10.57.魔族領


 全員の準備が整った。

 武器を調整し、装備を確認し、自身の体調も確認する。

 誰もが万全の状態で、ダチアの前に立つ。

 彼はダイスを一つ持って、技能を使用する準備をしている様だ。


 俺は日輪前と白龍前を腰に携えている。

 白龍前は鞘が完全に壊れてしまった為、今は急ごしらえの獣の毛皮で作った鞘に納刀している。

 あんまりこういうのは好きじゃないけど、野ざらしっていうわけにもいかないからな。

 この辺は妥協しよう。

 それに、折角ウチカゲが拵えてくれたんだしね。


 隣には零漸とアレナがいて、やる気十分といった様子で体を動かしている。

 零漸に武器はないが、防御力はピカイチだし素手による攻撃手段も持っているので、気にしなくてもいいだろう。

 アレナは手裏剣と小太刀をすぐに使えるように準備していた。

 あとは数個のマナポーションを所持し、いざとなったら使う構えでいる。


 アレナの技能は魔法技能に頼ったものが多いからな。

 魔力が切れるとやばくなる。

 マナポーションを手渡した時の顔は何とも言えなかったが……。


 そして鳳炎はいつも通り槍を所持し、戦闘経験の少ないリゼは何も持っていない。

 素人が武器を使うと碌なことがないし、なんなら技能に頼った戦い方の方が得意だというので、遠距離からの範囲攻撃を主体としてリゼは戦ってくれるらしい。

 自分の技能を最大限発揮できる方法を自覚しているというのはありがたい事だ。

 しかし範囲攻撃で味方を巻き込まないようにだけ注意してほしい。


 だが、リゼにはユリーとローズが付いているので問題はないだろう。

 加えてリックとパック、スターホースも戦闘に参加する。

 主に三人の移動手段としてだな。

 因みにラックは俺とアレナ、零漸に付いてきてもらう予定だ。


 未だにガチャガチャと魔道具を体の中に仕込んでいるティックは、テキルに押し付けられたものを何とか仕舞っているらしい。

 弟の善意で貰っているものだし、何ならすべてにおいて性能がいい。

 できれば有効活用したいところだが、にしても量が多すぎるので、ようやく断りを入れ始めたあたりだ。

 体が重くなってしまえば機動力に問題が出てくるからな……。


 隣でそれを見ているカルナは、いつも通り軽装だ。

 彼女はウチカゲとティックと一緒に行動してもらう予定である。

 零漸から離されて少しご立腹だったようだが、今はその辺の感情を隠しているようだ。

 鳳炎がやれやれと言った様子で呆れていたな。


「……よし」


 一人一人を見て回ったダチアが頷く。

 長剣を片手に持ち、その隣にはマナが控えている。

 声相手には自分の技能が使えないマナではあったが、陸の声が作り出す魔物には有効なはずだと今回は全面的に戦いに集中することになった。

 それと、何とか回復したイウボラも隣にいる。

 まだ魔力が回復しきっていないのか、体の一部が溶けてはまた再生するといったことを繰り返しているが、これで問題はないとの事。

 無理はしないようにしてもらいたいが、大丈夫だろうか?


 すると、バルトがひょこっと現れた。

 魔族領の地図を丸めて持っており、それを鳳炎に手渡す。


「んじゃ、頼んだよー」

「はい」

「今回僕が作ったのは策と呼べるものじゃないかもしれないけど、変に頭を回すより単純に物事を考えた方が上手くいくこともある。ま、出たとこ勝負となったらこっちの方法が一番だと思っただけなんだけどね」

「バルト様の策には何の疑問もありません。それに、分かりやすいことは良いことです。この策、使わさせていただきます」

「あとは臨機応変に。その辺は鳳炎君に任せたよ」

「了解いたしました」


 鳳炎は小さく頭を下げる。

 そのあと、魔導具袋に地図を仕舞い込んで武器を握った。


「では行こう。『ゲート』」


 ダチアがダイスを握ると、小さな隙間が出現した。

 それをこじ開けるように広げ、数人が並んで入れるように工面する。

 手始めにダチアが入り、それに続いてマナとイウボラが中に入った。


 こういう不気味な空間に入るのはなんとも勇気がいるが、俺はすぐに隙間に入った。

 それに続くようにして、待機していた者たち全員が隙間へと入る。


 一歩でそのゲートを通り抜けると、そこは既に魔族領だった。

 隣にダチアとマナがいて、イウボラが腕を変形させて遠くを確認している。


 空が赤黒い。

 魔族領は俺たちがいた場所から遥か東にある領地だそうで、この辺には結界が張られていて空が赤黒く見えるのだとか。

 俺が確認した時も、確かに結界みたいなものにぶつかったな。

 まぁ霞は空気だから貫通して中の様子も探れたわけですけども。


「想像はしていましたが……」

「案の定、といったところね」

「チッ」


 イウボラが口にした言葉に、マナとダチアは嫌な顔をした。

 かつては綺麗な土地だったのかもしれないこの場所は、地面が大きく破壊され、どこを見てもそんな様子が続いている。

 磁石に砂鉄をくっつけた時トゲトゲになるが、それと似たような光景が広がっていたのだ。

 おおよそ、生物が生存するには不適切な場所になっている。


 山は両断されており、川は蒸発し、地面は割れて溶岩が噴き出ていた。

 所々に魔物の死骸や、悪魔と思われる亡骸も普通に転がっている。

 遠くの方に辛うじて見える魔王城と思われる城は、城壁を残してすべて瓦解していた。

 その城壁も辛うじて形を残しているにすぎないが。


 俺たちが現状を把握していると、ゲートから仲間が出てくる。

 惨状を目にして眉を顰めたり、嫌そうな顔をしたりと様々だが、思っていることは一緒だろう。


「全員、出てきたな」


 鳳炎がそれを確認する。

 今立っている場所は奇跡的に足場が整っているので、この場で決められた編成に直る。

 俺と零漸、アレナはラックに乗った。


「いいぞ」

「よし。今回の要は応錬だ。何としてでもこいつは守らねばならん。そして、生き残っている悪魔を探し出して戦力に加える。地上から攻める予定のウチカゲ、ティック、カルナ。そしてリゼ、ユリー、ローズのメンバーは指定した場所まで何とか合流してくれ。まぁ、問題はないと思うが」


 ウチカゲたちのチームは機動力に長けている。

 リゼたちの方には騎竜とバトルホースがいるので問題はないだろう。


「そして応錬、零漸、アレナはラックに乗って一足先に声と接敵。時間稼ぎを頼む」

「了解っす!」

「分かった!」

「どうせ天の声は最後に出てくるだろうからな。まずは地の声との再戦だ」


 鳳炎たちが悪魔を集めている間に、俺たちは足止めをする。

 まぁこれは向こうがこちらの行動に気付いてからで問題はない。

 なので相手の動きがあるまではとりあえずじっとしておく予定だ。


 機動力がある鳳炎、そして土地勘があるダチア、マナ、イウボラが空から生き残りを探す。

 力の強い悪魔はまだ生き残っている事だろう。

 これまで長い間声たちを足止めしてくれていたので、体力は既に限界かもしれないが、ここが正念場だ。

 無理を通して出張ってもらう。


 彼らは声に苦しめられ続けてきた被害者だ。

 必ずと言っていいほど、この最後の戦いには我こそはと出てくるだろう。

 それを信じて、俺たちは行動する。


 すべての策を再び確認した鳳炎は、持っていた槍の石突で地面を突く。


「これが最後の戦いである。応錬、お前に全てかかっている。失敗などするんじゃないぞ」

「分かってる」

「よし。行くぞ皆の者!! すべての力をこの一時ひとときに使え!! 死んでも負けるな!! 負けてはならん!! いざ参ろう!! 神退治だ!!」

「「「「「「「「「「「「応!!」」」」」」」」」」」」

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