を覚える。
ゴウキは最後に息子に会う為、ただ現世の門で座って待つ。
来てくれる。
その確信があったからこそ、彼はこの常世で動かずに待っていたのだった。
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