10.70.応龍の決定
俺が技能を言うと、天の声が固まった。
目を大きく見開き、体の異常を調べる。
だが……何もない。
応龍の決定は強制的に物事を捻じ曲げる力を持つ。
これだけは天の声にもどうにもならなかった技能だ。
だがそれは、封じたはずである。
「き、貴様……それは私たちには使えないようにしたはず……」
「ああ、そうだ。試したけど使えなかった」
「では……何に使った」
「お前を倒すために、使った」
その言葉に首を傾げる。
分からないのも無理はないだろう。
だが……神というのは強そうに見えるが意外と儚い存在だということを、俺は思い出した。
まず疑問に思ったのが復活を阻止する条件を満たしたのに、何故顕現したのか。
前回とは違う点。
それは天使の出現とバルパン王国の信仰だ。
恐らく、天使が声を神として祭り上げたのだろう。
それそしばらく考えて、ピンときた。
「神って言うのは、存在を知っている奴がいなければ死んでしまうものなんだよな」
「……どういうことだ」
「妖怪だって神様だって、信じてくれる人がいなけりゃ廃れてしまう。存在を誰も知らなければ、死んでいるのと同じ。だから、万物の記憶からお前たちの存在を消すことにした」
リゼがこいつらの弱点を見た時、周囲の人間が真っ赤に染まっていたということも、これで理解できた。
神様は覚えられ、信仰されて力を増す。
忘れ去られれば……存在すらなくなるのだ。
「……は、はは、はははははは! はっはっはっはっは!! そんなことができるのかい!? いやぁそれは傑作だね!! できるかどうかも分からないんだろう? だというのに代償を甘んじて受け入れて意味のない願いを乞うたのかい!?」
天の声は信じていないらしく、そのまましばらく笑っていた。
可笑しくてたまらない。
これがもし失敗すれば、自分たちの存在はしばらく抹消されることになる。
潜伏して力を蓄えるのには十分すぎる時間が作れるだろう。
それをやってくれるというのだ。
感謝しかないし、その愚かさを笑うしかなかった。
だが……一切笑っていない顔を見て、ゆっくりと笑うのを止めた。
「……嘘だろ?」
「嘘じゃない。誰かの信仰があるからこそ神は強くなる。まだ記憶を消している最中だからな。お前の体に変化が出るのはもう少し先だろうな」
「……いや、そんな馬鹿な。ありえないありえない。有り得るはずがない!! 私は神だぞ!! それに全ての記憶など消せるはずがない!!」
「応龍の決定っていうのは、そういうもんらしいけどな」
それは確かにその通りだ。
願ったことが確実に実行される恐ろしい技能。
だが、その代償も恐ろしいものの筈だ。
「……お前は……お前らにはとんでもない代償が返ってくるんだぞ!! 日輪らは自らの存在を消したからこそ大きな代償は受けなかった! だがお前は違うだろう!!」
「その通り。でもまぁ……いいんじゃね? 死ぬわけじゃないんだし」
「な……ぐ、あ……」
潔すぎる妥協が、天の声の言葉を詰まらせた。
死ぬわけではないのであれば、俺は代償を受け入れよう。
どういう形になって返ってくるかは全く分からないが……。
それが分からないってのが怖いところだよな。
でもまぁ、今回願ったのは二つなんだけどね。
「……私の……私たちの負け……なのか……」
技能を作った張本人だからこそ分かる。
この技能は、発動してしまった場合術者を殺しても意味がないということ。
天の声は肩を落とし、ようやく自分が負ける定めにあるということを察知した。
その理由は……応錬の自信と、空と陸が消滅したことにある。
自分の部下とは深く繋がっているのだ。
何処にいても、何をしているのかが分かる。
他の三人にはそういう能力はないが。
空圧剣を手放した。
それが地面に突き刺さって破裂する。
その威力は、小石を軽く吹き飛ばす程度の弱いものであった。
「お前らの負けだ」
「そうか……」
天の声は、その空中で胡坐をかいた。
負けが決まると、何故だか潔くなるものだ。
もう敵対する意味も、なくなった。
「なぁ、応錬。私は何処から間違ったのだ。私だって神と共に作り上げたこの世界を当初は気に入っていた。自分が与えた技能で生命が広がっていくのだぞ? 楽しくないわけがない!」
「そうだな」
「私がやったのは、生命に技能を使えるようにしてやった……それだけだ。何が悪かった!? 何がいけなかったのだ!?」
「いや、知らん」
「おい……」
だってその場全然見てないもん。
俺たちの知らない話を聞かれても、分かるわけがないんだよな。
そこで、アレナが俺の後ろから小さく呟いた。
「……性格?」
「昔はこんな性格ではなかった。神に付き従い、尊敬していたのだ」
「従順過ぎたとか?」
「難しい言葉知ってんだなアレナは」
「むっ、馬鹿にしている……」
「あ、ごめん」
アレナが口にした言葉を、天の声は考える。
確かに神には従順であった自分がいた。
しかし、それが悪いとは一切思えない。
「分からん。何が、何が駄目だったのか」
「……実際に聞いて来い」
「……は?」
その瞬間、力が急激に失われていくのを感じた。
体が薄くなり、自分の中にあった能力もすべて消えていく。
応錬の言っていたことは本当だった。
万物からの記憶の消失。
恐らく、神からも自分たちの存在を消したのだろう。
「できるわけがないだろう」
「まぁ、うん。……で、お前誰?」
「ふふ、はははは、そうだな。そうだったな」
もう記憶が消されているらしい。
仕事が早い。
あと少し喋っていたかったが、結局答えは分からなかった。
これから一生理解できることのない答えなのだろう。
死んでしまう……というより、存在が消滅してしまう自分には関係のないことだが。
「私たちの負けだ応錬。八つ当たりをしてすまなか……た──」
「……お、おう……。え、消えた……。アレナ、あれ誰か知ってる?」
「んーん」
「だよなぁ……」
なんだったんだろう、今の。
ていうか何で俺たち魔族領に来てたんだっけ。
何かと戦ってたっていう記憶はあるんだけど……。
「んっ!?」
「え、どうしたの応錬」
「めっちゃ……眠い……」
「またーー!?」
いや、またとか言わんといて……。
俺の奥義は使ったら眠たくなっちまうんだから……。
……ん?
いや、応龍の決定って何に使ったんだっけ?
やべぇ忘れた。
え、これ忘れてるのって結構不味いのでは!?
「ぁーにきぃー!! 兄貴ぃーー!! 水龍!! 水龍出してくれっすー!! もう小さくなって持たないっすよー!!」
「あ、無理ごめ──」
「わあああ!! 応錬! まだ寝ちゃだめぇえええ!!」
「え!? 寝ちゃったんすか!? え!? ちょっとまって水龍崩れてくんだけどぎゃああああぁぁぁぁ……!!」
「わああああ!? 零漸ー!! ラック! 助けに行ってー!!」
『分かった』
水龍が崩れて落下していく零漸を、ラックは背に乗っている応錬とアレナを落とさないようにして回収しに行ったのだった。
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