4.10.今までどうしてた?


 テーブルに食事が並び終わったので、全員が席について食事をとり始める。

 イルーザの料理はどれも美味しく、バランスが取れており子供達に気を使っているという事が一目でわかるようなものばかりだ。


 この世界でも栄養バランスとかがあるのだろうか……?

 まぁ、その辺には深く突っ込むことはしないでおこう。


「ミナとムーは料理を覚えているのか?」

「うん! 先生だけだと大変そうだしね!」

「確かに……」

「ま、これだけいるとね~。ジグルは食べ盛りだし」


 確かにジグルは目の前にある料理をかき込むように食べている。

 あまり行儀がいいとは言えないが、冒険者であるのであれば、早く済ませれるものは早く済ませれるようになった方がいいだろう。

 しかし……せっかくゆっくりできる場所に帰ってきたのだから、この時くらいは落ち着いてほしい物だ。


「しかし……お前達見ないうちに立派になったな。ジグルは冒険者、ミナとムーは看板娘になってるし、ジンは物覚えが良いし……これならイルーザがいなくてもやって行けそうだな」

「ちょっと応錬さん?」

「「やっていけまーす!」」

「うん……先生から教えてもらったことはほとんど覚えてるから、調合とかもできるよ」

「素材とかは! むぐむぐ……俺が採取してくれば問題ないな!」

「貴方達?」


 本当にやって行けそうな布陣ができてしまっている。

 ジンは商品知識だけではなく、調合も出来るようになっていたらしい。


 俺も調合をジンから教わってもいいかもしれないな。


 そんな子供達をイルーザはそれとなく咎めようとしてはいたが、実際にできてしまいそうなことに少し焦りを覚えているように感じた。

 とは言ってもまだジグルは弱いだろうし、成人するまではイルーザの元で働いておいては欲しいので、冗談と言えば冗談だったのだが……。


「ま、成人するまではイルーザにいろんなことを教えてもらえよ」

「「はーい」」


 全員まだ子供だからな。保護者は必要なのだ。


 む、そういえばジグルの傷が気になっていたのだった。

 どうしてこうなったのか……ちょっと無理をしているようだな。


「お前達の中で一番気になっているのはジグルなんだが……今までどうしていたんだ? そしてその傷はなんだ。随分無茶しているように見るが」

「へへへ……ちょっとね……」

「はぁ……『大治癒』」


 もうここにいる者達は俺の技能をそれとなく知っているはずなので、何も気にせずに技能が使える。

 とりあえずジグルの傷を大治癒で全て治しておくことにした。


「うっわあ! すげえ! 兄さんありがとう!」

「どういたしまして。……この技能は秘密にしておいてくれな。バレると厄介なんだ」

「冒険者だったらそれくらい知ってるよ」


 聞くまでもなかったようだ。

 だが他の三人はその理由を知らなかったようなので、イルーザがそれを説明してくれていた。


 見つかったら国や冒険者に狙われるため、非常に面倒な技能なのではあるが、その力は非常に強い。

 何故これが普通に使えないのかと、俺は頭を悩ませるがこういう世界なので仕方がないのだ。


「で? ジグルは今までどうしてたんだい?」

「俺はー……兄さん達がアレナちゃんを連れて行ってからすぐに冒険者登録をしたよ。用心棒になりたいからね! それで先生に魔術を一か月で叩き込まれたけど……あれはめっちゃしんどかった……」


 随分と短期間で仕上げさせたらしい。

 だが一か月で魔術が使えるようになるというのは、この歳では非常に珍しいのではないだろうか?

 イルーザの指導が適切だという事もあるのだろうが、ここはジグルの才能やセンスを信じておきたい所だ。


 それからという物、ジグルは町の外に出たり、サレッタナ王国の中で仕事の手伝いをしたりしてお金を稼ぎ、つい最近になって装備を一式整えたようだ。

 ランクもEランクと俺達と同じランク帯なので、討伐依頼も受けれるようになっている。


 だがまだ討伐系依頼は受けたことがないらしく、薬草摘みや国での雑務をしている最中なのだという。


「慎重なのは良いことだな。若い奴らは勢いに任せて突っ走ることが多い」

「……兄さんも若いよね?」

「……まぁな?」


 確かに俺は若い。

 なにせまだ生後半年にもなっていないのだから。

 とは言っても、そんなことを子供達に言えるはずもないので、当たり障りのない返答だけでその場を回避する。


「ジグルはパーティーとか入らないのか?」


 ジグルにそう問うと、少し顔をしかめてから苦笑いを浮かべた。

 どうやら何か事情があるようだ。


「んー……何度か入ったことあるんだけど……大体追い出されちゃうんだよね。腰抜けはいらないって」

「腰抜け? どうしてまたそんなこと言われるんだ?」

「んー……多分ずっと後方で支援してるからかな……。依頼の報酬だけじゃパーティーとしてはやっていけないから、薬草摘んだりして稼ごうとしたりしてるんだけどねー。だからどうしても前に出ないんだよ」


 ジグルの立ち回りを実際に見えていないので何とも言えないが、後方支援という事は基本的に後ろに陣取って周囲を警戒したりしているのだろう。

 それだけのことなのになぜ腰抜け呼ばわりされるのかいまいちわからないが。


 だが薬草を摘んだりしてパーティーを助けようとしている姿勢は非常に良い物だと思う。

 ジグルの言う通り、依頼の報酬金だけではパーティーを支えるのは非常に難しい。

 故にジグルのやっていることは何も間違ってはいないと思う。


 俺もまだ熟練の冒険者とは言えないが、技能の差はあれどジグルと似たような立ち回りをしているのは事実である。

 なのでその行動に問題があるとは思えないし、なんなら後ろで見守ってくれる良い目になっているはずだ。


「ふーむ、てことは今はソロか?」

「そうなんだ。一人のほうがお金稼げるし……何回も追い出されてるから疲れちゃったんだよね」


 お金が稼げる……それは確かにそうだろう。

 一人であれば低ランクの依頼を一つ達成するだけでも一日の宿代と食費が約束される。

 それに合わせて薬草などを採取してくれば、今のジグルのように装備を短期間で集めれるようになるはずだ。


 だが、それではいけないこともある。


「それは感心せんな。話を聞いていると、お前のその力は他に仲間がいて初めて発揮できるものだと思うぞ?」

「んー、でもなぁ……。パーティーとしてやっていける自信が無くなっちゃったんだよね~……」

「では、飯の後にお前の実力を見てみるとしよう」

「え?」

「一人でやって行くというのであれば、それ相応の実力を示してもらわねば俺は安心できん。イルーザから教えてもらった魔術、ちゃんと見せろよ? イルーザ、いいか?」

「良いですよ。応錬さんになら任せれそうですし」


 ジグルはまだ状況が飲み込み切れていない様だったが、ソロでやって行き続けるなど正気の沙汰ではない。

 それに、仲間の大切さを知っておかないと、今後に響く可能性もある。

 俺は仲間に助けられてきたからな……。


「わー! 兄さんとジグルの模擬戦だー! 皆早く食べよ!」

「え、え、ええええ!? 本当に!?」

「何だ、俺では不満か?」

「いや、いやそうじゃなくて! 兄さん大丈夫なの? 言っちゃあれだけど俺強いよ?」

「よし、その鼻っ面へし折ってやる」


 悪意はないのだろうが、なんだか馬鹿にされた気がするので早々に食事を取って外に出ることにする。


 そういえばまだジグル達には俺の力を見せたことがなかった。

 イルーザにも見せていないのだから、イルーザも子供達に俺のことはあまり教えれなかったのだろう。


 ジグルは非常に心配そうにして食事を取っていたが、なんだか嬉しそうな顔をしている。

 俺はジグルがどんな攻撃をしてくるのかを想像しながら、目の前にある食事を平らげ、イルーザ魔道具店を後にした。



 ◆



「よし、この辺でいいか」


 模擬戦の場所に選んだここは、イルーザ魔道具店の裏庭のような場所だ。

 大きな技は使えないが、ジグルはここで修行をしていたというので、ここら一帯が吹き飛ぶような技能は流石に持っていないだろう。

 後は俺が手加減をすればいいだけなのだ。


「ジグルー! 頑張れー!」

「兄ちゃんもー!」

「おーう!」

「はいはい」


 少ないギャラリーだが、見られているのであれば恥ずかしい所は見せられない。

 ジグルの剣の腕も確かめておきたいし、俺も脇差を抜いて応戦するとしよう。


 そういえば初めて戦闘で脇差を抜いた。

 相変わらずの黒い刀身は日の光をも飲み込まんばかりの漆黒色で、少し不気味だ。

 影大蛇、と言う名にふさわしくはあるのだが……まあ今日はこれで模擬戦をするとしよう。


 対するジグルも、背中に背負っていたロングソードを抜いて両腕で構える。

 身の丈に合っていない長さではあるが、思いのほか構えはしっかりとしていた。


「な、なんだよ兄ちゃん……その剣」

「これは刀と言ってな。鬼の里で作ってもらった一振りだ。怪我するなよ?」

「その長いのは?」

「これは使わない。手加減できなくなるかもだからな」

「む、じゃあ抜かせてやるぜ!」

「その意気だ」


 ジグルは上段の構えを取る。

 すると、剣が光を帯びて淡く発光し始めた。


「む?」

「『ソーラーソード』」


 なるほど。名前からしてあれは日の光を集める技能なのか。

 しかし、日の光程度でそんなに攻撃力が変わるものなのだろうか……?


 その光は眩しいというほどではないが、とても強力そうな技能だという事は実感できた。


「いっくぜ兄ちゃん!」

「おし! いつでもいいぞ!」

「せやぁ!」


 上段からの素振り。

 明らかに当たらない距離で剣を振り抜いたので、何をしようとしていたのかわからなかったが、時間差で光の線がこちら目がけて飛んできた。


「ぬ!?」


 それを紙一重で回避して事なきを得る。

 流石に初見での攻撃は予測できないので躱すのは難しいが……これでジグルの技能がよく分かった。

 光線を飛ばすことができる技能だ。


 ユリーが斬撃を飛ばすものとよく似ているので、この技能は相当強い技能だという事がわかる。

 攻撃力を確かめるのは痛そうなのでやめておくが、後ろを振り返ってみると地面がごっそり掘り返されていた。


「おい! 模擬戦だっていってんだろ! 殺す気か!」

「まだまだ!」

「聞けよ……」


 ジグルは構わず光の光線を放ってくるので、とりあえず樹の影に隠れてやり過ごす。

 遠距離攻撃を持っているとは思わなかったが、接近してしまえばこちらにも勝機はある。

 一瞬だけ攻撃が止んだその隙を逃さず、すぐにばっと出て接近する。


「ハッ」

「ていやっ!」


 下段からの斬り込みを、ジグルは剣を思いっきり振り抜いて叩き落す。

 だがその衝撃を素直に喰らうほど、俺は馬鹿ではないし生易しくもない。


 刀を少し当てて軌道をずらして半身で回避する。

 するとジグルの剣は地面に深々と刺さって大きな隙ができたので、その隙を逃さずに柄頭をジグルにぶつけようとするが、ジグルは刺さった剣を使って体を動かし、攻撃を回避して足で俺を蹴飛ばした。


「ぬっ!」

「よっしゃ! まず一発!」


 深々と刺さった剣を体重を利用して無理やり引き抜き、また構える。


 随分と奇天烈な動きをするものだ。

 零漸とは違うが、周囲にある物を使って回避、攻撃をするというのは少しばかり厄介だ。


 はて、俺はそんなに接近戦が弱かっただろうか?

 まあ、今の状態であれば仕方ないのかもしれないが。


「『発光』!」

「おお」


 懐かしい名前が聞こえたかと思ったら、周囲は真っ白になった。

 だが残念ながら俺に発光は効かない。

 すぐに接近して攻撃を畳みかけると、驚いたような表情をしてすぐに剣を俺に向けた。


「なんで!?」

「残念。俺に光は効かんのだ。そういう敵がいるってことも勉強の一つ! そーらよっ!」

「ふべ!」


 足をかけてジグルを転ばせる。

 やはりまだ軽いのですぐに転ばせることができたが、ジグルは転がりながら剣を振って追撃が来ないように対処していた。

 器用なものだ。


 俺は不覚にもそれを足に受けてしまい、茶色の血のようなものが飛んで足がなくなる。


「え……?」

「む、こりゃ失敗」


 それを最後に、応錬だったものは色をなくしてドシャッと倒れてしまった。

 応錬の姿をしていた土をジグルは呆然と見ており、未だ何が起きたのか把握できていないらしい。


「兄さん!?」

「阿保、生きとるわ」

「ふべぇ!」


 ジグルの後ろから後頭部にチョップをかます。

 ジグルはすぐに距離を取って俺を見据えるが、俺と土を交互に見ているあたり、まだ完全に把握できてはいない様だ。


「ど、どうやって?」

「さっき木の後ろに隠れた時に分身を作ったんだ。あんまりにも見境なかったからな」


 初めて『泥人』で人を作ったが、案外何とでもなる物で普通に分身を作ることができた。

 しかし、操るのが非常に難しかったため、良い動きはできなかったのだがジグル相手にはこれでも十分そうだ。


 そして本体である俺はと言うと、『暗殺者』を使って極限まで気配を消していただけ。

 ずっとジグルの後ろにいたなんて思いもしなかっただろう。


 ジグルは少し悔しかったのか、すぐに剣を構えてこちらに向かって振り込んでくるが、本体である俺にそんな攻撃が通用するわけもなく、軽くいなして足をかけ、また転ばせる。


「ぶへ!」

「攻撃が一直線だな。そして一撃は重いが次手に移るまでの行動が遅い」

「せい!」

「その攻撃、俺がしゃべり切る前にできたろう?」


 次の行動に時間をかけすぎているような印象を受ける。

 相手は待ってくれないのだから、剣を持っている以上躓いても、転んでも、隙を見せても相手は攻撃を仕掛けてくるのだから、判断は遅くてはいけない。


 恐らくだが、ジグルは魔術に関してはイルーザから教えてもらっていたのだろうが、剣術については教えてもらっていないのだろう。

 イルーザは見る限り魔法使いだし、剣を持っている姿など見たことは無い。

 つまり、ジグルが先ほど俺に仕掛けてきた攻撃は全て我流なのだ。


 これでジグルの力は大体把握できたので、これ以上模擬戦を続ける意味はなくなった。


「よし、ここまでだ。まだまだだな」

「兄さんが強すぎるだよなぁ……」

「む? 何を言っているんだ。俺は剣術より技能を使った戦いのほうが得意なのだぞ?」

「……嘘だよね?」

「剣術など今まで習ったこともないわ。多分」


 だったら何故こんなにも動きが的確なのかわからないといった表情をジグルは向けていたが、これは俺にもわからないのだ。

 前世で何かしていたのかもしれないが……俺のことに関する記憶はすっぽり消えているので全く分からない。


 ま、なんにせよこの世界で役に立っているという事は間違いないので、前世の俺ナイス、と心の中でつぶやいた。


 ジグルを立たせ、数の少ない拍手が耳に届いたのを最後に、模擬戦はおわった。

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