10.28.時間切れ
ゴウキが吐血し、地面に大量の血液が落ちる。
腕が灰になった。
これは、時間切れを意味するものだ。
以前、多くの悪鬼が現世に出た。
その時帰ってきた者は全員灰となり、服だけを残して消え去っていた。
自分もそうなってしまうのかと、ガラクは小さくため息をつく。
時間切れだ。
……早かった。
さっき息子と再会し、先ほど戦闘を開始した。
だが長らく悪鬼として過ごしすぎたガラクは、現世への耐性を著しく低下させていたのだ。
胸から刃が抜かれる。
それと同時に血が噴き出す。
立っていられなくなったため、膝をついて仰向けに倒れた。
その瞬間、ゴウキの体は灰と砂になり、風に乗って流れてしまう。
虚しく残った服だけが……そこにある。
「親父!!!!」
「はっはっはっはっはっは! ああ、『殺吸収』!! そういえばこれがあったね!! 君の力は僕の力を取り戻すのに役に立ってくれそうだ!」
「貴様……」
「もう一人……これで体力は回復できるかな? はははは──はっ?」
ザンッ!!!!
視界がグルグルと回転し、地面へと落ちる。
なんだこれは。
理解が追い付かなかったが……首のない自分の体を見て何が起こったのかを把握してしまった。
首を、刎ね飛ばされた。
体力は若干回復したはずだ。
それだけで天打と戦えるほどになったはずだったが、彼はそれをいとも容易く超えてきた。
まったく反応できなかった。
なぜだと再び頭の中で問う。
だが答えは出てこない。
今はただ『逃げなければ』という言葉のみが頭の中を支配した。
「……殺す」
「!!?」
濃厚な殺気。
重圧を向けられて恐れるなど、あの時以来である。
天の声は恐怖した。
神であるのにも拘らず、今はただ自分の中に眠る生存本能が逃げろと叫び散らしている。
一分一秒でも早くこの場から逃げ出さなければ、次に待っているのは完全な消滅ただ一択。
すぐさま胴体から頭を生やし、頭から体を再生させる。
二手に分かれて逃げ出すが、天打は本物を的確に見て狙っていた。
静かに納刀し、強烈な一撃を放つ。
「鬼人舞踊、悪鬼羅刹」
殺意の籠った斬撃は、黒かった。
更に今回は技能もしっかり使っている。
絶対に逃がしてなるかという意地が、天打を突き動かした。
「ほげぁ!?」
斬撃が天の声を斜めに切り裂く。
べしゃりと水っぽい音を立てて倒れるが、すぐに再生して再び走り出す。
「何、何たる様だ!! この私が……この私が!!」
「
「がぁっは!?」
足が切り飛ばされ、盛大に転ぶ。
何とか立ち上がって足を再生し、後ろを確認する。
その瞬間、天打は目の前にいた。
力強く握り込まれた拳が顔面を捉える。
そのまま地面に叩きつけ、脳天に朝顔を突き刺す。
抜こうとして持ち上げると頭が付いて来たので、足で蹴とばして無理矢理抜いた。
「が……ぐ……」
「まだ生きてんのか」
死ぬまで何度でも殺そう。
傀儡のように、操られるように、何も感じぬまま殺し続けよう。
天打は朝顔を構え、刃を突き刺した。
カシャーン……。
手から、朝顔が落ちてしまった。
「……」
その手を見てみる。
右手が灰となって地面に積もっていた。
悪鬼となった今だからから分かる。
これは、技能を使ったせいで死が早まったのだ。
姫様も技能を使うごとに悪鬼へと近づいていった。
悪鬼であれば、現世で技能を使うことこそが本当の自殺行為そのもの。
この事を誰かに知らせなければならないなと思いながら、天打はゆっくり寝転がった。
あと一歩でも動けば、体が完全に灰になる。
その前にもう少しだけ、自分が生きてきたこの大地を堪能したかった。
「……殺しきれなかった……か……」
目だけ動かして天の声がいた場所を見てみると、既に何もいなかった。
上手いこと逃げ出したらしい。
一生の不覚だ。
まさかこの自分が、悪鬼にまでなって仕留められない奴がいるとは思わなかった。
世界は広い。
そんなことを思いながら、最後の時が来るまで静かに空を見続けていた。
……遠くから声が聞こえる。
一体誰の声だろうか。
次第にそれも分からなくなってくる。
ただ、最後に誰かに触れられた。
灰となっていく体ではそのぬくもりを感じ取ることができなかったが、とても暖かいものだということは分かる。
約束……守ることができなかった。
応錬はなんというだろうか。
申し訳ない。
うすぼんやりとなりつつある視界で空を仰ぎながら、口にする。
「もう、し……わ、けない」
「……謝るな……謝るな……! 誰も責めないからさ……」
「テンダ……。兄貴……なんで……なんで俺たちは何もできないんすか……なんでっすか……」
「俺が……聞きてぇよ……!!」
天の声と天打が戦っている時、自分たちは本当にガロット国民や自分を守るだけで精一杯だった。
自分たちだけでは、本当に勝つことができなかった存在なのだ。
あの戦いを見て、ようやく理解した。
風が吹く。
その度に、天打の体が崩れる。
最後には衣服しか残らず、手には硬い鎧と羽織が乗っかっているだけだった。
無力だった。
何もできなかった。
助太刀にも行けなかった。
送り出したのが自分だということもあり、責任を感じている自分がいる。
どうしたら仇を取れる。
どうしたら勝つことができる。
どうしたら戦うことができる。
必死に考えるが、まったくアイデアは浮かんでこなかった。
バンッ!
背中を強く叩かれた。
ダチアが無理矢理俺を立たせ、肩を掴む。
「応錬! 次だ!」
「……埋葬する時間もないのか」
「ああ。天打のおかげで天の声は消滅しかけている。それを全力で探し出さなければならない」
「……」
「応錬! 天打の死を無駄にすることは俺が許さん!! いいな!!」
「……くそ、くっそ……!! わぁったよ!!」
ダチアの言っていることは正しい。
天打を悪鬼にするというこいつの判断も間違ってはいなかった。
もしあの場で……天打が戦ってくれていなかったら、俺たちは全員いいようにやられていただろう。
天打の持っていた朝顔を握り、立ち上がる。
納刀し、それを静かに魔道具袋へと仕舞った。
「……どこに行った……あの野郎……!!」
今、酷い顔をしているということは自分でも分かった。
だが殺意は抑えられない。
ここら一体に操り霞を展開し、絶対に見つけ出して止めを刺すと決めた。
あれだけの天打が削ってくれたのだ。
今であれば、自分たちでも戦えるはずである。
「……こっちか……!!」
地面を蹴って走り出し、三尺刀白龍前を抜刀した。
まだ遠くには行っていない。
今から向かえば、まだ間に合う。
絶対に逃がさない。
逃がしてなるものか。
あいつだけは許さない!!
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