1.13.初めての仲間


 ゆっくりと大きな池のあったほうから泳いできたのは真っ黒な魚だった。

 マレタナゴに近い姿かたちをしているが、マレタナゴと違い、鱗が非常に分厚そうだ。

 相当な防御力を持っていると推測できる。


 黒い魚は周囲をキョロキョロとして、敵がいないか警戒をしているようだ。

 あれが本当に転生者であるなら臆病な性格かもしれない。

 ここは優しく対応するのがいいだろう。


 まだこちらには気が付いていないようで、そのままゆっくりと泳いでいくる。

 だが白い体をしている魚が目立たないわけがなく、相手はすぐに俺の存在に気が付いて全力で後退した。


 おい。ちょっと待たんかい。

 まぁ確かにこんな外見だから怯えるのも無理ないと思うけどさ……逃げるっていう決断速すぎませんかねぇ!?


 俺がそう思って叫んだ時、黒い魚はぴたりと止まってこちらを見た。

 魚なので表情は全くと言っていいほどわからないが、なんとなく驚いているなということはわかる。

 特に何かをしたわけではないが……襲ってこないから不思議に思ったのだろうか? にしても急に止まるのは少し妙だが……。


『日本語……?』


 !!? ほぁ!? しゃ、しゃ……。


『『喋ったぁあああああああ!!!』』


 黒い魚は口をパクパクさせながら言葉を発し、全く同じタイミングで俺も叫ぶ。

 前世でくそほどお世話になった馴染みの言葉……日本語が聞こえてきたのだ。

 聞き間違うはずもない。現にこうして会話が成立している。


 黒い魚の声はとても若そうな声だった。

 年齢にして高校生くらいだろうか?

 声変りが終わって本格的に落ち着いたときの声色のようだが、口調がまだ幼い感じが拭えていない感じだ。


 この時確信する。

 この黒い魚は確実に転生者だ。

 文字と日本語……これだけで確信に至るには十分な情報量だろう。

 向こうもこのことを理解しているはずだ。


 話している相手と会話できたことで、黒い魚は警戒心を一気に解いて俺のほうに全速力で泳いでくる。

 流石に会話までできるとは思っていなかったが……下手に面倒な手順で技能を使用するのもどうかと思っていたので良かったと言える。

 黒い魚はすぐに目の前まで泳いで来て話しかけてきた。


『に、に、日本の方ですか!? そ、そうですよね!』


『お、おう。あまり前世の記憶はないが……日本人だっていう記憶はある』


『うぅ……ぐっ……わああああ! よがっだぁ! よがっだよー!』


 俺が説明している時にはすでに嗚咽を漏らしていたが、ついに黒い魚は泣き出してしまった。

 魚なので涙を見せるということはないが、その声を聴いていれば泣いているということくらいはわかる。心で泣いているのだ。

 ここに来てやっと探し続けていた日本人が見つかったのだ。

 ずっと一人だったのだろう。

 どれだけ心細い思いをしたのか、転生して三日目の俺にはわからない。

 こういう時、人間であれば抱いてやるのがいいのだろうが、生憎この体では無理だ。

 少しだけこの姿になってしまったことを恨む。


 本当は今すぐにでもいろいろ聞いておきたいが、それは野暮だ。

 俺はただ、目の前にいる黒い魚が泣き止むのを待った。


【経験値を獲得しました】


 お前さああああああああああああああああ!!!!! ぶっ殺すぞ!!!!!



 ◆



 それから数分。ようやく落ち着きを取り戻してきたようだ。

 それを確認して声をかける。


『落ち着いたか?』

『はい……ぐすっ……すいません』

『えっと……どこから、というか何を話せばいいのやら……』


 転生者と会うことができたのはいいが、そのあとのことを全く考えていなかった。

 予定では会話ができないはずだったので、そこから何とかして会話を成立させるはずだったが……その問題が一瞬で解決してしまった。

 そこから友好を深めていこうという計画が水の泡になったのだ。


 水の中にいるから文字通り水の泡だって? やかましいわ。


『……とりあえず初めまして。俺はブロックフィッシュです』

『ブロックフィッシュ……種族名か。俺はレインバスだ』


 ブロックフィッシュ。

 黒い魚の種族名のようだが、まだブロックというほどの硬い鱗ではなさそうだ。

 まだ進化途中なのだろう。

 体も小さいし、まだ稚魚の可能性がある。

 これから進化していけばなんだかすごい奴になりそうだが……やはり獲物もいないし寂しいで何もしていなかったのかな?


 あとこの会話……念話? でわかった事がある。

 どうやら伝えたいことだけしか伝えれないようになっているらしく、隠したい事は隠せるみたいだ。

 先ほど盛大に天の声に向かってぶっ殺すなんて言ってしまったが、あれは聞こえていないらしい。よかった。

 相手からも心の声的なものは聞こえなかったし、多分こういうことであっているはずだ。


『そうだ、君は今まで何をしていたんだい?』

『俺は……転生してからすぐに引きこもりました。一か月くらい』

『一か月!?』


 そんなに一人でいたのか。なんか三日だけ生きててごめんなさい。

 それだけ長い時間一人でいたら寂しくなるのも頷ける。

 周り石と水草だもんな! 生物もあんまり見ないし寂しさを紛らわすものが一切ない。俺もこうやって探索でもしていなければ頭がおかしくなってしまいそうになる。

 よく耐えていたものだ……。


『な、なんで一か月も……』

『怖かったんです……なんか勝手にレベルは上がっていくし種族変更進化とか意味の分からないこと言われるし……』


 絶対それプランクトン。空気読めない生物世界代表のプランクトン様だから。


『あー……ん? 待て。お前何かに教えてもらっているのか?』

『え、あ。はい。『地の声』ってのに教えてもらってます』

『まじか。俺は『天の声』ってのに教えてもらってるぞ』


 まさか天の声以外に違う声があるとは思いもしなかった。

 もしかしたらこうして会話ができるのもこの声のおかげなのだろうかとも思ったが、流石にそこまで親切ではないだろう。

 これに関しては別の理由がありそうだ。


『天の声なんてあるんですね~』

『あんまり空気読んでくれないけどなぁ。あ、そうだ。お前は前世の記憶とかあるの?』

『ありますよ。俺は拷問されて死にました』

『ごっ!?』


 聞くんじゃなかったと心底思った。日本で何したら拷問して死ぬことがあるんだよ。

 チンピラとかそんな生ぬるい物じゃなくてヤクザとかマフィアの領域だぞ。


『いや~実は俺前世で諜報員だったんですよ。っていっても17歳でしたけどね』

『若いのによくやるぜ……』


 おそらく何かへまをして、捕まって拷問されて死んでしまったと。

 そんな死に方、なかなかしないと思うぞ? 俺はそんなのではなかったはずだ。前世の記憶ないからわからんけど!

 てか拷問されて、この世界に転生したんだろ? なのに怖いって……こいつどっかおかしいんじゃないのか?

 あ、いやでも食われる怖さはわかるぞ。あれは日本にいても……世界中どこにいてもそう簡単に経験することじゃない。


 うん。こいつの身の上話聞いていると、いたたまれなくなりそうだから話題を変えようと思っていると、向こうから唐突な言葉を放ってきた。


『あ、あの! 俺たち……仲間になりませんか……?』


 表情は相変わらずわからないが、どこか必死さを感じる。

 もう、一人は嫌なんだろう。

 この世界に来て初めて会えた日本人を、わけも無く見捨てるほど俺も鬼ではない。

 それに……俺もこのまま一人では厳しいと思っていたところだ。主に精神的な意味で。


『もちろんだ。こんな何もいない川で日本人と会えたんだ。何かの縁だろう』

『わぁあ……わぁあ! な、なんか縁って言葉を聞いてここまでグッとくることなかったです!』

『そ、そうか』


 近い近い。嬉しいのはわかるが距離感を見誤らないでください。


 それに気が付いたのかすっと後ろに下がってくれた。やはりまだ中身は子供なのだろう。

 これがこいつの本来の姿……というより性格なのかもしれない。

 これだけ見ていると諜報員なんて似合わないし、本人に言われても信じない。


 黒い魚、ブロックフィッシュはなんだかもじもじしている。

 何か言いたいことがあるのだろうが、なかなか言い出せずにいるようだ。


『あのー……』

『なんだ? 何かあるなら言ってくれよ。仲間だからな』


 その言葉を聞いて、少し明るくなった気がする。

 おう! やっぱ表情って便利だよ! 瞼も欲しいけど表情筋も欲しくなってきたぞ!


『えっと……こういうこと言うのもあれなんですけど……俺、名前が思い出せないんです。いつまでもブロックフィッシュっていうのもなんか……ね?』


 気持ちはわかる。俺だってレインバスって名前ではいたくないからな。

 それに、不便だ。やはり名前という物は大切だな。もっとも俺も自分の名前を思い出せないでいる。

 別に相手が俺のことをどう呼ぼうが関係ないと思っていたし、名前を呼ばれるのは随分先のことだと思っていたが、仲間ができたのなら名前は必要だろう。


 と、いうことはだ。


『お互い名前を付け合いましょうって事だな?』

『だ、駄目でしょうか……』


 駄目なわけがない。確認を取っただけだ。

 俺も名前が欲しいと思ったし、こいつとも長く一緒にいるはずだ。

 俺は軽く首を振って早速名前を考え始める。


『……かっこいい名前考えてやるからちょっと待ってろよ』

『! 有難う御座います!』

『お前もかっこいいの頼むぞ?』

『はい! 任せてください! 家のペットとかに名前を付けるのは得意で、家族からも褒められてました!』


 俺の名前をペット感覚で決めるつもりかこいつは。まぁかっこいい名前なら何でもいけど。

 でもペットの名前決めて褒められるってなかなか聞かないな。もしかしたらひねりを加えて名付けをしているのかもしれない。気になってきた。


『ほぉ。そのペットの名前は?』

『トカゲのブラッドムーンです!』



 …………めっちゃ不安になってきた。

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