2.52.Side-アスレ・コースレット-② バルト兄様


 夕食を取った後、私はバルト兄様の部屋へと行くことにした。

 あれからバルト兄様の言った「嘘つき」という言葉が何のことを示しているのか考えてみたが、心当たりがありすぎてどれのことを言っているのかわからなかった。

 こうなれば直接聞いたほうが早い。


 バルト兄様はしっかり人払いをしているようで、部屋に近づくにつれて人がいなくなっていった。

 ついに部屋の扉まで辿り着き、ノックをして返事を待つ。


「ど~ぞ~」


 なんとも気の抜けた声が扉の奥から聞こえてきたが、気にしないでおこう。

 扉を開けて中に入る。

 部屋は随分と暗く、机に置かれている燭台だけが唯一の明かりだ。

 机には果実や紅茶が置かれていて、椅子は二つしかない。

 その椅子の一つにバルト兄様が座っていた。


「随分暗いですね」

「僕の技能を使う時はこれくらいが一番いんだよ」


 そう言いながら椅子に座れと、手で進めてくる。

 私はそれに従うように椅子に座ってバルト兄様と向き合った。

 バルト兄様は椅子に座った状態で両腕を広げて技能を詠唱する。


「『静寂』」


 特に何かが大きく変わったということはない。

 だがバルト兄様の使うこの技能は密会によく使われている技能だ。

 静寂と言う技能は全ての音を遮ることができる。

 静寂の範囲内であればどれだけ大きな音を立てても、その音が他人に聞かれることはない。

 だが外からの音はこちらにしっかりと聞こえるというものだ。

 だが発動条件が夜で、薄暗い中で無ければならない。

 夜限定に使える技能ということだ。


「静寂ですか……随分と警戒しておられますね」

「そりゃそうだよ。アスレ、一体何を企んでいるの?」

「……そもそも嘘つきの意味が未だ分からないのですがね」


 まだ何をしでかそうとしているかまではバルト兄様もわかっていないらしい。

 だがこのまま話に飲まれていてはどこかでぼろが出てしまうだろう。

 此処は慎重に話をしなければ。


「何言ってんの。父上の前で言ったこと全部嘘でしょ?」

「どうしてそう思うのですか?」


 確かに話した内容のほとんどは作り上げた嘘だ。

 それが何故バレているのだろうか……?


「アスレ。お前は詳しい戦況を話していたね。でも兵士たちの話ではそんな情報は一切聞かなかったよ? 同じく戦場に出ている彼らならその戦況を知っていてもおかしくはなかったはずだけど、誰に聞いても「鬼は強かったー」とか、「この国に攻められたらひとたまりもないー」とか、「攻めたけど返り討ちにあったー」とかそんな当たり障りのない話しかしてくれないんだよね。まるで何かを隠しているみたいに」


 私がこの城に来るまでにそんな話を聞きまわっていたのか……。

 随分短い時間だったと思うのだが……。

 しかし流石バルト兄様だ。

 普通は誰にも聞かないだろう。


「それはそうでしょう。実際に指揮している者でなければそこまで詳しい戦況はわかりませんからね」

「ターグにも聞いたんだけど同じ内容が返ってきたよ。隣で一緒に指揮をした家臣の一人なのに。ちょっとおかしくない?」


 ターグにも聞いていたようだ。

 流石にターグがそのことを知らないというのはおかしな話になってくる。

 流石に私も次の言葉に詰まってしまい、言葉が出てこなかった。

 これは私のミスだ。


「…………参りました」


 これ以上の隠し立ては無理だろう。

 どうせまたどこかでぼろが出る。

 ならばバルト兄様をこちら側に引き入れなければならなくなる。

 簡単に了承はしてくれないだろうが……話を聞いてくれればバルト兄様も折れてくれるはずだ。


「ふふん。僕の勝ち」

「何時からわかってたんですか?」

「んーアスレが鬼たちの攻撃手段を話すまでは僕もあの言い分を信じてたよ。あの状況だったら戦ったっていうことだけを念頭に詳しい話はしない方がよかったかもね。ただそっちの方が説得力があるからアスレの取った行動はあながち間違いではないよ。でもせめて、ターグやジルニアくらいの家臣には、作り上げた戦いの口裏合わせをしておくべきだったね」

「以後、気を付けましょう」

「そもそもアスレは遠い未来のことを見据えすぎて、現状を疎かにしすぎ。土台が脆いと成功はしないんだよ?」

「……肝に銘じます」


 確かにバルト兄様の言う通りだ。

 言いくるめることばかり考えていたので口裏合わせをすることを考えていなかった。

 少し考えればわかることだったが……最終局面ばかり考えている私はその考えにすら至らなかった……。

 今の私が瞬城のライキに戦いを挑んだとしても絶対に勝てなかっただろうな。


「で? 何を企んでいるの?」


 かわいらしく首が傾げているが目はとても鋭い。

 容姿からなるその形相はどことなく恐ろしいし、その言葉には冷たさすら感じられるがここで怖気づいてはいけない。

 意を決して今やろうとしていることをバルト兄様に伝える。


「はい。王と兄を王座から引きずり下ろします」

「……! ……僕が寝ている間に何があったの?」


 バルト兄様は驚いて目を一瞬見開いた。

 だがそれはすぐに心配するような表情に変わった。

 ここで頭ごなしに怒らないバルト兄様は流石だと思う。

 普通こんなことを聞いたら騒ぎ立てて私はすぐに捕らえられるだろう。


 私はバルト兄様にこれまでのことを事細かく説明した。

 だが前鬼城の城主であるライキ様の事だけは伝えずに。

 流石にバルト兄様も奴隷商のことは知らなかったようだ。

 あと、四千の兵士たちは生きているということもちゃんと伝えた。


 今回の作戦も全てだ。

 奴隷狩りをしている奴隷商の思惑通りに事が進み、今回の戦争にまで繋がったが、戦争の直前で私が奴隷商に騙されていることを王に伝えるとそれを容認してしまったという事実を聞いたバルト兄様は頭に手をやって何かを考えこむように黙ってしまった。


「あれ? そういえばアスレが攻めに行った城はなんていう城なの?」

「え、ご存じなかったのですか?」

「僕はずっと寝てたからね……アスレが戦争に行ったって聞いた時はびっくりしたよ。でもどこに行ったかまでは僕を含め家臣達も知らなかったんだよね……父上と兄上とは話したくないから距離取ってたけどさ」

「え?」

「ん?」


 なんで知らないんだ?

 七千の兵士を動かしたのであれば目的地くらい誰でも知っているはずだ。

 私には目的地が前鬼の里であると王から伝えられていた。

 その場にはターグもジルニアもいたので二人も知っている。

 兵士や民たちが知らないのはまだわかるとして……いや知らないこともおかしい話なのだが、王族であるバルト兄様を含め家臣達も知らないというのはおかしいのではないだろうか?


「何で知らないんですか?」

「え、いやだから僕は…………そういえばそうだね。なんで知らないんだろう」

「か、確認ですが、噂は知っていますよね?」

「うん。ガロット王国に攻め入ろうとしている勢力があるって奴でしょ? でもそれがどこなのかは言及されていなかった……なんで? 誰も調べ上げようとしていなかった? いやそんなことはないでしょ……てことは……調べてもその勢力がどこかは誰もわからなかったって事?」

「ですが私には父上から直々に「前鬼の里を落としてこい」と言われました」

「前鬼の里!?」


 急にバルト兄様が立ち上がった。

 今日一番驚いた表情を見せている。


「ぜ、前鬼の里って……瞬城のライキ様がいる場所じゃないか!」

「!? どうしてそれを!?」

「アスレも知っていたの? 僕はちょっとした縁があってね。覚えてる? 僕が小さいころ城を飛び出して迷子になったこと」

「ええ……」


 知らない。

 そんなやんちゃだったバルト兄様の記憶は私にはない。


 話を聞いてみればバルト兄様は小さいころ、いつまでも外に出してもらえなくて随分と城での生活に退屈していたらしい。

 そんな生活に耐えかねて考えなしに城の外に飛び出していったそうだ。

 そして迷子になり、途方に暮れていたところ、明かりが見えたのだという。

 その場所こそ前鬼の里の城下町で、誘われるように城下へと入っていたらしい。

 鬼たちは小さい子供であるためとても良くしてくれたそうだ。


 人間の子供が里に迷い込んだと、城ではその噂でもちきりになり、ついには城主であるライキ様までもが面倒を見てくれたという。


「僕が王家の者だと知って随分慌ててたけどね~」

「そんなことが……って、ちょっと話を戻しましょう」

「あ。そうだね」


 私達は無理やり話を戻すことにした。


 話をまとめると、噂はしっかり流れていたが、その噂となっている勢力のことは一切出てこなかった。

 調べ上げても出てこなかったということは、本当にこれがただの噂であるということになる。

 だが、父上からはその勢力の指定があった。


「そして使者として行った奴隷商もそのことは知っていた……」

「バルト兄様。もしかしなくても……奴隷商と父上は……」

「結託してるんじゃないかな」


 そう考えれば、父上が奴隷商を使者として使った事、そして奴隷商に騙されているということを報告してもそれを容認してしまった事、それら全ての辻褄が合う。

 恐らく目的は鉱山の労働力の確保だろう。

 ここガロット王国は鉱山で採掘できる鉄や銅などが有名だ。

 それで様々な鍛冶師がここに拠点を構えて仕事をしている。

 だがそんな鉱石も採掘できなければ意味がない。

 なのに労働力は減る一方。

 奴隷も導入しているが過酷な労働環境のため死者も多いと聞く。

 それを改善しようとせずにただ奴隷を追加すればいいと考えるのは浅はかだと思うが……。


「バルト兄様。この反乱。手伝ってくれますか?」

「いいよー」

「か、かるい……」


 想像以上に軽い返答で驚いた。

 もう少し重く受け取ってほしいものである。

 バルト兄様はそのままの調子で話しかけてくる。


「だってねぇ……アスレは知らないかもしれないけどすでに反乱分子はあるんだよ? 反乱の時期が少し早くなって、被害を少なくできるんだったら僕は手伝うよ」

「なんと……」

「まぁあんなだらしない王だと誰もついて行こうだなんてしないよ。ただ、僕とアスレはそれなりに慕われてるから暴動を起こしたくても僕たちの存在が邪魔でなかなか行動に移れてないみたいだけどね。どうやって僕かアスレを王の座に座らせようか頑張って思案しているみたい」


 であれば今回の私の作戦には賛同してくれる者がいるということか。

 思ってもみなかった戦力だ。

 しかしこのままだとバルト兄様を差し置いて私が王座に付くことになってしまいそうなのだが……。


「バルト兄様は王座には──」

「興味ない。って言うと嘘になるけど、病弱な王様なんて良くないでしょ。ここはアスレのほうが適任だよ」


 私の言葉を遮って自分の考えを教えてくれた。

 私としてはバルト兄様でもいい気がするが、本人がそういうのであればここは私が王座に座るとしよう。

 私はそう改めて決意して、席を立つ。


「わかりました。ではバルト兄様はターグに任せている仕事を手伝ってもらっていいですか?」

「うん、わかった。後僕は奴隷商と父上が結託している証拠を探してみるよ。他にもいろいろ気になることあるし、他にも調べてみるよ。後反乱分子の方は任せて」

「有難う御座います。では今日はこれで」

「うん」


 バルト兄様が蝋燭の灯を消した。

 これは密会終了の合図だ。そのまま私はバルト兄様の部屋を後にして自室へと戻った。

 バルト兄様の事だからバレずに色々な情報を持ってきてくれるだろう。

 反乱分子にも自らが説得して引き入れだろう。

 説得とは違うかもしれないけど。


 今回の作戦……確実に成功に近づいている。

 そんなことを考えながらアスレは今日一日を終えたのであった。

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