10.29.逃走


 どうして神は肉体というものを作ったのだろうか。

 ましてやそれが、自分にも備わっている。

 神だというのになぜ肉体を持たなければならないのだろうか。

 確かにあの空間にいる間は風を感じることもなく、何かに触れた感触もなく、ただ何も感じない時間を永遠に過ごした。


 この世界にようやく舞い降りたことによって、肉体を得て、そして様々な五感を堪能することができた。

 楽しかったのだ。

 だというのに、今はそれを恨んでいる。

 憎んでいる。


「ぜぇ……ぜぁ……! 逃げ……遠くに……!! ぜぁ……! ぜぇ……!」


 他の仲間は悪魔狩りにいった。

 あの中で一番力を持っている自分が負けるとは誰も思っていないだろう。

 だから、援軍は来ない。

 絶対に来ないのだ。


 配下の天使も来ないだろう。

 なにせ復活の保険として、絶対に応錬たちが手の届かない場所で活動をしていたのだから。

 今から向かってきたとしても、その時には勝敗がついている。


 天の声は体の調子を確かめる。

 手は震え、体は血まみれとなっているが、回復したので今のところ傷はない。

 だが問題はあった。


 ゴウキを殺したことで殺吸収が発動し、体力を回復したがそれも天打の攻撃ですべて使い果たしてしまったのだ。

 もう何度か攻撃を喰らえば、ただでは済まない。

 本当に消滅してしまう。


 あとのことをあの三人に任せるのは少し不安だ。

 確実にこの世界を破壊してもらわなければならない。

 それが天の声の……声たちの望みだからだ。


「何が神だ……! くそ、くそぉ……!! あの神共……!! こうなることを予測していたな……!! だから肉体を授けやがったなくっそぉ!!」


 技能神、あま

 その配下、ところろくくう

 技能を作り、それを人々に付与させた四神は神々からよくやったと称えられた。


 自分たちが主神に貢献できた。

 自分たちを作り出してくれた親とも呼べる主神の役に立てた。

 それだけで彼ら四人は嬉しかったのだ。

 褒美として神の姿では感じられない五感を感ずることのできる肉体を授かり、それに乗り移った。


 そして、閉じ込められた。

 ほぼすべての力が使えなくなる空間に。


 何かの間違いだと抗議したが、あの黒い空間に四神以外の声が聞こえることは、この千年一度もなかった。

 突然の裏切りに理解が追い付かず、百年……百年間外へ向かって声を上げ続けた。

 だが、それでも返事は一切返ってこなかったのだ。


 世界を作り、人々に生きる術を与えた主神は、この四神の力を恐れた。

 すべてを壊すことのできる技能。

 いつか自分たちにその切っ先が向けられるのではないかと、多くの神々は恐れたのだ。

 閉じ込め隔離するという選択は、思い立ってから実行するまでそう時間はかからなかった。


 神には神の事情がある。

 それは分かっていたことだ。

 だが……あまりにも酷すぎた。


 自分たちが何をした。

 ただ技能という人が生きながらえるための術を分け与えただけだ。

 それで千年、この世界は人だけの力で成り立った。


 自分たちが何を犯した。

 たったこれだけのことで罪に問われるのか。

 主神に尽くし、人に尽くし、自分たちはすべてを投げ打って彼らに尽くした。

 その報いがこれなのか。


 自分たちは何を間違った。

 どうすればこうならなかったのかと、考えなかった日はない。

 そもそも協力しなければよかったのか?

 元より知らんふりを決め込んでおけばこんなことにはならなかったのか?

 否、どうあがいても結局恐れられるのは目に見えていたかもしれない。

 ただあの頃は若く、何も知らなさすぎただけ。


 四神は絶望した。

 捨てられたという事実に。

 裏切られたという結果に。

 だからなのか、これからやることは自ずと見えてきた。


 神が作った世界を壊してやろう。


 これが最大の嫌がらせだ。

 どうせ成功しても自分たちの存在は消えてなくなるのだから、最後くらいは派手に散らなければならない。


 この千年で形成されてきた人々の生活を壊す。

 地上に降りた自分たちにしかできない事であり、更には神々はここまで手を伸ばすことができない。

 あの空間から脱出するのには相当な時間が掛かったが、成果は実った。


 違う世界から魂をこの世界に侵入させ、それに自分たちの力を雀の涙ほどではあるが付与することによって、世界に干渉することができるようになった。

 この空間から逃げ出すのはある一定の方法が必要だったが、それも何とかクリアできた。

 たったこれだけで五百年。

 前回は失敗したが、その失敗を踏まえて再び五百年後、成功した。


 だというのに、この現状。

 ようやく全員が脱出することができたというのに、今は命の危機に晒されている。

 生きていなければ、目的は達成できない。

 配下であるあの三人は、天の声の力を使って力を増している。


 自分が居なくなれば、大きく弱体化するのは必然。

 だから、生きなければならなかった。

 戦えなくても、存在し続けなければならなかったのだ。


「逃がさねぇ」

「ゲァ!!?」


 地面から粘液質の液体が湧きだし、それが幾本もの針の様になって天の声を串刺しにした。

 完全に固定されて脱出することができない。

 何とか技能を使おうとしたが、今はこの姿を維持するだけで精一杯だ。


 べちゃりと粘液質の液体が手の形を形成する。

 それから体が形成され、ゆっくりと立ち上がるようにして天の声を睨んだ。


「悪魔ああああああ!!!!」

「陸の声に地面に埋められたからな。こうして機を伺ってたのさ。終わりだ天の声」


 イウボラ。

 粘液質の体を持ち、その肉体を変幻自在に変える悪魔。

 洗脳はおまけみたいな能力だ。

 彼の本来の力は、こちらである。


 腕を巨大な刃に変形させ喉元を狙う。

 これだけ弱体化されていれば、中級悪魔のイウボラでも勝つことは容易い。

 拘束から抜け出せないという事実が、そう確信させた。


「あばよ」

「くそがああああああ!!!!」


 ズンッ!!


「……あ゛?」


 イウボラの腕が無くなった。

 どこにいったと探そうとした瞬間、今度は体が押しつぶされる。

 粘液質の液体が周囲にまき散らされ、地面に食われていく。


「おいおい……天。お前なんだその面は……。主ならしっかりしておくれよ」

「……早く、助けろ……」


 地の声が、イウボラの拘束を素手で破壊した。

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