2.51.Side-アスレ・コースレット-① 言いくるめ


 ガロット国に帰って来て早々、私は城に呼び出された。

 本当はもう少し家臣たちと話をしておきたかったが、王から直々の呼び出しであれば行かないわけにはいかない。

 あくまでもまだ王なのだ。

 何も準備できていないうちに歯向かうのは愚策なので素直に王座の間へと行くことにする。


 街を歩いていてわかったが、周囲の目線はとても不安げなものだった。

 作戦通りと言えば作戦通りなのだが、少し心が痛い。

 一時的に国民を騙す結果になってしまうのは間違いないのだ。

 罪悪感がないと言えば嘘になる。

 だがこれは必要なことだ。


 まず片付けなければいけないのは奴隷商人。

 だが正規の方法で仕事をしている奴隷商もいる。

 これを見分けるのが兵士たちの仕事だ。

 この仕事の指揮はジルニアに任せた。

 随分大変な役を任せてしまったが、今まで国の総務を手伝ってくれたのだ。

 出来ないはずはない。


 そして私がする仕事は……言いくるめること。


「ご苦労様です。ここからは私一人で行きます」

「! で、ですが!」

「大丈夫ですよターグ。まずは家の者に無事な姿を見せに行ってあげてください」


 私の信頼できる家臣の一人、ターグは私の仕事を手伝うためにこちらに呼んでおいた。

 やってもらうことは手配だ。

 とあるものを準備してもらう。

 準備するのにとんでもない金が必要だが、今回ばかりは出し惜しみをしている時ではない。

 使う時に使わなければ金など何の価値もないただの石と変わりない。

 今がその時だ。


「では、手筈通りに頼みます」

「……」


 最後の言葉は門番に聞こえないように小声でつぶやいた。

 ターグは小さく頷いてから作戦を遂行するために私から離れていった。


 頼りにしていますよ。

 ターグ、ジルニア。


 門番に連れられ、王直属の兵士たちに出迎えられてその者たちと共に王座の間へと歩いていく。

 城の中は随分と綺麗にされており、清潔さが保たれている。

 時折華やかな姿をした女性や、果物を入れた器、食事を運んでいる召使などを見かけるが、これは全て王と兄の為のものだ。

 見ているだけで胸糞が悪くなる。

 出来るだけそれを見ないようしながら歩いていけば、すぐに王座の間の前に到着した。


 一人の兵士が大声で報告をする。


「アスレ様が来られた! 扉を開けよ!」


 その後、準備していたかのように反対側から扉が引っ張られて大きな扉が開いた。

 赤い絨毯に煌びやかなシャンデリア、燭台なども華やかに飾られている。

 この部屋だけでも随分と金がかけられていることがわかる。

 この部屋には柱が多く、その柱の前には兵士が立っている。


 そして絨毯の道を進んだ所には……王であるラインドが大きな椅子に座っており、その隣に長男であるラッドが私に睨みを利かせてその場に立っていた。


 王は昔と比べると随分と肥えてしまっている。

 デブとまでは言えないが、ぽっちゃりとした体形は贅沢な暮らしをしているのだろうなと思われるには十分だ。

 ラッド兄様はスラッとしているが、人と自分を比べるのが好きなのか何かと自分との違いを話してくる。

 家臣や兵士たちにまでそのことを話すようなので随分と嫌われているようだが。


「アスレ・コースレット、只今戦場より戻りました」

「よくぞ戻ったなアスレ。だが戦果は芳しくない結果に終わってしまったようだが……?」


 もうそこまで情報が流れているらしい。

 だが私たちが模擬戦をしただけだとは知らない様だ。

 あそこまで脅しをかけているものだから王直属の兵がいるのかと思って随分探したが結局いなかった。

 そもそも私の兵士たちの中にそんな兵は入れてはいなかったようだな。


「はい。結果といたしましては手痛くやられてしまい、敗走してしまいました」

「はっ! やはりお前は役立たずだなアスレ! あれだけの兵士を一体いくら死なせたのだ? ん?」


 態度が非常に腹立たしいがここは我慢だ。

 ラッド兄様からの蔑みは随分慣れてきたのだと思っていたが、いざ王座を奪うと決意した後だと妙に癪に障る。


「……死ななかった兵士は三千ほどです」

「話を聞けばお前らは籠城する兵に対して特攻をかましたそうではないか。何故兵糧が尽きて相手が弱るのを待たなかったのだ? 馬鹿なのか?」


 兵士たちはすでに嘘の結果を流し始めているらしい。

 国の中の情報の周りだけは早いな。

 思い通りに行っていることに少し口が緩みそうになったが、唇を噛んで悔しそうな演技をして誤魔化す。


 さて……ここから言いくるめを開始しなければな。


「まず確認ですが、王は私に城攻めを言い渡した時、ガロット国の力を他国に見せつけると申しておりましたよね?」

「うむ。間違いない」

「で、あれば時間のかかる消耗戦では意味がないでしょう」

「あ? どういうことだ?」


 ラッド兄様は私が口にした言葉に首をかしげている。

 理解できていないのは王も同じであるようなので、説明することにする。


「まず、城攻めをする時、相手方はほとんどの場合籠城戦へと持ちこみます。その対処法としての城の兵糧がなくなるのを待つ消耗戦ですが、これでは時間がかかります。それにこの戦法は誰でも思いつく初歩的なものです。それに相手が弱ったところを攻めても自国の力を証明する事はできません。勝てて当たり前となるからです。なので、私は自国の力を証明させるため、あえて兵糧も敵兵も全て万全な状態の城へと戦いを挑んだのです。今回は落とすことはできませんでしたが……」


 もしこれで本当に勝てていたのなら、一夜で城を落とす力がガロット国にはあるということが他国にも知れ渡ることだろう。

 これが一度成功しただけでも他国はガロット国を脅威だと感じる筈である。


 これを聞いて王はなるほど、というような顔をしているがラッド兄様はまだ首をかしげている。

 全く勉学に励んでいなかったとはいえ、これだけかみ砕いて説明したのにも関わらずわからないとは……。


「でも負けて帰ってきたなら意味ねぇじゃねぇか」


 何もわかっていないようなので、今回の結果だけをぶつけるしかない様だ。

 だがこれは事実となっているし、否定するわけにはいかない。

 それにまだ策は考えてある。


「それはそうなのですが、まず我々が勝てる戦いではなかったのです」

「? それはどういうことじゃ?」

「まず、敵方は私のいた本陣にまで投石物を投げ飛ばしてきました。これだけで城に取り付く前に多くの兵士を失いました。更に城の構造が私達の知る物とは全く違いました。しかも相手は鬼……接近戦では絶対に勝てません。そこで魔道部隊を展開し遠距離からの攻撃を仕掛けてみましたが、その魔道部隊の場所まで投石物が届きました……これだけで隊は壊滅し、ばらばらに。これ以上の戦いは無駄だとして私は兵を引き上げさせました」


 今のはライキ様ならやりかねない戦法だ。

 岩より軽い人間を原形をとどめたままあそこまで吹き飛ばしてくるのだからそれくらいは余裕でして見せるだろう。

 多分攻めの戦いでも同じようなことをライキ様ならするだろう。


 詳しい戦況を聞いたためか、ようやく二人が難しい顔をするようになった。

 今二人が考えている策を私は聞いてみたい。

 なんせすべて嘘なのだからな。

 それを見ていると笑いがこみあげてくる。

 だがポーカーフェイスは維持し続けなければ。


「…………そうか。わかった。此度の戦、ご苦労であった」

「はっ」


 私は胸の内で大きくガッツポーズをとる。

 言いくるめが成功した。

 これで私の家族、そして家臣たちの家族も処罰されることはなくなるだろう。

 この言いくるめの本来の目的は安全の確保だ。

 勿論王と兄にも不安を募らせることもこれには含まれているが……とりあえず今はこれでいいはずだ。

 明日にでもこの二人の手の届かないようなところに家族を隠さなければ。

 バレないようにと言うのは無理なので、何かの名目を作って無理やりにでも移動させよう。


「では、私はこれで」

「うむ。ゆっくり体を休めよ」


 私は困った顔をする王と、睨みを利かせ続けている兄を背後に王座の間を出た。

 王はこれからのことを流石に考えているようだが、ラッド兄様は何も考えていない様だ。

 ただ考えていることがあるとすれば、私をそんなに馬鹿にできなかったことだろう。

 あそこまでの作戦を王やラッド兄様の前で言ったことはなかった。


 兄はまだ戦闘経験は浅いはずだ。

 最後に出たのは村の小競り合い。

 私の出た戦いとは規模が違いすぎるのだ。

 それを初陣とさせる王も過保護が過ぎると思うが……まず戦争が起こっていない。

 あるとしてもこんなしょうもない小競り合い位である。

 なので経験に伴う助言があまりできなかったのが悔しいのだろう。


 扉が大きな音を立ててガコンと閉まる。

 その次に聞こえてくる音は自分の足音だったはずなのだが、それより先に違う声が聞こえてきた。


「うーそーつきー」


 そう言いながら少し小柄な男性がひょっこりとカーテンの裏から出てきた。

 少しくせっ毛の目立つ髪型をしていて、白い豪華な服を着ていた。

 胸には大きなペンダントがぶら下がっており、それを大事そうに片手で優しく撫でながらこちらに近づいてくる。


「……バルト兄様ですか。また妙な登場の仕方を……」

「はっはーん! いいじゃないか~こういうの好きなんだ~」


 ぱっと見少年のように見えるこの人物こそ、次男のバルト・コースレットだ。

 先日まで体調が芳しくないと言う事で寝込んでいたはずだが、今はとても元気そうだ。


「お体の方は大丈夫なのですか?」

「うん。今日はとっても調子がいいんだ」

「そうですか……。して、嘘つきとは?」

「バレないとでも思ったの?」


 バルト兄様は私より頭の回転が速い。

 だがバルト兄様には何も話していないのだが……何故嘘だとわかったのだろう。

 そもそも何のことを嘘だと言っているのだろうか。


 その後、バルト兄様が二回ほど指を鳴らす。

 これは私とバルト兄様の中で決めている合図の一つだ。

 この意味は、『後で僕の部屋に来い』という意味である。


「……」

「人払いはしとくよ~」


 そう投げ捨てるように言い放ってからバルト兄様は歩いて行ってしまった。

 とりあえず夕食の後、バルト兄様の部屋に向かおうと思う。

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