9.33.零漸の仲間


 音のしていた方は確かこっちだ。

 そう考えながら、零漸は走っていた。

 カルナの技能は知っている。

 彼女はそんなに大きな音を立てるような技は持っていなかったはずだ。

 であれば、あの音はティックかデルドのどちらかの技能だろう。


「デルドはいらねっすね……。元凶の仲間っすから」


 司祭の完全な僕となっているデルドは、零漸の中では救出対象にはない。

 できればあの戦いで倒れていて欲しいと願いながら、ティックを探し出す。

 カルナも何処かへと吹き飛ばされていったのを見ていたので、彼女も同時に探すことにした。

 しかしこの辺にはいないようだ。


 破壊音もなくなったことから、戦闘自体は終わったのだろう。

 自分のせいでこんなことになってしまったことに胸を痛めつつ、ひたすら走ってティックとカルナを探す。


「ティーック!! カルナー!! どこっすかー!!」


 この辺りにはいないようだ。

 こんな事ならせめて応錬の操り霞で大体の場所を探してもらっておけばよかった。

 索敵系技能がない自分にとってはこの探し方が普通なので、失念していたらしい。


 こういうことをパッと思いつくようになれば、皆にもっと貢献できるんだろう。

 今の自分の頭でそれは難しいかもしれない。

 小さく笑った後、立ち止まって周囲をくまなく探す。


 この辺りは家屋や屋敷が多く立っていた場所だ。

 だが今はそのすべてが破壊され、平地となっている。

 瓦礫も吹き飛ばされていて、あるのは小さな石や辛うじて残された屋根の一部のみだ。

 これだけの火力を出せる技能を持っている仲間は、応錬を除いて他に居ない。

 しかし応錬は自分とずっと対峙していた為、他の者による仕業だということは理解できた。


「…………ん?」


 遠くの方に三人の人影が見える。

 目を凝らしてみると、雷弓の二人とリゼであるということが分かった。


「ユリー! ローズ! リゼー!」

「あ!? 零漸あんた!! 今は敵かしら!?」

「違う違う!! 応錬の兄貴に奴隷紋解除してもらったっすよ!!」

「んなことできるわけないでしょ! 嘘も休み休み言いなさいこっちくんな!」

「嘘じゃねっすよ!!」


 そう言って手袋を外し、手の甲を見せる。

 ここに奴隷紋が刻まれていたのだ。

 それに未だに従っているのであれば、声をかける前に攻撃をするのが普通である。


 零漸の行動と動き、更に言動を考えて安全だと判断したローズが、ユリーを手で制す。


「ユリー、大丈夫そうよ。零漸さんは自分の意志で動いているみたい」

「本当に? てか応錬の奴……。解除できるならさっさと言いなさいよね」

「規格外も良いところですねぇ……」

「あー、えーと……。零漸かしら? とりあえずお久しぶり? いやそれとも初めまして?」

「んんー、多分初めましてじゃないっすか? あれは夢の中みたいなもんっすからね」


 リゼとこうして実際に会うのは初めてだ。

 以前会った時は天の声と出会ったあの妙な空間である。

 挨拶をした程度の仲なので、彼女のことはあまり良く知らない。


「いやそれよりも! あのー、なんか背の小さいローブ着た人どこか知らねっすか!?」

「そ、それなら私が何とか倒したけど……。いたたた!! 肩が……」

「どど、どこで!?」

「え、あっち……」


 肩を抑えたあと、リゼはティックが落下していったであろう場所を指で示した。

 生死はまだ確認していない。

 リゼが反動で動けなくなってしまった為、ユリーとローズがここで一緒に待機してくれていたのだ。


 話を聞いた零漸はすぐに走り出す。

 後ろで呼び止める声が聞こえるが、倒されたとなると一刻を争う状況かもしれない。

 生死を確認していないのが微かな希望を残してくれた。


「ティーック!! ティーック!!」


 何度も叫ぶが、返事は返ってこない。

 それに焦りを覚えながら、零漸はがむしゃらに走ってティックを探す。


「ティーック!!」

「うるせぇなぁ……聞こえてるっつの……」

「のおおおお!? なんっ!? あっ……!」


 必死過ぎて足元にティックが転がっているのに気付くことができなかった。

 それに驚いて無事を確認するが、彼の左腕は無くなっていた。


「ティック……腕が……!」

「あ、やっぱり無い感じ? まぁ何となく分かってたけどな」

「手当てするっす! 『ハイヒール』!」

「わー、零漸もいい技能持ってるね~」

「時間かかるっすけどね……」


 ハイヒールは深すぎる傷に対しては治りが遅い。

 だが何もしないよりはマシである。

 再生はできないが、治療が終われば動くことはできるようになるはずだ。


「……零漸は勝ったのか?」

「何回も負けたっすよ。やっぱ兄貴には勝てないっす」

「あ? 逃げて来たのか? 僕を助けるために?」

「逃げたわけじゃないっす。兄貴が奴隷紋を解除してくれたんすよ」

「はぁ!? できるのかそんなこと!?」

「なんかできたらしいっす」

「零漸の兄貴はめちゃくちゃだな……」


 そんな奴がいるのであれば、もっと早く出会っていたかった。

 ここまで遠回しに策を巡らせていた自分が馬鹿らしくなる。

 だが、淡い希望の光が強くなったような気がした。


「零漸……」

「分かってるっす。言えないのは分かってるっすから、あとは任せてほしいっす。あの司祭今からぶっ飛ばしてくるっすから」

「……」


 言いたいことをすべて零漸が察してくれた。

 短い付き合いだというのに、よくこんな自分を助けようだなんて思うものだ。

 それが、零漸という男なのかもしれないが。


 であれば、すぐにでも行ってもらわなければならない。

 治療を中断してもらい、零漸を押す。


「僕が回復すると、また戦わなければならなくなる。痛覚遮断の自動技能が発動しているから、僕のことはいい。君はやるべきことをしに行け」

「……分かったっす。死んじゃ駄目っすよ。魔道具弄りが好きな弟さん、助け出さないと」

「……どうしてそれを?」

「カルナっすよ」

「ああ……。やっぱりあいつは優しいねぇ……。ほら行け! 頼んだぜ!」

「っす!」


 ガバッと立ち上がった零漸は、地面を蹴って走り出す。

 その後ろ姿を見届けた後、腰に付けていた壊れた魔道具を取り外した。


「今あいつ、何してんのかなぁ……」


 再び弟に会えるかもしれない。

 諦め続けていたことが、今零漸の手によって実現するかもしれない。

 強い期待を零漸にしつつ、弟が作った最高傑作の魔力増幅装置を撫でたのだった。

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