6.21.小さな助け
周囲は既にめちゃくちゃだ。
初めに常世を見た時の原形を全くとどめていない。
だが、唯一破壊されていない無事な部分があった。
それは二つの櫓と天守閣だ。
何故壊れないのかは分からないが、そこにだけは地面の亀裂も入っておらず、岩も飛んできていない。
そこに、小さな子供がふわりと侵入していった。
アレナだ。
アレナは悪鬼の力を見て、あの攻撃の範囲内に入るのは危険であると思い、単独でヒスイの救出に乗り出していた。
自分がヒスイを助け出すことが出来れば、無駄な戦いをしなくても済む。
見る限り応錬たちは劣勢だという事が分かった。
長引いてしまうと誰かが大怪我を負ってしまう事を懸念していたのだ。
本当は悪鬼の存在は隠れている時に見つけていたのだが、いざ重加重を掛けようとしたときに応錬と鳳炎、そしてライキが吹き飛ばされるところを見てしまった。
重加重を掛けても、攻撃してくれる人が居なければ意味がない。
アレナの持つ武器ではまともなダメージは与えれないだろうと踏んでいたので、技能を掛けるのを止めて潜入という作戦に変更したのだ。
幸い、他の悪鬼はまだ見つからない。
おまけに見つけている悪鬼は戦闘に夢中だ。
今であればバレることもなく侵入することができるだろう。
その事を確認したアレナは、静かに鼓楼の中へと侵入する。
門は重たかったのだが、グラビティドームを使用して軽くし、押し開ける。
音は鳴ったが、周囲に鳴り響く轟音ほどではない。
中に入った後、すぐに閉めて階段を上っていく。
勿論足音を鳴らす必要性は全くないので、浮遊を使って飛んでいる。
これであれば階段に足を付けることもない。
階段は非常にひんやりとしていた。
外よりも寒い。
少し体を縮こませながら、警戒しつつ上を目指す。
シムからはここに姫様が居ると聞いている。
もしかしたら悪鬼が待機しているかもしれないが、その時は全力で重加重を付与して逃げるつもりだ。
あの高威力な攻撃を見てからでは、普通の方法で勝てるとは思えなかった。
足止めして逃走。
これが今のアレナにできる最善の策だと、幼いながらに自覚していた。
鼓楼は二階建てだ。
石垣に作られた門の先は階段なので、実際は三階建ての建物になる。
二階に辿り着いたアレナは、そろーっと二階を探索していく。
畳と襖があるくらいで、前鬼城の様な綺麗な飾りつけは一切ない。
全部で広い四つの部屋が廊下に隣接しているくらいだ。
これはランが書いて来たという物によく似ている気がする。
全ての部屋を探索し終えた後、途中で見つけた階段を上っていく。
二階には誰もいなかった。
という事は三階にヒスイが居るという事になる。
暫く探索していたが、音は全くしない。
護衛が居ないのかもしれないと思ったが、敵は十人いたと聞いている。
一人くらい居ると思ってかかった方が良いだろう。
三階の階段を登り切る前に、ギリギリ見えない位置から頭だけを覗かせて見渡してみる。
二階と違って真っ暗だ。
だが、人がいる気配は一切ない。
しかし、誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
この声には聞き覚えがある。
(ヒスイお姉ちゃん……!)
ヒスイが居るという事を確信して、飛び出しそうになったが、何とか堪えて一息つく。
彼女がいる部屋には、悪鬼がいるという前提で進まなければならない。
ここで大きな音を出してしまったら、真っ先に向かってやられてしまいかねない。
それだけは何としても避けたい。
ヒスイを見つけさえすれば、後は重加重で押さえて逃げればいいのだ。
敵の位置の把握もしておかなければならない。
逃げるルートは確保している。
最悪グラビティドームを使ってヒスイも軽くし、空を飛んで逃げる算段を付けておく。
イメージとしては完璧だ。
そこまで考えて、ようやくふわりと浮かぶ。
声のする方角には木の障子の様な物があり、固く閉ざされている。
静かに開けてしまえば奇襲は出来ない。
だが、アレナは扉を簡単に破壊するような技能は持ち合わせていないし、力もなかった。
少し考えたが、ここは静かに開けて中の様子を見ることにした。
相手が一人であれば、すぐに抑えることができる。
急に飛び出してきたならともかく、静かに扉を開けたのであれば、誰が入って来たのかというのを確認するはずだとアレナは踏んだ。
呼吸を整えて、いざ実行。
スーッと扉を開けて、中の様子を確認する。
そこには、ヒスイの姿と、老齢の鬼の姿があった。
襖が開いた音に気が付いたのか、持っていた数珠をジャリジャリと転がす。
しかし、何かに気が付いたようですぐに手を止めた。
アレナはその老婆に重加重を掛けようとしたが、それを止めた。
それは何故か。
ヒスイがその老婆に縋りついて泣いていたからである。
敵であればその様なことは絶対にしないだろう。
少し異常な状況を目にして、思考が止まってしまった。
その時、老婆が語り掛ける。
「……誰じゃ……」
「アレナ。ヒスイお姉ちゃん、助けに来たよ!」
アレナの声を聞いて、ヒスイはピクリと動いて顔を向ける。
泣きはらしている顔をしていたが、アレナの姿を見て今度は声を上げて泣き始めた。
「あれなああああ!! うああああああ!」
四つん這いになって近づいてきたヒスイは、アレナに飛び掛かる。
そして、また泣き始めてしまった。
抱きしめてしまえば潰してしまうと知ってか、ヒスイは服だけを掴んで力強く握っていた。
「大丈夫だよー。応錬と皆が助けに来たよ」
「ううああああ……。うぐ、ひぐぅ……」
アレナはここで、もう一度老婆を見る。
連れ去ったヒスイがここまで近づいているのに、何もしてこない。
このまま連れて行っても、声も上げ無さそうだった。
それに首を傾げてしまう。
「……行きなされぇ……」
「えっ」
「悪鬼でもない鬼を、ここに連れて来たのは一匹の鬼。私じゃない……」
「お婆ちゃん、いい鬼?」
「……さぁ……。どうだろうねぇ……」
老婆はそう言い、また数珠をジャリジャリと転がし始める。
何故ずっと拝んでいるのか分からないし、このまま本当に行かせてくれるのかも少し疑問だった。
「私は……ヒナタ……。悪鬼じゃない鬼さ……」
「……」
アレナはヒスイを見る。
まだ泣いていて、自力で歩く事は出来なさそうだ。
このまま外に出ても、見つかってしまうだろう。
だから、一度座った。
この老婆、ヒナタは悪鬼ではないと言った。
それに、ヒスイが暫くずっとくっついていたので、危険性は低いはず。
とりあえず、ヒスイが落ち着くまでは、ここにいようと考えたのだ。
グラビティドームを使って逃げると言うても考えていたのだが、この技能は範囲があまり広くない。
精々この鼓楼を覆うくらいだ。
外に出てからは、自力で走ってもらわないと行けなかった。
「はて、何故行かん……?」
「外はまだ危ない。ヒスイお姉ちゃんはまだ自分で歩けそうにないし、落ち着くまではいさせてもらう」
「ええよぉ。ここにはあのバカの攻撃も飛んでこない。でも、アレナちゃんだったねぇ……。人間は長い事ここにいると駄目だよぉ。その前に行きなさい」
「分かった」
友好的な優しい鬼だ。
そう思ったアレナは、質問をしてみようと試みる。
なにか、応錬たちの手助けが出来るかもしれない。
だが、何を聞こうか悩んでいた。
そうしていると、ぼそりと、ヒナタが呟いた。
「ああ……白蛇様……。どうかこの子たちに加護を……」
「……えっ?」
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