3.41.零漸の新しい装備


 朝食をとる前に零漸に会いに行き、夢のことについて聞いてみた。

 だが零漸は昨日夢も見ていないし、そんな人物も知らないのだという。

 ただの夢と割り切ってしまえばそれまでなのだろうけど……なんだか不思議な感じだったんだよな。


 零漸は「考えすぎですよ夢くらいで~」と笑っていた。

 まぁ本当にそうなのかもしれないけど……。


 前鬼の里に向かうため、ガロット王国の兵士たちに馬車の準備を整えてもらう。

 準備してもらっている間、サテラとバラディムに別れの挨拶をしておく。

 二人とも特に悲しそうな表情をすることもなく、笑顔で俺たちを見送ってくれた。


 バルトはやはりなかなか時間が取れないのか、見送りには来てくれなかったけど、ガロット王国の為に頑張っているという事を俺たちは知っている。

 アスレが帰ってくるまで暫くバルトは書類の山を片付けることになるだろう。


 別れの挨拶をしていると馬車の準備はすぐに整ったので、早速馬車に乗って大通りを進んでいった。

 だがガロット王国を出る前に寄っておかなければならないところがある。

 ダズラの武具屋だ。

 予定では既に零漸の防具が完成しているはずなので、取りに行かなければならない。


 自分の新しい装備という事で零漸は朝からご機嫌だ。

 自分のオーダーした装備がどのようになっているのか非常に楽しみにしている。


「零漸、あれから他に何かオーダーしたのか?」

「勿論っす! でも見てからのお楽しみですよ!」

「そりゃ楽しみだ」


 あんまり痛々しい格好でなければいいのだが……。

 零漸のことだからな……。

 中二病臭い装備を整えてくるかもしれない……。

 まぁそれはないと信じよう。

 信じておこう。


 城から武具屋はそれなりに近く、数十分で到着することができた。

 相変わらず街の中は賑やかで人も多く、ゆっくりにしか進めなかったというのもあるのだが、それでも馬車での移動は徒歩より早い。

 今後も出来る限りは使っていきたいものだ。


 武具屋に到着すると零漸は馬車から飛び降りてすぐに武具屋に入っていった。

 扉につけられていた鈴が乱暴に暴れて大きな音を立てている。

 楽しみなのはわかるがもう少し落ち着いてほしい。

 防具を着て金を払ったらすぐにでも出発してしまうので、ウチカゲとアレナに馬車を任せて俺だけ中に入ることにした。


 中に入ってみるとそこにはカウンターに座っているリューズの姿しかなかった。

 既に零漸の姿はない。もう試着室に入っていってしまったのだろうか。


「いらっしゃーい」

「おう。零漸は?」

「旦那と試着室に入っていったわ。二人ともとっても楽しそうだったわよ」

「そうかい。あと金額はどれくらいだ? 先に支払いを済ませておこうと思ってな」


 するとリューズは引き出しからそろばんのようなものを取り出してパチパチと弾いていく。

 指で何かを数えながら弾いているのだが、指を折り曲げたり伸ばしたりしているところを見るに、零漸は多くの要望を言ったのだなと推測できる。

 リューズは指を十三回数えたところで動きを止め、手元にあった紙にペンを走らせた。


「うん。これくらいかな……金貨四枚と銀貨二枚だよ」

「おお……結構するなぁ」


 値段を聞いてイルーザからもらった財布を開いて金貨を四枚、銀貨を二枚を取り出す。

 リューズはお金を手に広げて二回ほど確認し、大きく頷いてからお金をしまった。


「確かに頂きました。まぁオーダーメイドってのはそれくらいするよ。今回は零漸君の要望が多かったからねぇ。それに答えて素材を集めてたらこんなになっちゃったって訳」

「普通はこんなにかからないか」

「そりゃね。若手冒険者は胸当て、籠手、脛当てなんて風に一部一部を作り上げて一式揃えるって子たちがほとんどだよ。革装備でここまで値段が張ったのは初めてだけどね。もっとも素材とかの持ち込みだともっと安く済むんだけどね」


 素材の持ち込みも可だったのか。

 それは知らなかった。

 いや、もしかしたらこの世界の武具屋ではこういうのが常識なんだろう。

 常識を学ぶのが一番苦労しそうな気がするぞ、この世界。 

 ていうか革装備でここまで値が張るって……零漸は一体どんなオーダーをしたんだ。

 これは痛々しい装備が濃厚になってくるぞ……!


 それはそうとして……なかなか出てこないな零漸の奴。

 その間に何か見ておこうかとも思ったが……特に見る物もないしなぁ。

 そういえばイルーザからもらった魔道具袋使ってないな。

 まぁ使うほど必要な持ち物も今は持ち合わせてないからなぁ。

 今度売れる素材とかがあれば入れてみることにしよう。


「ああそうだ。応錬さん、またここに来る事があったら出来る限りこっちで魔物の素材を売ってくれないかな?」

「魔物の素材? どうしてだ?」

「実はちょっと武具を作る素材が減ってきててね……。冒険者ギルドに頼んで素材を回収してくてもらってはいるんだけど……」

「ああ。冒険者雇うよりここで直接売ってくれた方が安上がりって事か」

「うっ……」


 どうやら図星だったようだ。

 ギルドの仕組みを詳しくは知らないので、実際どれくらいの金額を使うのかはわからないが、冒険者を雇う、そこから報酬金を作るとなればどうしても普通に買うより金はかかってしまうのだろう。


 素材だけを売るのであればその品質によって値段を変えてもいいわけだしな。

 それに魔物のランクによって金額も変えなきゃいけない。

 長期的に見れば冒険者ギルドに依頼をするより、売ってもらうほうが助かるのだろうな。


 と、まぁど素人でも考えそうなことを並べてみたが……真意はわからん。

 だがリューズの反応からして、冒険者ギルドに頼めば金がかかってしまうのは事実なんだろう。

 顔にそう書いてある。


「き、君たちが素材を持ってきてくれたら割引するからさ! ね!」

「別に構わんが俺たちはしばらくここには戻ってこないからな……」

「えーー! Fランクなのに!?」

「あれ、なんで知ってんだ」


 俺達が冒険者だということは伝えていたが、Fランクという事はまだ教えていなかったはず。


「ふふふ……これが主婦の情報網よ」

「……末恐ろしいな」

「っていうのは嘘。アレナちゃんから聞いたのよ」


 俺たちが知らない間に聞いたということは……昨日か。

 試着室で聞いたのだろう。

 別に知られて困ることではないけど、教えていないことを知っているってのはちょっとびっくりするな。


「兄貴ぃい! お待たせしましたぁー!」


 試着室から零漸が出てきた。

 その隣にはダズラが満面の笑みで満足そうに零漸の来ている装備を見ている。


 零漸は黒いマントを纏っているが、今はマントを広げて俺に自分の来ている装備を見せびらかしている。

 零漸の両腕には黒いベルトが巻き付けられていた。

 それはとても長いベルトのようで、巻き付けきれなかったベルトは金具を付けてぶら下がっていた。

 ベルトには金の刺繍が施されており、そのベルトは足にも巻き付けられているようで、金の装飾が施されている。

 胸には心臓部分を守るように小さなプレートが張られており、動かないように三点からベルトで固定されている。

 零漸の注文通り、色は黒色で胴体につけている革装備も黒色になっていた。

 肩当てもあるが、これはあくまでもマントを固定するための物のようで防御するための物ではないらしい。


 マントに隠れていてわかりづらかったが、腰には小太刀と同じくらいの大きめのナイフが携えられていた。あれが零漸が注文していた解体用ナイフだろう。


「ほぉ……盗賊みたいだな」

「その辺の盗賊より盗賊っぽくないっすか!?」

「そうかもな。いやしかし……すごいな。普通にかっこいい」

「やった! 親父! 応錬の兄貴が認めてくれましたよ!」

「俺がすげぇんじゃねぇ! 着こなしてる、お前がすげぇんだよ! はははははは!」


 そう言ってダズラは零漸の背中をバシバシと叩く。

 結構力強く叩いているはずなのだが零漸は微動だにしない。

 流石防御力四桁。


 俺と零漸は二人にお礼を言って、これからしばらくは戻らないという事を伝えた。

 ダズラはあからさまに残念そうにしていたが、戻ってこない訳じゃないからと零漸が慰めている。

 話を終えたところで俺たちは馬車に戻った。


 戻るとアレナが真っ先に零漸の新しい装備を見て褒めていた。

 褒められた零漸は自慢げに胸を張っている。


 これであと装備を整えれていないのは俺だけだ。

 今度は俺の番。

 という事で、新しい装備を求めて俺達は前鬼の里に向かった。

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