2.13.超遠投


 二足歩行のゴブリンのような生物は周囲を見渡している。

 まるで何かを探しているようだ。

 俺は天の声にこいつの詳細情報を聞かせてもらった。


===============

―ゴボック―

 ゴブリン種の中で稀に生まれる希少種。

 肌は毒々しい紫色だが毒は持っていない。

 この種は生まれた時、仲間から見放され野に放たれる。

 だが驚異的な腕力と鋭いかぎ爪を持っているため自然界で一匹で生きていくことは容易い。

===============


 ゴボックね。

 もう少し詳しい情報が欲しい所だが、辞書である天の声ならこれくらいの情報しか持ち合わせていないか。

 気を付ける点はかぎ爪と腕力ね。

 確かに筋肉質だから相当な力を有していそうだ。

 捕まってしまったら引きちぎられそうだな。


 ここで狩っておくのもいいけど……どうしようかな。

 とりあえず様子見るか。

 流石に格上相手には挑みたくないしな。


 連水糸槍を発動して、糸で相手の体をくくるように回してみる。

 ゴボックは槍に気が付いたようで、空中に浮いている水の槍を凝視していた。

 だが本命は槍ではなく伸ばしている糸なので、槍に目が行っているのであれば縛り上げるのは容易いだろう。

 もちろん糸の強度は硬くしてある。

 脱出不可能と思っていた水捕縛があっさりと破られてしまったからな。

 説明文にも驚異的な筋力と書かれていたし、強度を強くしておかなければすぐに千切られるだろう。


 十分に糸を垂らしたところで一気に槍を飛ばしてゴボックに糸を絡み付ける。

 足回りに絡みついて転倒させることができた。

 今度は腕を拘束しようとして槍を動かす。

 腕さえ縛ってしまえばアイツの攻撃手段はほぼなくなるだろう。


 ゴボックの上に糸が引っかかった。

 そこを支点してグルグルと周囲を旋回しして雁字搦めにする。

 が、そう上手くはいかなかった。


「ガッボ」


 ブチブチブチ! という音を立てて足に絡まっていた糸を容易く引きちぎったのだ。

 もちろん腕に絡まりかけていた糸も千切られてしまった。

 それどころか糸を掴んで引っ張り槍を自分のほうに近づけたのだ。

 槍はゴボックの手に渡り、その槍を俺のほうめがけて投擲してきた。


 ぬぉおおおお!?


 とっさに横に飛んで回避する。

 まさか場所がバレているとは思わなかった。

 こいつも感知系技能を持っているのだろうか。


 相手のほうを見てみるとすでに立ち上がってこちらを凝視している。

 完全に戦闘態勢入ってしまった。

 これはこちらも戦うしかないだろう。

 ピンチになったら逃げればいいしな。


 相手はそこそこ強そうなので始めから本気でかかる。

 多連水槍を展開してから水盾も展開させる。

 今回は十五本の槍を出して一斉に飛ばす。


 ゴボックはその一本一本を綺麗に躱してく。

 得物を持っていないのに体の身のこなしだけで回避するのには少し驚いた。

 だが回避するのであれば、機動力を削ればいい。

 土壌変化で細長い棒を土から真上に出現させる。

 狙うのは勿論体である。

 少しでも動きが鈍ればと思っていたのだが、土の棒はゴボックの裏拳で容易く壊されてしまった。


 だがその一瞬の隙をついて数本の槍がゴボックの体に突き刺さる。

 衝撃で体がよろめいたのでその隙に残りの槍もすべて突き刺していく。


「……ゴ?」


 しかしゴボックは生きていた。

 ゴボックは刺さった槍を素手で打ち払う。

 出てきたゴボックの体には傷一つついてはいなかったのだ。


 なにぃ!? 多連水槍を打ち破っただと!?

 い、いや、これは多連水槍の熟練度が足りないのか……あいつの皮膚が多連水槍の刃より硬かったのだろう。

 これは……ちょっと本格的に熟練度上げないと駄目そうだな。

 ていうかこいつ強いな! だがいい経験になりそうだ!

 多連水槍が通じないなら……久しぶりの接近戦と行こうじゃねぇか!

 『剛牙顎』!


 発動したと同時にゴボックが突撃してきた。

 槍の攻撃力が思った以上に弱かったので捨て身の作戦に出たのだろう。

 水盾はいつも通り俺の周りに五つ浮かんでいるので、五回までなら何もせずに攻撃を弾いてくれるはずだ。

 向こうが捨て身の作戦に出るのならば、俺も同じ作戦で立ち向かおう。

 水盾を信じて思いっきり腹部に噛みつく。

 それに対しゴボックは上段から拳を振り下ろす。

 どうやら潰すのではなく捕まえようとしているようだ。

 もちろんその攻撃に水盾が反応する。

 一つの水盾がゴボックの攻撃の前に立ちふさがった。


 が、予想とは少し違う結果になった。

 一つの水盾が攻撃を防ごうと前に出たのだが、残っていた四つの水盾が合体し、一つの盾になった。

 どういうことだ、と思っていると、ゴボックの拳が水盾にぶつかる。

 確実に防いだと思ったのだが、水盾は弾け飛んだ。

 ゴボックの拳の勢いは止まることなく俺の胴体を鷲掴みにした。


 な、なにぃ!?

 水盾がこいつの攻撃に耐えられなかったというのか!?

 いや、実際は五つあったのが一つに合体したのだ。

 ということは五つ重ねた盾でも防ぎきれなかったというのか?

 こ、こいつの腕力どうなってんだ!?


 ゴボックはそのまま俺を持ち上げる。

 だがそれだけならまだどこかに噛みつけるはずだ。

 俺はゴボックの腕に体を巻き付けて腕を噛みちぎろうとしたのだが、その前にゴボックは俺を振り回し始めた。


 のぉおおおおおおおおおお!!!??


 そして途中で手が離される。

 俺は気が付いたら天高く舞っていた。


 ぎゃあああ!? な、なななあ!? なんて腕力してやがるんだ!

 ってちょっと待って俺何処まで飛ばされるんだ!?

 勢い全く衰えないぞ!? 砲丸投げかよ!


 いやああああ目が回る!

 あ! マイホーーーム!

 めちゃくちゃ遠くなっていく! マイホーーーム!

 こ、これは前に鳥に攫われそうになった時より飛ばされているな!

 のわああああああ!


 どれくらい飛ばされたのだろうか……。

 一分近くは空を舞っていた。

 が、木の葉にぶつかってやっと勢いを失った。

 飛ばされた場所は運よく湖の近くだったようで、最後には水に着水したため大したダメージは負っていなかった。


 いででで……ひどい目にあった。

 結構飛ばされてきてしまったな……ここ何処だよ……もう帰れそうにないな。

 あーだが近くに水があったのが救いだな。

 これならそれなりに強い敵が出てきても水を使って戦うことが───。


 ドスン!


 近くに何か重たいものが落ちてきた音がする。

 そのほうを見やれば土煙が舞っていて、その中から先ほど俺をぶん投げたゴボックがのそりと出てきた。


 貴様あの距離からどうやってここまで来やがった!?

 こ、こいつはやばいぞ!

 どんだけ逃げても追ってきそうだ。

 逃げることを考えていたが、ここまで執念深く追ってくる敵だったらここで始末しておかないと後々面倒になりそうだ!


 水盾の防御力では防御はできないとわかった。

 水は透明だから目隠しにもならないしな。

 多連水槍、連水糸槍、水流剣では攻撃力不足。

 実質攻撃系技能でまともに使えるのは剛牙顎だけだな。

 あれならどんな生物でも噛みちぎることができるだろう。

 あと使える技能は無限水操やクリエイトクレイ、それに土壌変化だな。

 動きを止めることがメインになるだろうがそれだけでも十分だ。


 だが土を使って足止めをしたとしても、あの攻撃力であればすぐに壊されてしまう可能性がある。

 粘土であればどうなるかわからないが……水であればそれなりに対処できるかもしれない。

 それに、今は近くに湖がある。

 これならば……なんとかなるかもしれないな。


 作戦を考えていると、ゴボックが全力で走ってきた。

 俺は無限水操で湖の水を拝借する。

 完全に足止めに使うだけなので少量でいい。

 それをゴボックの足元に水を展開する。

 もちろん浮いているので土に水が吸収されてしまう心配はない。


 だがそれもただの小細工に終わってしまった。

 水圧など物ともしないようにずんずんとこちらに走って向かってくる。

 ゴボックの膝あたりまで水は展開しているのだが……なんて馬鹿力だ。


 今度はクリエイトクレイで足元を固めてみる。

 土壌変化で沼にしてから粘土を練りこんで足を地面に引きずり込む。

 流石に両足を動けなくされてしまえば踏ん張りはきかなくなるだろうと考えていたのだが……あっさり破られた。


 ゴボックは両腕を地面に叩きつけた勢いを利用して体を持ち上げたのだ。

 叩きつけた地面には手形が深く彫り込まれていた。


 くそ! 全然だめじゃねぇか!

 足止めもできないとは……こいつマジで強そうだな。

 それに技能の改良の余地ありだ。

 こんなのでは他の生物にも勝てなくなってしまいそうだ。


 次は操り霞で視界そのものを奪う。

 周囲に霧を展開させる。

 寸分先も見えないくらいに濃くしたので少しMPの消費量が多かったがこれくらいは仕方がない。

 そしてすぐに移動して『追跡』を使用して隠れる。

 俺は敵の位置がわかっているのでそう簡単に掴まることはないし、一方的に殴る続けることができるはずだ。


 ガッ。


 えっ?


 一瞬何が起こったのかわからなかったが、操り霞で感知していたゴボックの動きから予測はできた。

 何も見えないこの視界の中、俺の位置を的確に探り出して尻尾を掴んだのだ。

 そしてそのまま振り上げて地面に叩きつける。


 ぐは! ぐぅ! だはっ!


 数回叩き付けられた後は先ほどと同じように全力で投擲されてしまった。

 今回は近くにあった木にぶつかったので遠くに飛ばされることは避けられたが、それでも相当なダメージを受けてしまった。

 木には俺が象られている。


 霧を俺のほうに移動させる。

 とりあえずこれで今度こそは隠れることができたはずだ。

 こちらもやられてばかりはいられない。


 『追跡』を再度使用してその場から動かないようにする。

 操り霞の感知ではゴボックがゆっくりとこちらに歩いてきているのがわかった。

 タイミングを見計らって追跡技能の中にある『奇襲』を発動させる。

 狙ったのは胸だったのだが、瞬時に身をかわされてしまった。

 だが、腕は貰った。


「ガガガガ!」


 っしゃああああ! どんなもんじゃい!

 こっちもそれなりにHP削られたからな……あいことはいかないかもしれないが、まぁこっちも本気なんでな!


 ゴボックから鋭い殺気が放たれた。

 その殺気は確実に霧の中に隠れている俺のほうを見て放っているようだ。


 こいつ……やっぱり見えてんな。

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