9.5.見覚えのある影


 ウチカゲの攻撃を受ける敵と、ユリーの一撃を喰らって普通に立ち上がる敵。

 あの速度に合わせられる奴などいないはずであり、まずあの状態から無傷で立ち上がっている奴は有り得ない程に硬い。

 魔術師が物理攻撃を喰らってあそこまで平然としていられるものなのだろうか。


 こちらの質問に対して、彼らは何も答えない。

 少しくらい話してくれたらこれからが楽なのに。

 まぁ自分のことを話す暗殺者なんていないか。

 真昼間からの襲撃だから暗殺者としてどうなのか疑問だが。


「鳳炎」

「ああ……今の私では普通の槍術でしか戦えない。技能を使えばここは燃えてしまうからな……。応錬の技能も大技ばかりだ」

「水弾があるけど、まだ客が逃げきれてないからな……」


 とりあえず俺は影大蛇を構え、鳳炎も槍だけを構えて様子を見ている。

 速攻で終わると思ったのだが、これは……よくない。

 そもそもアレナの重加重が効いていないということ自体おかしい話なのだ。


 加えて後方にいるもう一人のローブを着た人物。

 まだ一歩も動いていない。

 相手がどんな技能を持っているか分からない以上、下手に動きたくはないが……。

 このままでは埒が明かない。


 俺は後方にいる敵に狙いを定める。

 影大蛇での天割突きバージョン。

 威力も減るし当たるかどうかは俺の腕次第なのだが、相手が動いていない以上確率は上がる。

 アレナの重加重を止めているのがあいつなのであれば、さっさと始末しておきたい!


「『天割』! 突きバージョン!」


 小さく踏み込んで天割を繰り出す。

 その攻撃は敵の方へと向かって行く。

 攻撃を仕掛けられていることに気が付いたローブを着た人物は、腕を重そうに上げて一つの技能を呟いた。


「『エアーシールド』」


 突然、周囲に三枚の空気の盾が展開された。

 透明という割には白っぽくなっているので良く分かる。

 それが三枚、敵の前に移動して俺の天割を防ぐ。


 一枚割れて二枚目に罅が入り、そこで完全に威力を失った天割は消えてしまう。

 やはり影大蛇では威力が足りないようだ。


「防御技能持ちか! おまけに展開型!」

「情報ありがとうございます応錬さん! ジグル君! 避難誘導を!」

「もうやってます!」

「よし!」


 技能が通用しなかったアレナはジグルと一緒に、すぐに動けない人や怪我をした人などを避難させていた。

 アレナはこういうのに慣れていないため、ジグルに指示されて何とかやっている。

 向こうは任せておいても問題はないだろう。


 できれば今の攻撃で外に押し出したかったのだが……。

 そう簡単にはさせてくれないらしい。


 それに先ほど攻撃した相手は盾を展開することができる技能を持っている。

 危なくなればすぐにでも仲間の前に盾を展開してくる可能性があった。

 できればあいつから仕留めたい。


「……」

「こいつ……しぶとい……!」


 ウチカゲの方は拮抗しているらしい。

 あいつが一発で仕留めれないとなると、相当強いのだろう。

 だが流石にこちらにまで攻撃を飛ばすことはできていない。


 ウチカゲのお陰で、俺たちは盾技能持ちと魔術師に集中できる。


「鳳炎、お前は避難誘導を」

「そうであるな! すまん、ここは頼んだ!」


 鳳炎の技能では被害をさらに拡大する恐れがあるので、早々に退散させる。

 ウチカゲが双剣使いの相手をしている間に、俺とユリーとローズで盾技能持ちと魔術師を仕留めよう。


 アレナとジグルが早く動いてくれたおかげで、客はほとんどいなくなった。

 これであれば俺の技能も使えるだろう。

 だが、あの魔術師が厄介だ。

 魔法技能だとかき消される可能性が高い。

 となると接近戦になるか……!


「格闘は苦手なんだけどな……」


 俺であれば防御貫通という自動技能がある。

 どんな防御力を持っていようとも。ダメージを与えることができる技能だ。

 これは零漸で確認済み。


 と、その前に……。

 進化して手に入れた技能、使って見たいと思いますよ!!


「耳塞げ!」


 俺の言葉に反応した全員が、敵と距離をとって耳を塞ぐ。

 それを確認することなく、足を踏み込んで大きく息を吸った。


「『咆哮』! ──!」


 声を発したはずなのだが、それは人の耳には聞こえない音だった。

 だがその声を聞いた者は、体にドンッという衝撃を打ち付けられる。

 大太鼓を聞いたときの、腹の奥に響く衝撃だ。


 すると体が動かなくなる。

 指先は動くのだが、他の個所は一切動かない。

 この現象に驚きを隠せない敵三人であったが、これこそ好機。


「いいぞ!! ユリー! 俺を投げ飛ばせ!」

「了解!」

「えっ」


 いや確かに投げろとは言ったけどさ。

 容赦なさすぎじゃない?

 俺の足じゃすぐに相手に近づけるか分からないからね?

 この技能がいつ解除されるかもわからないから、さっさと勝負を決めたかったのも事実ですよ。


 そんな事を投げ飛ばされながら考えるが、とりあえず今はその考えを払拭して敵を睨む。

 飛ばされている勢いと、相手を殴るタイミングを見計らって……!


「『波拳』!」


 まずは近くにいた魔術師を殴り飛ばす。


「ごぇ……」

「っしゃおらああ!」


 衝撃が倍増され、骨が砕ける音が鮮明に聞こえた後、中で何かが潰れる水っぽい音が聞こえた。

 気持ちのいい音とは言えなかったが、魔術師は盛大に吐血して地面に倒れ込む。


 ウチカゲも相手の様子がおかしいことに気が付いたようで、一気に踏み込んで鉤爪を相手にめり込ませる。

 この攻撃には力が入った。

 筋肉が盛り上がり、握り拳からは握力で爪が少し割れ、ギュッという音を立てる。

 歯を食いしばり、ここまで耐えてきた戦士に敬意込めて、全力で鉤爪を振り抜いた。


「ぜいっ! やぁああ!」

「ぐっ!」


 ドンッ! ドンッ! ドドッ!

 吹き飛ばされた肉体は壁をぶち破り続け、八軒先の建物でようやく勢いを失ったものの、九軒目の建物の壁を大きく凹ませるほどの勢いであった。

 誰から見ても、敵は死んだとそれだけで理解することができるだろう。


 俺は音だけを聞いていて、今度は近くにいる盾技能持ちを仕留めにいく。

 まだ咆哮の効果は効いているようなので、そのまま波拳を使って相手に正拳突きを繰り出そうとした。

 だがそこで、効果が切れたようだ。


 バッ! ババッ!

 敵は渾身の正拳突きを裏拳で軌道を反らし、脱力して地べたすれすれまで落とした体を今度はひねり、足払いを繰り出した。


「うごっ!?」


 素早すぎるその動きについていくことができず転んでしまった俺はすぐに立ち上がろうとするが……それより敵の攻撃の方が早かった。


「『爆拳』!」

「ばくっ──」


 ボンッ!!

 鋭い衝撃が腹部を貫通する。

 実際に貫かれているわけではないのだが、肺の中の空気は全て押し出されて爆発による熱が、今度は襲って来た。


「応錬様!?」

「応錬!!」


 遠くから俺を呼ぶ声がしたが、今の一撃は俺の意識を吹き飛ばすのには十分すぎた。

 しかし、爆風により少しだけ相手の顔が露わになる。

 相変わらずマスクをしていて素顔は見えないが、その悲しそうな目と、黒い短髪には見覚えがありすぎた。


 薄れゆく意識の中、俺は疑問を抱くことになる。


(どうしてだ? 零漸……?)


 それを最後に俺の意識は暗転した。

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