7.9.全員の無事
カーターを迎えに行ったリゼは、追っていたオークを速攻で始末した。
この肉は非常に不味いし、生理的に受け付けないのでそのまま放置することにする。
向こうのことも心配だから。
だというのにこのカーターは素材を剥ぎ取りたいらしく、危機が去ったと理解した瞬間に腰からナイフを取り出した。
流石にそれは許さない。
メリルが待っているというのに何を呑気なことをしているのだと、思いっきり足を噛んでやった。
「あっだああ!?」
「ガルァ!!」
「ちょ、ちょっとくらい……」
「ガルァアア!!」
「いでええ!! 分かった! 分かったから!!」
まだ渋るカーターの体を腕で押し飛ばし、メリルの待っている場所へと無理矢理向かわせる。
なんでこうも警戒心がないのかと呆れてしまう程だ。
助けてくれた少年は強かったが、いつまでも二人きりにしておくのはマズいだろう。
いつ魔物が現れるかもわからないのだ。
カーターとリゼは馬車の場所へ戻ることにした。
時々後ろを振り返って、惜しむようにオークの死体を見るカーターがうっとおしかったので、リゼの持っている技能、
あれであれば肉も使えないくなるし、素材も殆ど取れないだろう。
雷伝蛍は雷の球体だ。
それがふわふわと漂うので蛍のように見える。
夜であれば綺麗だが、その電力は馬鹿にならない程にあるのだ。
オークの体に触れた瞬間、バヂヂヂヂッヂという音を立てて電流が死体に流れる。
それは雷伝蛍の姿が消えるまで続く。
電力を使うごとに小さくなっていく雷伝蛍が消えた事には、オークの死体は真っ黒こげになっていた。
「なんてことをおお!?」
頭を抱えながら膝から崩れるカーター。
まだ懲りないかと雷伝蛍をもう一度出現させてカーターに近づける。
そろそろ真面目に歩かないと私がお前を殺すという殺意を向けて。
ようやく顔色を悪したカーターはシュバッと立ち上がって走り始める。
いつもこれくらい真面目になって欲しいものだ。
戻ってみると、二人は岩の陰に隠れて座っていた。
全方位を警戒しないで済むということでこうしているのだ。
若いのになかなか考えるなと考えながら、リゼとカーターはようやくメリルに合流した。
「! リゼ!」
「ガウ」
少年の隣で座っていたメリルはリゼに飛びつく。
尻尾で頭を撫でてやり、満足するまでこうしてやる。
「よかった……。少年、君がお嬢様を見ていてくれたのか」
「え、あ、はい! ……ってお嬢様……?」
「そりゃそうか。じゃ改めまして、僕の名前はカーター・イスライト。アルデア・イスライト伯爵の次男だ。好き勝手冒険者やってたから、今じゃ護衛止まりなんだけどねぇ~」
「はく!? ハクシャ、伯爵ぅ!?」
こんな少ない護衛で移動してるのが伯爵のご子息だと誰が思うだろうか。
こうして驚くのも無理はないだろう。
しかしこのカーターは確かにイスライト伯爵のご子息の一人。
昔、家での教養に嫌気がさして冒険者へと逃げたドラ息子。
貴族としての責務を全て無視し、自分の実力を高めるためだけに全力を注いだ奴なのだ。
そしてひょこっと帰って来た。
その時はリゼもいたので当時のことはよく覚えている。
家族会議なんて物は初めて見た。
自分であれば、あの場にいたくないと思っただろう。
……メリルが尻尾を離さないので逃げれなかったわけなのだが。
しかし冒険者で培った技術は本物であり、当時いたイスライト家の護衛全てを倒してしまう程。
それをアルデア・イスライト伯爵に仕方なしに認められ、こうして護衛の任を請け負うことになったのだ。
他にも様々な問題はあるのだが、今はこの位にしておこう。
「え、っと……! お、俺……じゃなくて僕はジグルっていいます! 冒険者で、雷弓の二人の弟子です!」
「ええ!? 雷弓の!? おいおいまじかよ……僕があんだけ頭下げても弟子にしてくれなかったのに……」
下心丸出しだったのだろうと、リゼは心の中で呟いておく。
しかしSランク冒険者の弟子ということであれば、あれだけの技量があるのも頷ける。
これは頼りになりそうだ。
このまま自分たちだけでサレッタナ王国に戻るのは心もとないのだ。
またあのように大きな魔物が出てきた場合、対処できるか分からない。
リゼはそれなりの力を有してはいるのだが、特性上仲間と一緒に戦うのは難しいのだ。
できれば同行してもらいたいのだが……やはり会話ができないというのは不便である。
さてどうしようかと考えていると、二人組の女性が遠くから走ってきているのが分かった。
カーターはそれを見た瞬間に顔を隠すため、布を口に巻く。
それに何の意味があるか分からなかったが、二人組の姿を見た時自ずと理解することができた。
「ジグル! 大丈夫だった!?」
「ユリーさん。大丈夫でしたよ。さっき人助けしたところです」
「あら、凄い。お怪我は無いですかー?」
「お、おかげさまで……」
雷弓の二人にそう言われ、カーターがおずおずと答えている。
過去に何があったかは別に詮索しないが……まぁ放っておこう。
人が増えてメリルも安心したようで、ようやく顔を上げて皆の話を聞けるようになった。
相変わらず握っている毛は放さないが。
「ていうか何でもう魔物湧いてるのよー!」
「生き残りだと思うよ? でもこの辺りにオークが出るのは珍しいから、私はもう少し調査してみるけど、二人はどうする?」
「俺はカーターさんたちとサレッタナ王国に戻ります。危ないと思うので……」
「あ、じゃあ私もそうしよー」
「え!? いいんですか……?」
願ってもない話だ。
ここは同行してもらうことにしたい。
カーターもそれに頷き、交渉はすぐに成立した。
屋敷まで戻ることができたら報酬を払う約束をし、サレッタナ王国までの護衛を依頼した。
これで帰りは問題ないだろう。
それが決まった瞬間、リゼはメリルの顔を見る。
すると、ジグルと名乗った少年をずーっと見つめていた。
尻尾で頭や肩を突いてみたりするが、視線は一切動かさない。
『……あらぁー……どうしましょ』
完全に堕ちているメリルを見て、これからどうしようかと頭を悩ませるリゼだった。
因みに、リゼの我儘に付き合って護衛を付けずに抜け出したカーターには重い罰則が与えられたことは言うまでもない話なのだが、それは内緒の話である。
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