10.53.残留思念


 パチリと目が覚めた。

 ぼんやりとする頭で寝ころびながら空を見上げているのだが……白い。


 なんだここ。

 いや、あれは雲だという可能性も捨てきれない。

 でも動いてないし青い空見えないし……なにここ。


 上体を起こして周囲を確認してみる。

 なーんにもない真っ白な空間。


 ちょ、ちょっと待って。

 えーっと、思い出せー?

 確か……俺が声の倒し方について気付いて……んでもって空の声が手を叩いて……。


「どうなったんだっけ?」

『気絶したのだ』

「うっわびっくりしたぁ!?」


 突然真隣から声が聞こえた。

 ばっと振り向いてみると、そこには俺と似たような姿をしている人物が立っている。

 白い髪は長く、片目が隠れていた。

 黒を基調とした和服を身に纏っており、腰には日本刀が携えられている。

 立ち振る舞いは美しく、洗礼されていた。

 数歩歩くだけでも、彼の強さが手に取るように分かる。


 静かに胡坐で座った男は、日本刀を腰から抜いて右脇に置いた。

 幅の広い裾を後ろに放り投げ、手の平を太ももに添える。


『驚かせたようだ。すまぬ』

「……もしかしてだけど、日輪?」

『いかにも』


 うっそん。

 いやでも、ダチアが教えてくれた姿と似てるし……え、てか何で会話できてん?

 日輪は……消えたはずだけど……。


「お前……消えたんじゃ?」

『体はな。されど思念は残していた』

「これ、長い話になる?」

『うむ。お主も腰を下ろされよ』

「あ、はい……」


 言われるがまま、すっと座って三尺刀を……。

 ない。


「ない!?」

『慌てるな。夢の中故に心配はいらぬ。現世にてウチカゲなる鬼が持って居る』

「あ、そうなのね……。で……ここは夢なの?」

『夢、現世と常世の狭間。神仏もすらも寄せ付けぬ秘境……』

「精神世界的な?」

『拙者にその言葉の意味は理解できぬ』


 そうなのね……。

 まぁなんか古い感じの人ってのは分かってたし、次からは分かりやすいように説明しよう。

 俺にできるかな……。


 まぁいいや。

 えーと……いやちょっと待って、これ何か聞かなきゃいけないのか?

 何聞けばいいか分からないんだけど。

 ていうかできれば起こして欲しいんだけど!!


 すぐに立ち上がって日輪に詰め寄る。


「そうだよ! こんな所にいる暇ねぇよ!!」

『声が顕現したのだったな』

「だから早く起きて倒しに行かねぇと! あいつらの攻略法は分かったからな!! ってそういえば俺は何故か気絶した後起きるの遅いんだった!! なぁ日輪!! 俺を起こすことはできねぇのか!?」

『可能』

「じゃあ早く起こしてくれ!!」

『断る』

「なんでぇ!!」

『まだ話が終わっておらぬ』


 ええー……。

 いやそういうのいいから!!


「倒し方が分かったんだから早く俺が起きないと!!」

『応龍の決定……。代償は高く付くぞ』

「構わねぇよ!!」

『ならばこそ、話を聞いて行け。ダチアも、拙者が技能を使った瞬間は見ておらぬ』

「ぐぬ……お前話を聞かせるまで起こすつもりマジでないな……?」

『左様』

「ああ、もう。分かったよ!」


 胡坐をかいて日輪の正面に座る。


「……ていうか、なんか聞いてた話と口調が違うな」

『拙者がこの世にいた時は周囲に合わせていただけだ。鰯の群れに鯛が混じると目立つ故な。されどお主であれば、気遣う必要もあるまい』

「まぁ……言ってることは理解できるけど。そっちが素なんだろ?」

『うむ』

「じゃあさ、さっさと話してくれないか?」

『よかろう』


 日輪は小さく頷いた。

 懐から扇子を取り出し、パッと広げる。


『一つ、空の声の技能』

「……知ってんの?」

『うむ。彼奴の技は“音”だ。幻術の類やもしれぬが、彼奴の放つ音を聞くと、体に異変が起きる』

「俺たちはあの時、手を叩いた音だけで気絶したと?」

『左様。音とは見えぬ刃であり、剣を振るよりも素早い。瞬きの最中に体を通り抜ける』


 日輪がパチンッと扇子を畳む。


『故に、お主が応龍の決定を使う時は、彼奴から離れなければならぬ』

「確かに……」

『それと、お主の目覚めが遅い理由についてだが』

「え!? 知ってんの!?」

『憶測だ。されど間違いはなかろう』

「……それは?」

『青龍、応龍。この世の存在とは異なる生物。巨大な体躯を維持するために、睡眠は必要不可欠。食事は要らぬ。最も重要なのは、睡眠。眠りに落ち、魔力を回復させる』

「……ん? つまり、魔力が満たされるまで寝続けるってこと?」

『然り』


 ……確かに俺が気絶したり、青龍の審判の代償で寝続けた時、結構魔力使ってたけど……。

 量が多いから回復に時間が掛かるってことか。

 気絶とかしなければ普通に魔力は回復されるんだけどなぁ。

 強い種族だから、何かしらの弱点が作られたって感じか。


 そこで俺は、気絶させられたことを思い出す。

 今までのことを振り返ってみれば……俺はしばらく眠り続けることになるはずだよな!?


「ちょっと待って!! 今俺どれくらい寝てたんだ!?」

『三日』

「日輪に起こしてもらわなかったらあとどれくらい起きない!?」

三月みつき

「ワァッツ!!」


 その前に世界滅んじゃう!!

 天の声が回復しちゃう!!

 それだけは絶対に許されないから、とりあえず大人しく日輪の話を聞こう!!


 ちゃんっと姿勢よく座り、日輪の話に耳を傾ける。

 ようやくしっかりと話を聞いてくれる体勢を見て嬉しく思ったのか、小さく口元を緩めて満足げ頷いた。


 扇子を再び広げ、またパチンと閉じる。


『二つ、拙者が使用した応龍の決定。すべての人間の国を落とした後すぐ、使用した。それを見ていたのは日向のみである』

「ヒナタって言うと悪鬼が住む空間にいた五百歳越えてる鬼のことだな」

『……なんと、まだ生きておったか』

「若干記憶を取り戻してたぞ。お前のことや、最後に残した言葉とか」

『しぶとさは相変わらずか。他にはおらんかったか? 泗水しすい偃月えんげつ、閻魔や乱鬼は?』

「そいつらは知らない。あの空間にいたのはガラクと……ウチカゲの父親だったか。名前は知らないけど」

『ふむ、左様か。では話を戻そう』


 扇子が開かれる。

 また閉じ、膝の上に置いた。


『拙者が願ったのは、悪魔以外の記憶の消去。自らの存在の消滅。そして、思念の残留』

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