7.7.危険な道中


 サレッタナ王国の危機は去った。

 そう言った報道が各国に通達され、貴族や王族は魔物の脅威が自国に訪れない事にほっとしたものだ。


 そして、サレッタナ王国から一時的に逃げていた貴族たちは、滞在していた国を後にして自国に戻るという動きが見て取れるようになった。

 基本権力だけの何の力量も持たない貴族たちなのだ。

 魔物という危険が訪れれば、事が収まるまで離れていた方が良いに決まっている。


 だが、王に忠誠を誓う者は決して逃げない。

 逃がすのは、自分の後継者や子供たちだけである。


 サレッタナ王国に魔物の軍隊が迫ってきているという事を聞いた貴族の一部は、すぐに他国へ自分の身の安全の為に移動させた。

 だが、今回は悪魔が記憶を操っていたため、殆どの貴族は他国へと逃亡することができず、そのまま魔物の脅威と鉢合わせる結果となった。


 それでも安全の為に逃がすことに奇跡的に成功した貴族はいる。

 今、ガロット王国からサレッタナ王国へと馬車を走らせているこの貴族も、その内の一人だ。


「カーター! あとどれくらいかしらー?」

「メリルお嬢様! お願いですから馬車から身を乗り出さないでください! あと少しで着きますから!」

「わかったわー!」


 甲冑を着て御者をしているカーターに、幼いながらも美しさを醸し出す少女、メリルが馬車から身を乗り出して声を掛けた。

 声をかけるまでもなく、サレッタナ王国は目と鼻の先であるのだが、彼女は本来であれば活発な時期の子供。

 こうして身を乗り出しては、御者のカーターの困り顔を見るのが楽しかったのである。


 それに、狭い馬車の中はとても窮屈で、窓から外を見るくらいしか楽しめる事がない。

 少しでも体を動かしたいのだ。


 馬車の中に顔を引っ込めたメリルは、ちょこんと椅子に座って、隣にいるモフモフを撫でる。

 グルル、という唸る声を上げるが、この声は別に威嚇しているのではない。


「リゼ~。もう少しで着くよー」

「ガルゥ……」

「むふぅー。モフモフ~」

「……」


 リゼと呼ばれたのは、綺麗な毛並みをなびかせる獣だった。

 白と蒼白の色を交互に交えた、虎の様な姿をしている。


 少しちょっかいを出されたリゼは、尻尾でメリルの顔を突っついてやる。

 それに気を良くしたのか、今度は飛びついて体でモフモフを堪能しているメリル。

 相変わらずの光景だが、これが日常だ。

 悪い気は起きないし、何ならこの子供に感謝しているくらいである。


 魔物にも関わらず、こうして一緒に過ごすことができているのだ。

 それを許してくれたメリルの父親、及びその従者には、感謝してもしきれない程の恩があった。


 森の中を迷い、食べる物も飲む物のなかった極限の状態で、奇跡的に自分を見つけてくれたこのメリルに、最大限の恩返しをしたいと常々思っているのだ。

 護衛だけでその恩が埋めれるとは思っていないが、少しでも役に立てるのであればと、リゼはその任務を請け負っている。


 魔物騒動云々の前に、数週間前からガロット王国に滞在していたので、彼女たちは悪魔の記憶操作に干渉することは無かった。

 魔物の脅威が去ったと言う報告を受けて、魔物が全て一掃されているのであれば、安全に帰るのは今が一番良いのではないかという案をカーターが立てたので、こうして母国へと帰っている。


 しかし、事がそんなにうまく進むはずはなかった。


「!!」


 馬車が急に止まり、メリルの体が少し傾く。

 それを尻尾で受け止めて体勢を立て直し、ゆっくりと外を覗く。


「いやー、読みが外れたなぁ……」

「……」


 リゼは頭をガジガジと掻いているカーターをジト目で見る。

 彼は頭が良くないのだ。

 その彼の一言で振り回される者の身にもなって欲しいと、常々思っているのだが、どうせ口は聞けないのだ。

 とりあえず睨んでおく。


 今回の護衛はカーターとリゼだけ。

 その理由は、早くお父様に会いたいというメリルの我儘を受け、カーターが独断で馬車を用意して帰路についているからである。

 独断であるからして、周囲にこの事をばらすわけにもいかない。

 逆に今まで何も起きなかったことの方が奇跡なのだ。


 リゼは大きくため息をついてから、匂いを嗅ぐ。


 匂いから察するに、魔物の数はそこまで多くない様で、その種類は恐らくゴブリンだろう。

 しかし、これをカーター一人で相手をするとなると、随分手こずることになる。

 自分も出ようかと思い、馬車のドアノブに手を掛けるが……。


「よいしょー!」

「ギャワッ!?」


 カーターは携えていた双剣で、周囲に群がっていたゴブリンの群れを一掃し始めた。

 寸分の狂い無き剣筋が、的確にゴブリンの急所を貫いては周囲を血みどろに汚していく。


 頭は悪いが、双剣での立ち合いでは騎士にも負けない程の実力のあるカーターだ。

 護衛として、これ程に動き回れる人員はとてもいないだろう。


 生きている匂いがだんだん消えていく。

 その数はもう数えるほどにまで減っていた様だ。

 これであれば、無理をして出て行く必要はないだろう。


 カーターが一人で勝手に決めたことに、巻き込まれただけなのだ。

 出来るだけ彼一人で解決させてやらなければならない。


「はい、お終い」


 血振るいをして双剣を納刀し、今度は小刀を取り出す。

 ホクホクしながら素材を剥ぎ取るカーターを見るに、おそらく彼は元冒険者なのだろう。

 知らない間にお小遣いを溜めて来てはメリルの好きな物を買いに行ったりしている。

 世話好きなのか、それとも懐かれたいだけなのか……。


 金で釣ろうなどという男にメリルはやらないぞというリゼの鋭い視線に、カーターは身震いした。


 剥ぎ取りも程々にして、ようやく戻って来たカーターは馬車を走らせる。

 何事もなかったかのようにする彼だが、それはメリルを不安にさせないための振舞だ。

 だが……。


「スー」


 メリルは寝ていた。

 自分の毛には睡眠効果があるのだろうかと思う事が多々あるが、まぁ汚い音を聞かなかっただけいいだろうと思いながらも、彼女と一緒に丸まって寝たのだった。

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