7.8.危険な道中②


 もうすぐ森を抜ける。

 そうすればサレッタナ王国まで平原が続くので、もう脅威となる魔物などの出現は無いだろう。


 とは言え、この辺りは少し整備されているので、まず魔物が出てくる事は殆どない。

 その為か、カーターも鼻歌を歌いながら御者に努めている。


 馬車の中では、目を覚ましていたメリルに毛を解かれていた。

 綺麗な櫛を使って丁寧にしてくれているので、痛いということもない。

 やはり彼女も馬車の中では暇なのだろう。


「リゼは帰ったら何が食べたい?」

「……」


 火が通っている肉であれば、別に何でもいい。

 生肉より火を通してある肉の方がおいしいのだ。


 というより……貴族の料理は総じて味が薄い気がする。

 いや、味付けの濃い物もあると思うのだが、なんだか不味いのだ。

 その理由は、見た目ばかりに手を入れて味をあまり重視していないという物があるかもしれない。


 確かに貴族に鮮やかでない煮物や佃煮と言った料理は合わないだろう。

 肉を出すにしても、とても小さく刻まれているサイコロステーキの様な物しか出てこない。

 その肉の色の悪さを隠すためか、その周囲にはトマトだとか野菜だとかがふんだんに盛り付けられ、肉を食べているという感覚には一切なれなかった記憶がある。


 これなら、冒険者が食べている魔物の肉の方が何倍も美味しいと思う。

 遠目から肉の大きさを見てとても驚いたが、あれを口にすればどれ程満足されるだろうかと考えたほどだ。


 しかし、魔物の体のせいか、肉を食べる事に関してはたがが外れてしまってどうしても食べたい衝動に駆られてしまう。

 あんまり太りたくないのだが、こればかりは仕方がない。

 本能なのだから。


「私はー……お菓子!」

「グルッ」


 それなら他の料理よりまだましだ。

 砂糖が足りないのか、生地をただ食べている感覚にしかなれなかったが、おそらくそれは魔物の姿だからだろうとしておく。

 あれも不味いと何食べていいか分からなくなりそうだ。


 メリルの御両親、及び従者やメイドには悪いが、料理だけはもう少し見直して欲しい物だ。

 野菜が一番美味しかったとかそう言う事も多々あるので、何とかしてほしい。


「キャッ!!」

「!?」


 突然、馬車が大きく揺れた。

 ばっと外を見てみると、カーターの背を優に超えるオークの姿があった。

 それが六体。

 明らかにカーターには重荷である。


 そんな彼は、既に双剣を抜いてオークの注意を引き付けていた。

 その内五体は何とかカーターに目線を向けて追って行ったようだが、残りの一体は相変わらず馬車を見ている。

 どちらを優先するか考えている様だ。


 その様子を見たリゼは、すぐに尻尾でメリルの口を塞いで声を出させないようにする。

 リゼの意図に気が付いたのか、彼女も小さく頷いて黙り込む。


 窓は内からカーテンがかかっているので、外からは扉を開けなければ中は見えない。

 オークの動きを匂いで察知しているリゼは、爪を立てて万が一の事を考えて構えている。

 このままカーターを追ってくれれば良し。

 そうでなければ、メリルを連れて逃げなければならない。


 カーターも心配だ。

 五体のオークに追われているのだから、逃げるだけで精一杯かもしれない。

 早くメリルを安全な所に下ろして、カーターも助けなければいけなかった。


 だが、目の前のオークが動かない。

 じっと馬車を見たまま動いていなかった。


 ──マズい。

 そう思った時には、馬車が大きく揺らされた。


「ガルゥ!!」

「キャアアアア!!」


 オークが持っていた棍棒で馬車を思いっきり殴ったのだ。

 大きく揺れた馬車はドアが開いてしまい、メリルだけが外に放り投げられる。

 体勢が悪かったリゼは、踏ん張ることができずに馬車の中の椅子に体を打ち付けてしまった。

 魔物の姿であればさして問題ない痛みだが、今度は反対側に馬車が揺らされる。


 オークが馬車の頭を持って今度こそひっくり返したのだ。

 中にいたリゼは馬車の中で転げまわることになってしまい、唯一空いていたドアからすぐに出ることができなくなってしまった。


 馬車を目の前からどけたオークは、とある物に目が止まる。

 膝を打ち付けて怪我をしているメリルだ。

 痛みを我慢しているようだが、近づいてくるオークに気が付いたのはすぐだった。


 しかし、大人を優に超える背丈を持つオークだ。

 その巨漢をみて、幼いメリルは怖気づいてしまう。


 リゼはようやく馬車のドアを蹴飛ばして外に出るが、オークは既に棍棒を振り上げていた。

 あの状況からも攻撃できる技能を持っていたリゼであったが、それだと確実にメリルにも怪我をさせてしまう。

 だがあの状況でオークを倒すには、強力な技能が必要だった。


 しかし、その動揺が思考を鈍らせる。

 技能を選んでいる時に、棍棒が振り下ろされたのだ。


ガルァメリル!!」


 そう叫んだ瞬間、オークの持っていた棍棒が吹き飛ばされた。

 いや、棍棒だけではなく腕すらも吹き飛ばされている様だ。


「ガアアアア!?」

「ヒッ!」


 メリルの体に、オークの血が付着する。

 この機を逃して堪る物かと、リゼはすぐに走ってオークを切り裂くために技能を腕に集中させた。


 しかし、それすらも必要なかった。

 次の瞬間、オークは無数の光の光線によって体を貫かれ、最後に胴体をずっぱりと斬られて両断されてしまう。


 オークの後ろにいたので、リゼは何が起きているのかわからなかった。

 しかし、下半身が地面に倒れ伏したところで、ようやくその攻撃の正体が分かった。


 身の丈に少し合わない、ロングソードを持った少年が、メリルの前に立ってオークを切り伏せたのだ。


「フー……。危なかったぁ……。あ、大丈夫ですか?」

「う、うう……」

「う?」

「びええええええ!!」

「わーー!!? なになに!? え、ごめんなさい! 大丈夫ですかって怪我してるじゃないですか! ってちょっと! 放して放して! 痛い痛い痛い!」


 メリルは少年に縋って泣きついている。

 余程怖かったのだろう。

 自分も近づいて慰めてやらなければと思ったが、また近づいて魔物と間違われてもいけないので、ここはカーターの援護に向かうことにする。


 彼であれば、またオークが出て来ても対処してくれるだろう。

 そして、カーターを一発ぶん殴る。


 そう決めたリゼは、すぐに匂いを辿ってカーターを追ったのだった。

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