7.45.Side-鳳炎-おい
ビクリを体を跳ね上げて後ろを振り返る。
咄嗟に炎の槍を出現させてしまったが、緊急事態なので致し方がない。
声がしたのは扉。
まさか後ろから誰かが付いてきていたのか?
だがそんな気配は一切なかった。
こういう時応錬の技能とウチカゲの危険察知が役に立つのだが……!
とにかく今は防衛に徹する。
いや、もう攻撃してしまうか?
だが一般人だった場合面倒くさいことになる。
まずは様子を見てから、行動を決めることにしよう。
「誰だっ! ……ぇぁ……」
「見てんとーり、悪魔だよぉい」
確かにそこには悪魔がいた。
だが私はその姿を見て完全に思考が停止してしまったのだ。
彼は私に手を出すことは絶対にできない。
そうすぐに気が付いてしまったからだ。
もしかするとその姿が異常だったから、という方が、今私が思考を停止した理由になりえるかもしれない。
なんせ、その悪魔は扉に顔だけを浮き上がらせていたのだから。
腕はない、足もない、胴体もなければ首もない。
本当に顔だけがそこに張り付いており、私に向かって言葉を放つ。
今まで見てきたどんなホラー映画よりも、今まで見てきたどんな恐ろしい写真よりも、それは鮮明に私の恐怖心をくすぐってきた。
扉の色と全く同じの顔色。
そして頭に二回折れ曲がった角が生えており、その目は何日寝ていないのかという程に大きな隈ができている様にも見える。
下手くそな笑顔を向けている彼は、何かに憑りつかれている様にも感じた。
「へっへへへ……
「…………ッ……」
「
「……その、その口調……方言か何かか……?」
私は過去の記憶を覚えているが、このような方言は聞いたことがない。
だが、似たような喋り方は、私の爺さんがしていたような気がする。
この世界にも方言があるのだろうか。
しかしなんだこの違和感のなさは。
まるで……私に分かりやすい様にしてくれているような……。
「ああー、
「……よく喋る」
「
「ああ」
言っていることはなんとなく分かる。
爺さんと子供の頃によく遊んでいてよかった。
しかし何だこの悪魔は……。
敵意……というのは感じられない。
あったら私は背中から襲われていただろうからな。
というか悪魔にはこんなに喋る奴もいるのか……?
久しぶりに話ができる相手が来たって言ってたが、こいつもしかして今までここに張り付いていたのか?
いつから……?
「お前は……なんだ?」
「おいら? アトラックっちゅー名前
「ずっと……ここに張り付いていたのか?」
「
「……レクアムの騒動より前から居るんだな……」
人が来たというのは奴隷のことだろう。
それが来て死んだ、か。
どういう殺され方をしたのかは知らないが、碌な物ではないだろうな。
「でー? 兄さん名前は?」
「鳳炎である」
「ほっへー、
「……誰だ、そのウルシマとかいう奴は」
それを聞いたアトラックという悪魔は、三日月に口を歪ませて笑った。
顔の変わりように一歩後退する。
本当に、悪魔と形容すべき存在がそこにいると実感できるほどの恐怖がそこにいる。
「聞きたーかぁ?」
「……」
「あんじゃあ?
「誰なのだ?」
アトラックは、真顔になる。
先ほどまでとはまた違う表情。
起伏が激しいのか、ただ表情が上手く作れないだけなのか。
なんにせよ笑顔が下手なのだけはよく分かる。
その後、ゆっくりこちらを見て教えてくれた。
「初代、黒亀」
彼の言葉を聞いて、恐怖は何処かへすっ飛んでいった。
今、こいつは何と言った?
初代黒亀だと?
待て、待て待て待て待て、おかしいことがいくつかあるぞ。
何故こいつは初代の事を知っている?
先代白蛇によって記憶を消されたと、ヒナタは言っていた。
であれば悪魔がそいつらの情報を持っているのはおかしいのではないか?
い、いや待て、それは鬼だけの話しか……?
それに、こいつが言っている事が正しければ、五百年は生きているということになる。
悪魔の寿命など知らないが、そんなに長く生きられるものなのか?
だが鬼も長く生き永らえている。
こいつらが長寿であってもなんらおかしくはないことなのかもしれない。
「へへへへへへへへへへっ」
「お前は……お前らは……一体何なんだ」
「おいらたちかえ? それ言ったらおいら
「何故だ?」
「呪われ
の、呪われている……?
その呪いが記憶を保持しているということにも繋がるのだろうか?
まて、また分からないことが増えてくる。
だがここで悪魔に出会えたのは幸運だ。
こいつはお喋りのようだし、できるだけこいつから情報を集めておきたい。
私が話を聞こうとしたが、それより先にアトラックが話始める。
「鳳炎。おいらたちは
「……は?」
「だけぇ、おいらが話す。もーこっから動けんけぇねぇ~! 最後ん一つん大仕事っちゅーわけで、できるだけのこと話すっちゃなぁー!」
「おい待て!」
私が止めようとしたが、アトラックは全く止まる様子がない。
へらへらとしながら、彼は木目色をした胴体を出現させる。
扉自体からバキバキという音を立てて這い出してきているのだ。
体を出現させながら、アトラックは話を進める。
「おいらん歳は千と九十二歳。こん世界は千百年前に顕現した」
「……な、何を言って……」
「先代っちゅーんはおらん。初代様だけしかなぁ。あんたら二代目なんよー二代目」
腕が完全に埋まっていた扉から抜け出し、壁を抑えて体を持ち上げる。
「白蛇の日輪。黒亀の漆混。赤鳥の
ようやく胴体が抜け、足が露わになる。
「あんたぁ奄華の生まれ変わりだらぁー?
全身が扉から出現した。
相変わらず色は木目色ではあるが、それでもしっかりとした服を着ており、違和感はほとんどない。
裾の広い上着のしたに、着流しをしている。
奇妙な格好だが、悪くはない。
「おいらは死ぬ。お前に話すけぇな」
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