4.33.ダンジョン⑩ 攻略


 アレナは魔力切れで技能が使えないため、俺たちが前に立って偽物の俺を始末することになった。


 俺としてはなんとも言えない感情が渦巻いているわけではあるが、まぁ……いいだろう。


 しかし、偽物の俺とは言え、防御貫通を持っている俺は零漸にとって脅威でしかない。

 十分に気を付けて戦いたい相手ではあるが、俺は接近戦にあまり慣れていない。

 その点で言えば、零漸のほうが一枚も二枚も上なので、接近は零漸に任せれば問題はないだろう。


 だがウチカゲはあまり前に出ない方がいい。

 何故かというと、操り霞の技能でウチカゲの動きはわかってしまうのだ。

 ただ速いだけ、と言ってしまえばそれで終わりなのではあるが、俺はウチカゲに勝てる算段がある。

 相手が同じ考えを持っているのであれば、ウチカゲが接近するのは非常に危険な行為だろう。


 しかし今は零漸がいる。

 俺も二人まとめて掛かって来られたら本気を出さなければ勝てそうにない。


 それに加えて、今回は俺も参戦する。

 こうなれば……勝ち筋は見えてくるだろう。


「零漸! 頼むぞ!」

「任されましたぁー!」

「ウチカゲは隙を見て攻撃! 一度撃ち込んだらすぐ下がれ!」

「了解です!」


 二人は一気に前に出る。

 俺は先ほどと同じように多連水槍を作り出し、偽物の俺に向かって攻撃を開始する。

 それと同時に相手も同じ技能でそれを相殺。

 空中で多連水槍の斬り合いが行われていた。


 一瞬で間を詰めたウチカゲは偽物の俺に一撃を当てようと鉤爪を振り抜く。

 それは見事わき腹を切り裂き、ガラスの破片が周囲に舞った。


「む?」


 そこで俺は首を傾げた。

 俺の技能はまだたくさんあるのだが、相手は防御技能すらも展開しなかった。

 いままで俺が使っていた技しか使用してないのにも何か理由があるのかと思っていたのだが、もしかすると……。


「ウチカゲ! 作戦変更だ! 連続で攻撃してみてくれ!」

「? 了解です」


 その瞬間、偽物の俺は空中に吹き飛ばされ、ウチカゲがそこに連撃を仕掛けていく。

 体は見る見るうちに削れていき、ウチカゲが攻撃を終了させる頃には銀色の塊となっていた。

 だが破壊しきるまではいかないようで、最後の攻撃で大きく吹き飛ばされるも、すぐに立ちあがってくる。


 偽物の俺は、これだけ攻撃されても防御系技能は一切使わない。

 となると……。


「俺の偽物はこのダンジョン内で使った技能しか使えないのか!」

「兄貴今なんて言いましたー!?」

「偽物の俺は防御系技能が使えない! 零漸今の内に畳みかけろ!」

「なるほど!」


 それを聞いた零漸はすぐに地面を蹴っ飛ばして偽物の俺に接近する。

 そのまま『貫き手』を発動させる。

 起き上がったばかりの体に容赦なく足を踏み込んで力の限り攻撃をするが、偽物の俺もそれに反撃するべく接近戦を得意とする零漸に対し片手で貫き手を受け流して零漸に肘打ちを繰り出す。

 それは見事に腹部に直撃し、零漸は大きく吹き飛ぶ。


「ぐほぁ!?」

「零漸殿が飛んだ!?」

「あー……俺の防御貫通と波拳だな……」


 どうやら自動的に発動する技能は所有しているようだ。

 波拳は何処で使ったのか覚えていないが、恐らく知らないうちに使用してしまってコピーされたのだろう。


 ていうか俺そんな身体能力高くないぞ……。

 零漸の攻撃を受け流したけど、俺が実際に零漸と戦ったとしてあれと同じ動きができるとは思えない……。

 どこをどうしたらそんな動きになるようにコピーできるのだろうか。

 ちょっと盛り過ぎである。


「いったぁ……。兄貴の技能マジで俺の防御貫通するじゃないっすかぁ……だだだだ!!!!」


 どうやら俺の技能は零漸にとっては非常に厄介な技能のようだ。

 零漸には衝撃という耐性技能があるにもかかわらず、普通に吹っ飛んでいったのには非常に驚いた。

 波拳にこれほどの攻撃力があるのかと思ったが……恐らくこれは防御貫通のおかげだろう。

 防御貫通は何処までの防御技能を貫通させることができるのだろうか……。


「つーか硬くね? ウチカゲの攻撃で壊れないってどうなってんだ」

「本気で殴ったんですがね……」


 それはそれで傷つく。

 まぁいいけど。


 ウチカゲは一瞬でこちらに戻ってきたが、ふと見てみると一本鉤爪が折れていた。

 まだあまり使っていない筈ではあるが……それほど硬いのだろうか。


 というより……これウチカゲの能力と鉤爪の性能があっていないのではないような気がする。

 と、今はそんなことより、あいつを何とかしなければ。


 偽物の俺は零漸を吹き飛ばしてからは動いておらず、零漸と俺たちを交互に見ながら受けの姿勢を取っている。

 空中で続いている攻防戦は拮抗しているが、攻撃をされてボロボロになった偽物の方が少し劣勢になっているようだ。

 受け身の体勢を取っているという事は既にぎりぎりの状態であると思うのだが、あの状態で動いているのだから、油断はしてはいけないだろう。


「もういっちょ天割するか……」

「動き止めますか?」

「頼めるか?」

「はっ!」


 ウチカゲがまた一瞬で偽物の俺に接近し、今度は足で蹴って壁に叩きつける。

 流石に偽物の俺はウチカゲの速度にはついてこれないようで、何もできずに一瞬で壁に吹っ飛ばされた。

 ウチカゲの技能は腕ではなく足に特化した技能が多い。

 なのでこれがウチカゲの本領ともいえる攻撃。


「──!!」


 偽物の俺は声にならない声で吹き飛ばされ、見事に壁にぶつかって動かなくなった。

 いや、動いてはいるのだが、壁に埋もれてしまって動けなくなっていたのだ。

 必死にもがいているようではあったが、どうにも抜け出せないらしい。


「よくやったウチカゲ! 『天割』!!」


 ウチカゲが攻撃をしている間に、俺は影大蛇を再度握り直していた。

 今度は両手で握って大上段からの大振りで偽物の俺を斬る。


 斬撃が地面を抉りながら向かって行き、動けない偽物の俺を地面、天井の岩ごと斬り裂く。

 それは地割れがするほどに強力な一撃であり、偽物の俺もそれには耐えられなかったようで真っ二つになってようやく砕け散った。


 地面の揺れが収まったのを確認し、周囲を見てみる。

 四か所に崩れ去ったガラスの破片が点在しており、それらはもう動きそうもない。


「やっと終わったか……」


 しかしまだ油断はできない。

 ガラスの破片の所まで移動して、それを手に取ってみてみる。


 俺にはこれに魔力が籠っているかどうかなんて分かりっこない。

 手に取ってみてみてもこれは普通のガラスの破片であり、それ以外は特に妙なところはなかった。


「妙なものもあるもんだな……」

「終わりー?」

「多分な」


 幸いにして怪我人はほとんどいない。

 ウチカゲは随分と偽物の零漸に遊ばれていたようなので、体には擦り傷がいくつか見て取れるが……今回一番大きな怪我をしていたのは零漸だった。


「うぐぅ……」

「大丈夫か? ほれ回復水」

「有難う御座います……」


 零漸は偽物の俺の攻撃をまともに受けた。

 その攻撃は相当強力なものだったようで、零漸の肋骨が何本か折れていたようだ。


 そう考えてみると、アレナで偽物の俺を止めていたのは正解だったのかもしれない。

 あんなのが接近戦でウチカゲに一撃でも攻撃を入れていたら、ウチカゲはただでは済まなかっただろう。

 なにせ零漸がここまでの重症に陥ってしまったのだから。


 零漸に回復水を与えると、どうやらすぐに回復してくれたようですっと立ち上がってくれた。

 とりあえずこれで零漸は大丈夫だろう。


 ウチカゲには俺が大治癒で回復してやる。

 今回一番頑張ってくれたと思うからな。


「有難う御座います」

「俺も治ったっす! マジで痛かった……」

「お疲れさん。アレナもな」

「むふー」


 とりあえず、ここは安全となったようだ。

 さて……問題はここからどうやって脱出するかという事なのだが……頼みの綱であったあの鏡は見ごとに粉々になってしまったわけだし、もう来た道を帰る以外に選択肢は無いように思える。


 ……こんな時でもマップを最後まで書き続けるアレナには敬意を表したい。


「さ、どうする?」

「どうすると言われても……これ来た道を帰るしかないっすよー?」

「でも妙ですよね」

「何がだ?」

「ギルドは最下層まで行った冒険者のランクを上げてくれると言っていましたが、これはどう見てもBランク相当のダンジョンではないですし、そもそも最下層であると思われるここにギルド職員がいません。でしたらどうして冒険者が最下層に到達したという事がわかるのでしょうか」


 考えてみれば確かにそうだ。

 帰り道が来た道以外にない以上、結局入り口まで戻らなければならない。

 となれば俺たちが最下層に行ったという事が証明できなくなる。

 このガラスの破片を持っていけばいいのかもしれないが、ここにはいるときはそういったことは言われてなかったので、これが証明になる可能性は低い。


 こんなことならダンジョンを攻略した時はどうなるのか、どうすれば証明になるのかを周囲の人に聞き込みをしておけばよかった……。

 荷物の準備だけに集中していたのが悪かったか。

 情報収集は大切だな……。

 いや、本当はこのまま持ってる魔石に魔力を通せばいい帰れるのだろうが、それだと絶対証明にならないだろうからな……。


 まぁ一番の問題は、ウチカゲも言った通りこのダンジョンがBランクダンジョンではないという事だ。

 実際、俺たちがどれくらい強いのかというのは未だによくわからないが、ここがBランクダンジョンだとすればそれ以上の実力はある、という事になる。


 とりあえずこのダンジョンは攻略できただろうからな。

 その辺に関しては譲らねぇぞ。


「難しいことはよくわかんないっすけど……とりあえず帰りません?」

「帰る前に体休めような?」

「あぁ……そっすね……」


 流石に今の状態で移動するのは良くないだろう。

 アレナは魔力がなくなってるし、零漸も先ほどまで重症だったのだ。

 今から動くのは悪手となるだろう。


 パキッ。


 その音に全員が反応してすぐに戦闘態勢を取る。

 まだ動くのかと、その音のした方向を見てみるが……先ほどの音がどこから聞こえたのかわからない。

 注意深く周囲を四人で探していると、ふと光が地面から浮き出た。


「なんだ……?」

「あ!」


 何かに気が付いたウチカゲがその光に向かって走っていく。

 いきなりの事だったので止めることができなかったが、ウチカゲが近づいても何も起きなかった。

 どうやら危険なものではないらしい。


「どうしたウチカゲ」

「魔法陣です!」

「なに?」


 近くに行ってその光を見てみると、確かにそれは境界で見た魔法陣と同じものだった。

 少し離れていると光が強すぎて魔法陣であるという事がわからなかったようだ。


「これ……何処に繋がってんだ……?」

「そもそも転移魔法陣何でしょうか?」

「踏んでみりゃわかるっしょ!」

「ちょま──」


 零漸はなんの躊躇もなくその魔法陣を両足で踏んだ。

 すると零漸の足元が強く光ったのだが、それは零漸だけではなく、俺やアレナ、そしてウチカゲの足元も光り始めた。


「零漸!?」

「……てへぺ──」


 光が一瞬で消え去ったと同時に、俺たちはその空間より何処かに転送された。

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