9.39.口にしてはいけない
鎧を貫通した槍から、鳳炎の血が滴っている。
蜂の針の形をした槍が引き抜かれ、肉を更に抉り取った。
「がぁ……」
死にはしないが、やはり痛みというのは慣れるものではない。
だがそれよりも。
「き……さまぁ……! がぁっは……」
「……」
悪魔は鋭い目つきでこちらを凝視していた。
咄嗟のことで回避することもできず、アレナも技能を解除したばかりだったので止めることはできなかったようだ。
そもそも、解除しても何もしないだろうと思っていた。
それを気やすく破ってくるのが、やはり敵というものなのだろう。
ようやく我に返ったアレナが、手をかざして悪魔に重加重を付与する。
先ほどよりも強力なものであり、今度こそ指一本動かすことはできない。
「ぐっ!?」
「ちょっと!! 何してるの!!」
「……ひつ、ような……ことなの……!」
鳳炎の体が灰となって崩れる。
しばらくしてから、子供になった鳳炎が灰の中から顔を出した。
「ぶっへごほごほごほ! こんの悪魔!! よくもやったな!」
素晴らしいほどの早着替えで子供用の服と装備を身に着けた。
炎の槍を作り出し、それを悪魔に向けようとするがやはり掻き消える。
だが今回は、勝手に消えたのではない。
鳳炎自らの意志で消したのだ。
「……?」
「鳳炎! 大丈夫!?」
「……」
「……鳳炎?」
ぺたぺたと顔を触る。
そこにはしっかりと自分の顔があった。
軽く頭を叩く。
そこには、失った記憶が入っていた。
今の今までどうして忘れていたのか。
そういう技能を付与されてしまっていたのであれば、忘れていたのも頷ける。
だがどうして思い出せたのかよく分からない。
そこで鳳炎は悪魔を見る。
「……悪魔……。君はもしかして僕の不死の性質を知っていたの……?」
「記憶を、消されたのがっ……お前、で……よかった……! 記憶の……抹消は……っ。過去に戻すと……戻ってくる……! 鳳炎が、はな、しを聞いたのが、死後一日、で助かった……!」
「そうか! そういうことなのか! アレナ、もういいから解いてあげて」
「いいの……?」
「こいつのお陰で思い出すことができたんだ」
記憶の抹消。
これが鳳炎にかけられたのは死んでから一日経ったあと……。
少し成長していた時だ。
どういう原理かはよく分からないが、記憶を消されるより前の体に戻ることによって、記憶は蘇るらしい。
長らく生き続け、技能を多く見てきた彼女は記憶を消す技能を知っていた。
その解除方法も。
しかしそれは不死に近い体を持つ特別な者のみしか記憶を戻すことはできない。
それこそ、悪魔のような。
だがこれは一時的なものかもしれない。
一日経てば成長してしまい、記憶を失った時と同じ姿になる。
伝えられることは、今の内に皆に伝えておかなければならなかった。
鳳炎はアレナが重加重を解除するより先に、炎の翼を広げて飛び立つ。
それを見た悪魔が目を見開いた。
「ぐっ……! ま、待て……!!」
飛び立った鳳炎に、苦し気にそう呼ぶ小さな声は届かない。
そこで技能が解除された。
鳳炎は仲間の元へと飛んでいこうと、翼を大きくはためかせる。
足を踏み込んで立ち上がり、大きく叫ぶ。
「鳳炎!!!!」
悪魔の首筋に一線の赤い筋が入った。
間近くにいたアレナはそれを目視する。
その筋に手を当てた悪魔。
これは警告だ。
だがここで言わなければ、もう後戻りができない状況になる可能性がある。
これ以上の拡大は阻止しなければならない。
他の仲間の名前を頭で復唱した後、覚悟を決めた。
今、彼らを止められるのであれば、自分の死など軽いもの!!
「その名を!!!!」
首筋に入った傷が深くなり、血が吹き上がる。
ここまでは言える。
であれば、言い切ることができるはずだ。
意を決し、アレナにもしっかりを伝わるように叫んだ。
「その名を口にしてはならな──!!」
バッツンッ。
言い切るより少し前に……悪魔、クティの首が吹き飛んだ。
ゴトンッと転がった頭がアレナの足元で止まる。
何が起きたか全く理解できなかったアレナは、クティの生首と目が合って硬直した。
鳳炎は既に空にいない。
今話を聞いているのは、アレナのみ。
「アレナちゃん……。この事を……伝え──」
バチンッ。
頭部が潰れ、中のモノが周囲に飛び散った。
それはアレナに掛かり、服を汚す。
「……ぁ……」
悍ましい殺され方を見たアレナは、へたりと座り込んでしまった。
その場から少し後ずさり、とにかく息を整える。
「いい、行かなきゃ……! 行かなきゃ……!!」
とにかくこの場から離れたい。
だが悪魔の残した言葉が鮮明に残っていた。
鳳炎に伝えなければならないという目的が、なんとか体を動かす。
首が飛び、生首が喋り、それが目の前で潰れて内容物が自分に被った。
トラウマになりそうな光景だ。
吐き気を覚えつつ、技能を使って飛び上がる。
一人であることに不安が押し寄せ、とても寂しく感じてしまう。
早く、合流しなければならない。
付着した血やなにやらを拭い取りながら、アレナは何とか鳳炎を追った。
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