3.42.帰ってきました
大きな黒色の天守閣が見えてきた。
今はまだ森の中を進んでいる途中ではあるが、山の上に建っている天守閣は離れた場所でもよく見える。
流石五重六階の天守閣だ。
ここまでの道中では魔物に遭遇することはなかった。
今までずっと魔物を狩って食べてきた俺は少し物足りなさを感じた。
今更な感じはするが、人間になれなかった頃が懐かしい。
別にあの生活に戻りたいとかそういうわけではないが、最近実戦経験を詰めていなくなっている気がするのだ。
俺としてはもう少し魔物が出てきてくれてもいいのだがな。
魔物が出てこなかったので自給自足とはいかなかったが、食料はガロット王国からもらってきているので問題はなかった。
「おお!? ま、まさかこっちの世界でも城を見られるとは!」
「それな。俺も見た時同じこと思ったわ」
「すごーい!」
零漸は城を見てテンションが上がっている。ウチカゲもそんな反応を見て心なしか嬉しそうな表情をしている。アレナも鬼の城を見るのは初めてなのか、黒い天守閣を見て零漸と同じようにテンションが上がている。
城に近づいていくにつれて城下町も見えてきた。
これは依然見た時と同じだ。
何も変わっていない。
この変わっていない街をまた見れたのは、戦争を回避することができたからだな。
アスレは前鬼の里を守ったんだよなぁ……。
って考えると、俺たち頑張ったって心の底から思える。うん。頑張った。
畑しかないあぜ道を馬車が進んでいるのは非常に目立つ。
畑仕事をしている鬼が顔を出して時々確認をしているようだった。
ウチカゲが手綱を握っているので一番目立っているのがウチカゲで、時々声もかかっている。
畑は小麦色だ。
もう収穫時期が近いのか、既に稲木を立てるための木材を持ってきている鬼たちも見て取れた。
「ウチカゲー! 帰ってきてたのか!」
そういいながら畑からあの男が出てきた。
久しぶりに見たが何処も変わっていない。
和服を襷掛けで結んでいる黒い一本角のガタイの良い鬼が歩いてきた。
「おお! デンじゃねぇか!」
「あ、ああ? なんで俺の名前を知ってんだあんちゃん。てかウチカゲ。白蛇様はどうした」
「おいおいデンデン。デンさんよ」
「いやしつこいな」
やっぱりわからないよな。
まぁわかったら面白くねぇしな!
馬車を降りてとりあえずデンの両肩を掴んで満面の笑みを作ってみる。
それでもデンは首を傾げているので、少しヒントをやろうと思う。
「デンさんよ。俺は何故あんたの名前を知っているのでしょーか」
「ああ? 誰かから聞いたとかか?」
「いや、俺は一度お前に会っている。最初はテンダとウチカゲたちと一緒にあったなぁ。姫様も一緒だったか。なあウチカゲ!」
「ええ、そうですね」
肩を掴まれたままデンは首を傾げ続ける。
それから顎に手を当ててぶつぶつと独り言を言い始めた。
「姫様とテンダとウチカゲが一緒にここを通ったのは……大体一月前か。姫様はほとんど城から出ない……あんちゃんは鬼じゃないし……ウチカゲたちがこの里に来た時に会ってんのか。てことは……その中に鬼じゃない奴っていたか? いや白蛇様は鬼じゃなかった……ん? え? は?」
どうやら薄々理解してきたらしい。
なかなか頭の回転が速いじゃないか。
俺はもう一度デンに満面の笑みを浮かべる。
その一方でデンの顔は血の気が引くようにサーっと青くなっていった。
「し、しししろへ……」
「久しぶりだな! デン!」
その後、畑に響き渡るような大きな声が聞こえたのは言うまでもない。
鼓膜破れるかと思った。
◆
デン案内の元、俺たちは城下町に入った。
前回のように真っ先にライキへと報告しに行きそうだったのを何とか止めて、今は先導を勤めてもらっている。
報告してしまったらサプライズにならないじゃないか。
全く。
なので今はアレナと零漸に城下町の説明をしながら城へと向かっている最中だ。
街を進んでいても俺が白蛇だという事は全く分からないらしく、白蛇を連れていないウチカゲを見て皆が頭に疑問符を浮かべていた。
実は俺は此処にいるんですよ。はい。
「時代劇みたいっすねー」
「お前時代劇とか見てたのか?」
「……」
「そうか」
なんとなく予想はしてたけどね。
デンには零漸とアレナのことを説明してある。
これまた驚かれたが「応錬様ならできるか」と一人で納得していた。
俺が納得できないんだが。
「なぁなぁデン。俺たちが出ていったあと、姫様やライキはどうしてたんだ?」
「ええ……それがですね……」
デンは俺達が出立してからのことを全て話してくれた。
姫様はそれからずっと泣いていて、自分でもこのままでは駄目だとわかっていたようだが何故か泣き止めなかったのだという。
落ち着いたのは三日位後で、それまでは城にいた人たちはどうしたもんかと頭を抱えて困っていたらしい。
だがそれから姫様の体に妙なことが起こったらしい。
なんと魔法力と魔力量が減っていたのだとか。
ほんのわずかな変化ではあるが、これに姫様は驚いていた。
今まで増える一方だった魔力が減ったのだからそりゃ驚くだろう。
魔力量や魔法力が高いのは悪鬼特有の事だと聞いていたし、これで少しでも悪鬼から離れたのであれば良いことだ。
だが何故減ったのかはよくわかっていないらしい。
暫く技能を使わなかったから、泣いたから……と言うのが一番濃い説らしいが、なんせ初めてのことで鬼たちも理解が追い付いていないのだとか。
鬼たちはそのことがわかってから姫様を何とか悪鬼から遠ざけようと、様々な方法を取り入れて魔力量を減らそうとしているようだ。
最も姫様はめんどくさがってなかなか話を聞いてはくれていないそうだけどな。
テンダはと言うと、あれからこちらに帰ってきてからというもの、城のことを全て把握させるように、ライキがスパルタの如く教え込んでいたらしい。
だが報告にはとても満足していたようで、久しぶりにライキは大声で笑ったそうだ。
あのライキが大声で笑うなんてはっきり言って信じられないのだが。
ライキはライキでまだまだ健在。
アスレを見送った後「若者に負けてられるか」と言って城の設計図を作ったりからくり屋敷の見取り図を考えたりしていた。
勿論城下町の視察や政務も欠かさなかったようだが、視察だけは苦労していたようだ。
もう年だからね。
ライキって何歳何だっけ。忘れた。
今前鬼の里はとても安定している。
作物も順調に育ち、家もどんどん増えていく。
それにもう一度新しい城を建ててもいいのではないかと言う声も上がってきているので、近いうちにでもテンダたちがいた里のような城を作ると話が決まっている。
だが前回と同じ轍は踏まさないとして、この城から最大二日の距離の間に城を設けるようにとのお達しが下っている。
となれば支城と言う形で里を作ることになるのだろう。
そこが経由する場所になり、また少し離れた場所に今度は本城を建設する。
大きな城が二つ近くにあっても意味はないからな。
本来であれば支城を二つくらい設けるのがいいと思うが、前回と同じ轍は踏まないと言っているし、何かあった時のために近くにいてほしいというのがライキの本音だろう。
だがその為にもガロット王国との話し合いは必要になるだろうな。
この付近に城はガロット王国くらいしかないが、それでも話し合いは必要だろう。
まぁ敵対することはないだろうけどな。
話を聞いていると、すでに大手門まで来てしまったようだ。
馬車を降りて今度は徒歩で城の中を歩いていく。
相変わらず曲がり道が多いが、これが敵の進行を防ぐための物なのだ。
仕方がない。
歩くこと十分。
二の丸御殿に辿り着いた。
現在ライキはここで政務と寝食をしているらしい。
流石に本丸御殿は遠いか。
もうこの辺りは歩き回ったからほとんどの構造を覚えている。
なので迷うことはない。
だがアレナと零漸は違うと思うので、アレナの手だけを引いて進んでいくことにした。
デンは書院の前で足を止め、襖を開けずに声をかける。
「ライキ様、ウチカゲが戻りました。それとお客人も一緒です」
「入れ」
デンによってすっと扉が開かれる。
ウチカゲが先に入っていき、それから俺達が歩いていく。
中には緑色の服を着た白く長い二本の角の生えた年老いた鬼が上座に座っていた。
相変わらず筆で何かを書き留めているところを見るに今は仕事中だったか。
少し悪いことをしたかもしれない。
だが懐かしい。
少しの間とは言っても久しぶりに会うと声をかけたくなってしまう。
俺は部屋に入るなり片手をあげてライキに声をかけた。
「よぉライキ!」
「む?」
ライキのことを呼び捨てにした俺に対して真っ先に侍女が動こうとしていた。
お前いたのか。
気が付かなかったぜ……。
だがそれをウチカゲが制止してくれた。
ライキは俺の顔を見てからしばらくすると、目を見開いて筆を取り落とした。
「な……なんと……!」
あれ?
なんか期待してた反応と違う。
「応錬様であったか!」
……あれぇ!? おかしいな!
お、驚かせようと思った俺が驚いてしまう展開になってしまった。
な、何故だ! 何故バレたんだ!?
「応錬様」
「な、なんだデン」
「ライキ様の能力、お忘れになりました?」
「……あ」
そういえば相手の名前を見ることができる技能を持っていると言っていたな。
そうか……そういうことね。
しょぼん。
俺はドッキリさせようと思って失敗したのだった。
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