8.6.アレナとバラディムの模擬戦


 屋敷の大きな庭で、アレナとバラディムは同じような格好で対峙していた。

 アレナは小太刀を抜いて片手には手裏剣を持っている。

 一方バラディムは用意してきたロングソードを構えていた。


「二人とも、準備は?」

「大丈夫!」

「いつでも」

「よし……では、始め!」


 俺の掛け声でまずアレナが浮遊を使って宙に浮いた。

 バラディムはそれに驚くことなく感心した様子で顎に手を当てて観察をしている。

 どうやら今は様子見をするのだろう。

 相手がどう出ても動けるように、剣だけは構えて腰を低く落としていた。


 だが、アレナの技能を知っていれば、動かないという選択肢は絶対に取らないだろう……。


「いくよ! 『重加重』!」

「っぐ!?」


 体に付与される重い重力がバラディムの行動を一気に制限する。

 即座に剣を地面に突き立てて体を支え、何とか耐えているようだ。

 だがこれもいつまで持つかは分からない。


「なるほど! 体を鉛のように重くする技能……! 良い技能ですな!」

「この技能は私が一定距離離れるか、バラディムが気絶するまでは解除されないよ!」

「これは様子見するべきでは……ありませんでしたなぁ!」


 バラディムは、次の瞬間ズンッと足を前に出して歩きだす。

 その動きは遅いが、今までアレナの技能をもろに喰らって動ける人物はこれが初めてだった。

 どんな屈強な敵でも押さえつけて来たアレナの重加重。

 まさかそれをなんの技能も使わずに抵抗する奴が居るとは……!!


 流石のアレナもこれには動揺する。

 しかし、この技能は二重に付与することはできないものだ。

 だから他の技能を別に使用する。


「『グラビティドーム』」


 透明な何かが広がっていく。

 そしてアレナが手をバラディムに向けた途端、バラディムの動きは完全に停止した。


「お、おおお……!?」

「こ、これなら大丈夫かな……」


 アレナはグラビティドームの重力指定をバラディムの後ろ向きに設定した。

 よって前に進めなくなったバラディムは、完全に剣を地面に突き刺して耐えている状況となっている。

 これは勝負あったかと思ったが、まだどちらも降参していないし気絶もしていない。


「なるほど……! 理屈は分からんが、これは厄介……!」

「降参?」

「まさか! 『転身』」


 バラディムが一つの技能を唱えると、まるでそこに何もなかったかのように立ち上がった。

 先ほどのような苦しげな表情はなく、剣も地面から抜いてアレナに剣を向ける。


「え!? 『重加重』!」

「『転身』」

「なんで!? グラビティドームの中なのに!」

「この中だと落ちる向きが変わるのですね。なるほどなるほど……! では今度はこちらから!」


 バラディムはそういった後、ダンッと踏み込んで大きく跳躍する。

 すぐにアレナのいる上空まで飛び上がり、その勢いに任せて剣を振り上げた。


 アレナはその攻撃を小太刀で受け、浮遊に任せてふわーっとまた上空に飛んでいく。

 バラディムの攻撃が相当強かったのか、アレナの体は空高くへと上がったいった。


「アレナ様の体は軽くなっておられるのか! であれば上から! 『ウィンドウェア』!」


 バラディムの纏っているマントが強くはためく。

 するとバラディムは空を駆けてアレナに接近していった。

 その速度は非常に早く、上空を簡単に取ったバラディムは剣の腹でアレナにまた攻撃を仕掛ける。


 それに一瞬気が付くのが遅れたアレナだったが、バッと小太刀を両手で支えてその攻撃を防ぐ。

 しかし威力は相当な物で、真っ逆さまに堕ちていく。


「よく受けましたな! ではもう一度!」

「ッ! 『重力付与』!」

「ぬ? ぬおおおおおお!?」


 一気に振り抜いて剣を肩に担いだバラディムだったが、アレナはその剣に重力を付与した。

 がくんと剣が体にのしかかり、アレナよりも速い速度で落下していく。

 一体どれだけの魔力を籠めて付与したのかは知らないが、これはマズい。


 俺は無限水操で水のプールを作った。

 数秒後、バラディムはドボンとその水の中に落ちる。

 すぐに解除して見てみれば、未だ重力の付与された剣が背中に乗っており動けなくなっていた。

 これは、勝負あっただろう。


「はい、アレナの勝ち」

「や、やったぁ~……」


 へなへな~と降りて来ながら地面に座り込むアレナ。

 あそこまで攻め込まれたのは初めてだったはずだ。

 だがよく見て攻撃を防ぎ切った。

 今のが本当の殺し合いだったとしても、アレナは勝っていた事だろう。


「わぁー! アレナ凄い!」

「わっ! お姉ちゃん!」


 サテラは勝利したアレナに抱き着いた。

 妹が勝って嬉しかったのだろう。

 結構まぐれな感じで勝ったけど、勝ちは勝ちだ。

 あそこで決着がついていなくても、バラディムは武器を絶対手放さなければならなかっただろうからな。


 俺はバラディムの所に歩み寄って、重力の付与された武器を取り上げて自由にする。

 ……あれ、俺めっちゃ力上がってね?

 こんな簡単に重いはずの剣を持ち上げることができてしまった。

 ま、まぁいいか。


「大丈夫かバラディム」

「い、いやぁ~完敗ですね……。技能が強すぎる……」

「それは俺も思ってる」


 だけどバラディムの技能も中々すごかったな。

 アレナの技能を解除したあの転身。

 あれはなんだ?


「転身ですか? あれは自分にかけられた技能を解除するための物です」

「……それ凄いな?」

「あまり使えない物ですがね」


 そうか、だからアレナの重加重とグラビティドームの重力方向変換を解除することができたのか……。

 デバフを掛けてくる敵には持って来いの技能じゃないか。

 毒とかにも有効なのかな?

 まぁ俺には耐性があるから要らないけども。


「ですがアレナ様は接近戦に弱いご様子」

「技能に頼ることが多かったからなぁ」

「では、私が教えましょうか?」

「それはありがたいな。是非そうしてくれ」

「分かりました」


 俺たちは剣術指南なんてできないからなぁ。

 こういうのは経験者に任せるのが一番だ。


 ……さて、今晩にでも皆に話をしておかないとな。

 悪魔のこと。

 じゃあ俺は鳳炎探しに行きますかねぇー!


「あ、これ返すよ」

「ああ、すいませ──ッ!? 重ッ!」


 ……解除されてないんだ……。

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