3.64.応錬、新しい常識を学ぶ
バグレグアの解体を終えて要らない部位を燃やした後、また馬車に乗って移動を開始していた。
バグレグアの目玉は何かの薬品に使われるらしいのだが、まずバグレグアがこの辺りで出るのは珍しく、なかなか手に入らない代物なのだという。
あの目玉のどこを使って薬品に混ぜるのか想像もつかないが……必要としている人がいるのであれば、回収しておいて損はないだろう。
しかし、アレナの剥いだ物には傷がついてしまっており、中の液体が全て無くなったのでしぼんだ皮のような物になってしまっていた。
これもこれで売れるらしいが……この正体が虫の目玉だと知ったら驚いてしまうかもしれない。
俺は驚く。
「ですので、こういった技能を持っている人は少ないのです」
「はー、なるほどな。じゃあお前たちもそれなりに規格外ってわけだ」
「そうなっちゃうんですかね……」
「あんたたちほどじゃないわよ……!」
そして今俺は、ローズとユリーに常識を教えてもらっている最中である。
先ほどユリーが放った斬撃は、戦斧を扱う物でもSランク冒険者を名乗るくらいの者でないと、技能として発現しないようで、ユリーもそれまでは普通に殴りに行っていたらしい。
詰まるところ、あの一閃斧と言うのは戦斧技能の上位技能だそうだ。
そもそも人は技能をあまり持っている種族ではないらしい。
一つの技能から派生して、様々な技能を持っているように思わせることができるだけで、実際は一つの技能しか使っていないようだ。
そのいい例がローズで、ローズは水系統と炎系統の技能しか使えないらしい。
それも初歩の『水弾』と、『火球』しか使っていないのだとか。
たったそれだけの技能で戦えるのかとも思ったが、ローズは魔術師であるため、その技能を魔術を使用して新しい技能に変換することができる。
実際にこの二つの技能だけでSランク冒険者にまで上りつめているのだから、実力は相当なものなのだろう。
しかし、普通の魔術師……言ってもBランクより下の魔術師は、そこまで魔力の操作が上手いわけではないので、単純な魔術しか扱うことができないとローズは語った。
「冒険者って、応錬さんたちが思っている以上に弱いですから本当に気を付けてください」
「善処する」
「ていうかあんたたちなんで今になって冒険者なんてなろうとしたのよ。こんなこと常識だし、改めて聞かなくてもわかっているでしょうに」
「ま、俺たちは遠い所から来たからな。そこには冒険者ギルドなんてなかったし、まず文化が違うんだ。こっちの常識なんて知らん」
「ふーん」
こっちの話など興味がないと言いたげにそっぽを向くユリー。
本当に興味がないのだろうが、それはそれで少し寂しい物がある。
とはいえ、これで冒険者の常識とやらを知ることができたので、今後は注意しながら行動をしていけることだろう。
俺と零漸は魔物という括りに入るだろうし、これから進化し続けていけば力加減がわからなくなるかもしれない。
今の俺も、強い技能を持っているのだが、冒険者たちにとっては強すぎる技能になってしまうため、これらも使用する時は気を付けなければならないだろう。
なんとも面倒くさい。
ただでさえ封印されている技能があるというのに、それに追加して技能も加減しなければならないとは……世知辛い。
「ふーんとはなんだ! 兄貴がせっかく説明しているというの──」
「うっせえ」
いい加減にしてほしいので、零漸の横っ面を裏拳で殴る。
零漸に衝波は効かないので、内乱波を使用して体の中に直接衝撃が通るように撃ち込んでやる。
今回は割と本気で殴ったので、衝撃はもろに零漸に届いたらしく、馬車の中を転げていった。
「ぎゃあああああああ!!」
「うーん、こっちはこっちでうるせえな」
転げまわる零漸を無視して、アレナが摘んできてくれた薬草の選別を再開していく。
アレナも見分けるのが上達しているようで、回数を重ねるごとに毒草が混じっていることが無くなってきているようだった。
天の声の選別機能は少しばかりやかましいが、それでも確実に見分けれるので重宝している。
選別をしていると、ふとユリーから声がかかった。
「……え? なんであいつ痛がってるの?」
「ん? 殴ったからだろ?」
「いやいやいやいや! あいつ私の斧で斬っても傷一つつかなかったのよ!? なのになんでお前の攻撃であんなに痛がってるわけ!?」
おっと、そういえばそうだった。
零漸が異常なまでの防御力を持っているのに対し、俺はその零漸の防御力を無視できる技能を持っているのだという事をすっかり忘れていた。
最近になってよく殴るようになってきたから感覚が曖昧になってきているのだ。
まあ、こんなことを見せられて黙っている二人ではない。
ユリーの攻撃を物とものしない零漸を傷つけるだけの技量を持っている俺に対して、二人は驚いているようだ。
うむ。失敗した。
「あー……うん。相性がいいからかな。技能の」
「そんなことあるわけないでしょ!?」
「はわわ……この中で一番強いのって応錬さんだったんですね……」
「あったまおかしいよこいつら! 私たちの! 常識が! 崩れていくじゃないのよ!」
この中で一番強いのが俺、と言うのは否定できない。
技能を縛ればその限りではないが、持っている技能を全て使えば確実に勝つ自信はある。
まあ、この二人には、世界にはもっともっとすごい奴らがいるんだよ、と教えれたという事にして、後は黙っておくことにした。
説明しても面倒くさいし、そもそも説明できることなど一つもない。
ここは誤魔化しておくのが一番いいだろう。
「そういえば、お前たちのパーティー名って雷弓だったよな?」
「よく覚えていたわね」
「覚えやすかったからな。あれ、どういう意味合いで付けたんだ?」
「あれはですね……雷の矢のようにどんなところでもすぐに駆けつけれる冒険者になれるように、って意味で付けましたね」
「冒険者って人を助けるのが基本的な仕事内容だからね。助けに行くのが間に合わないってのは、悔しいしね」
思っていた以上に立派な志だ。
前にガロット王国でちらっと聞いたパーティー名は、どう聞いても意味があるように付けられた名前ではなかった。
流石にあれには引いてしまったが、良い名前のパーティー名があって少しほっとしている。
「ほお。いいもんだな。俺たちは四人全員の種族がばらばらだから、四霊の霊を貰い、後は一人一人が強くなれるように帝と言う文字を付けた程度か。なんとなく強そうな響だしな」
「……えっと……応錬さんって人間じゃ……ない?」
「ん? 人間だぞ?」
「いやでもさっき……全員の種族がばらばらだって……」
「あー言葉の綾な」
うっかり俺たちの事を話してしまったが……何とか誤魔化すことができたようだ。
こういうことにもこれから気を付けていなければならないのかと思うと、先が思いやられてくるが、まあこの辺は慣れていけば問題ないだろう。
「応錬、今日はこの辺で野宿するから、周囲の探知お願い」
「む、もうそんな時間か。わかった」
アレナがひょっこり顔を出してきて、俺にそう伝えてくれた。
操り霞を使用して周囲の地形を確認し、野営できそうな場所を探し出す。
「…………ウチカゲから言って一時の方角にいい場所がある。川辺も近いし開けているから比較的安全だろう。アレナ、ウチカゲにそう伝えてくれるか?」
「はーい。ウチカゲー!」
そう言ってアレナはウチカゲの方に走って行ってしまった。
確認したところ、魔物も動物も少ないようだし、基本的に夜は火をつけていれば襲われることは滅多にないので、比較的安全な場所と言えるだろう。
薪も少なくなってきているようだし……森の中で少しばかり集めたほうがいいかもしれない。
幸いその近くには森があるので、暗くなる前に集めておくことにしよう。
「おい、零漸。いつまで寝てんだ起きろ」
「……殴り倒したのは誰ですか」
「お前がいい加減にしねえからだ馬鹿者。後起きて手伝わないと次は内臓ぶっ壊すぞ」
「ヒュッ」
零漸は操り人形のようにシュバッと起き上がって正座した。
ユリーとローズは、その光景を真っ青になりながら眺めていた。
……何か恐ろしい事でも言っただろうか?
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