10.71.会談


 パチリと目が覚めた。

 なんだか懐かしい空間にいるということが分かる。

 だが何故だか思い出せない。


 周囲を見渡してみるが、ここには何もない様だ。

 真っ暗な空間。

 遠くに長机が一つあり、椅子が何個か設けられている。

 普通の椅子より少し大きい様だが、それで問題はないはずだ。

 と、いうことが分かってしまう。


 どうやら自分一人しかいないらしい。

 嫌な気配はないので、机と椅子がある方向へと足を運ぶことにした。

 しかし、妙な胸騒ぎがする。

 ここで何か重要なことが決められるような、そんな場所……。

 議題は何だろうか。


 はて、何故議題という言葉か出てきたのだろう。

 ここのことは何も知らないはずだ。

 ……しかし、何故か知っている。


「……神の会談……」


 天はぽつりと呟いた。

 そう、ここは確か……あの世界を作るにあたって様々なことを会議した場所だ。

 なかなか進まなかったことを覚えている。


 数十回に及ぶ会談で方向性が決まり、更に数十回に及ぶ会談で神それぞれの役割が決まった。

 足を引っ張っていた神も何体かいた気がするが、自分はそんなことはなかった。

 ただ決められたことを忠実に成す。

 それだけで褒められたし、認められた。


 自分の席だった椅子を触る。

 背もたれには『アマリアズ』と彫られており、懐かしい手触りを楽しんだ。


 ポ────ン。

 不思議な音色が鳴り響く。

 そこでアマリアズは固まった。

 視界の端に……少し体の大きい存在が出現したからだ。

 ゆっくりとそちらを見やれば、主神が座る席に……いた。


 白色の大きめのローブに、金の刺繍があしらわれている服を着ている。

 顔は見えず、ただフードの奥に黒い空間が広がっているだけだ。

 昔は自分もそんな服を着ていたことを思い出す。


 裾からはしわがれた手が覗いており、老齢の人物であるということが分かった。

 指に二つの金の指輪をはめている。


「ウォーゼン……」


 主神ウォーゼン。

 かつてアマリアズが仕えていた、神である。

 裏切った張本人。

 それに腸が煮えくり返る気持ちが吹き上がってきた。

 咄嗟に空圧剣を作り出して構え、切っ先を向ける。


 技能を使ってみて分かった。

 どうやら力は取り戻されているようだ。

 だがそれは、ウォーゼンの指がトンッと机を叩いた瞬間消え失せた。


「……」

『久しいな、アマリアズ』

「どの面下げて……」

『そうさな……。話さねばなるまい。クウアレンとロクマログ、トコロゼブナは……?』

「死んだよ」

『……送り込んできたのは、アマリアズだけか』


 ウォーゼンはアマリアズに座るように促した。

 だがかつて自分を裏切った存在の言う事などを聞くつもりはさらさらない。

 今すぐにでも技能を使って首を刎ねてやりたところだ。


 こいつのせいで、クウアレン、ロクマログ、トコロゼブナは同じ空間に閉じ込められる結果になった。

 力も使えず、声も届かず、ただ作った世界を眺めるだけしかないあの空間に。

 何が面白いのかと全員で愚痴を言ったものだ。

 日が経つごとにウォーゼンへの恨みは増していき、他の神々まで嫌悪する様になった。

 奴らもこの案に同意した者共なのだ。

 到底許すつもりはない。


 だが、何故今更自分だけがここに呼ばれたのかが気になった。

 自分の存在は消えているはずだ。

 誰からも忘れられているはずだというのに、ウォーゼンは自分の名前を憶えている。

 あの技能はすべての決定権が一時的に応錬に移るもの。

 神と言えど抗えるものではない。


『まさに、それである』

「……」


 心を読んできた。

 神であれば至極簡単なことなのではあるが、神同士となると話は変わってくる。

 許可をしていなければ心の声は聞こえない。

 だが主神に隠し事をしようとしている時点で疑われるので、こういう場では誰もが許可を出していた。


 なぜ自分もそうなってしまっているのかは分からないが……。

 読まれていることが分かっている以上、下手に隠し事をする必要はないだろう。

 するつもりもないわけだが。


「何がだ」

『……まず、お前がここに来た理由を説明しよう。応錬、だったか。その者が一部神の力を借りてお前をここに連れてきた。話を聞いてこいという理由でな……』

「……実際に聞けってのはそういうことか……」

『今はその力が私に及ぶのを遅くしているだけ。あとですっかり忘れてしまうだろう』

「そうなったら、私は消えるか」

『そうなる』


 死ぬ前になんてものを置き土産として置いていくんだと、アマリアズは嘆息した。

 これでは恨みが増幅するだけだ。

 最後に応錬と軽く話してあれで満足だった。

 無駄であったが、それでも自分たちがやろうとしていたことは間違っていなかったと今でも断言できる。


 できる事なら、ウォーゼンと戦わせてほしかった。

 それだけの力をあいつは持っていたのだ。


『話を戻そう。お前が作った……いや、作ってしまった技能。応龍の決定。神の意志も跳ねのけるそれはあってはならぬものであった』

「やはり私が作る技能に恐れ、そして封じ込めたのか!!」

『違う、そうではない。その力は、使ってはならぬもの。お主は、罪人になったのだ』

「……は?」


 理解できない言葉が、ウォーゼンの口から放たれた。

 使ってはならないもの?

 罪人?


 技能を作って欲しいと言われ、そして作った。

 ただそれだけなのになぜ罪人にならなければならなかったのだろうか。


「何を……」

『お主が使った力は、私の力の一部。それをお主の独断で使ってしまったのだ。……主神である私の力を勝手に使って、ただで済むわけがないことは……お主も分かっている事だろう?』

「それは……そうだが……!」


 その危険性は重々承知している。

 だがまさか……そんな簡単に力を拝借できるとは思っていなかった。

 ただ、こういう技能があったらいいなと思って作ったくらいである。


 しかし、もしそうなったことを教えてくれていたのであれば、考えも大きく変わったはずだ。

 何も聞かされず、あの空間に閉じ込められた。

 いくら罪人とはいえ、罪状を突きつけずに投獄するということはしないはずだ。


『……それはな……お主の力を羨む者が画策したことなのだ。順を追わず、そのまま投獄した。もちろんその者たちには罰を受けさせたが……』

「……私は……わたしは……!!」

『アマリアズ。お主の投獄期間は五百年だった。だが、作った世界に干渉したことで、更に五百年延びた。あの空間には……私でも手を出すことはできない。罪人となったことを伝えておけば……お主は大人しく五百年待っただろうな。罪を受け入れたはずだ』

「当たり前だ……! 何のためにここまで……ここまで尽くしてきたと思っている!!」

『私のため、ということは……一番近くにいた私がよく知っている』


 その通りだった。

 様々な世界を作り上げ、それを統治するウォーデン。

 時には厄介な世界を治しに神を向かわせたりもしていた。

 近くで見ていたアマリアズが、それを一番よく知っている。


 とんでもないことをしでかしてしまった。

 これでは、万物からすべてを消しつくされても文句など言えるはずもない。


『そうだな、それだけの大罪をお主は犯してしまった』

「大人しく……消えましょう……」

『いや、それは許さん』

「え」


 ウォーゼンはアマリアズに指を指す。

 ビリリッという感覚が体を突き抜けた。


「……これは……?」

『壊した世界はお主が直せ。しかし、その実録は我ら神に届くことはない。忘れ去られるのだからな。お主はあの世界に降り立ち、見届け続けるのだ』

「……大勢殺した大罪人ですよ?」

『本性をみれば分かる。お主は、あまではない。アマリアズだ』

「……」


 このお達しは、神に戻れることはないという追放を意味した。

 だがあの世界で生き続ける権利は貰えた。

 既に仲間は死に、戻ってくる事はないだろう。

 一からのスタートとなってしまうだろうが、それで良かった。


 アマリアズは一度嘆息した。

 なんでもお見通しのウォーゼンという神には、敵わなさそうだ。


 アマリアズは頭を下げる。


「謹んで……お受けいたします」

『うむ。ではな、アマリアズよ。お主と過ごした日々は……楽しかった』

「私もだ。んっ、敬語の方が……」

『構わぬ。その方が、お主らしい。それに、最後だ』

「そうか……。フフフフ、主神にため口とは、私も偉くなったものだな」

『よいよい。こういう言葉遣いをされるのは新鮮だからな』

「妙な楽しみ方を見出すんじゃない……」

『それもそうか』


 ウォーゼンが机を軽く指で叩いた。


『そろそろだ。励めよアマリアズ』

「私は死なない人間となるのか?」

『その予定だ。力も一からだが、問題ないだろう?』

「やってみせよう。自分の尻拭いは、自分でしなければな……」

『その意気だ』


 体が勝手に遠くへと離されていく。

 ウォーゼンがいる場所が遠くなり、次第に見えなくなった。

 真っ暗な空間だけが視界を覆う。

 いつの間にか……意識は暗転したのだった。

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