3.27.盾と矛


 準備を整えて森の中に入った。

 とは言っても準備する物なんて俺たちには必要がないので、ウチカゲに一度顔を出してから出発する程度の物だ。

 これを準備と言っていいのかどうかよくわからないが、まぁ特段困る物でもないし問題ないだろう。


 俺と零漸は情報通り、コシュ村から西に歩いていくことにした。

 村人からは強く止められたが、それに負けじと零漸も強く要望したため、結局は村人たちが折れてくれた。

 こういう所だけは頼りになるなと思う。

 ただの良心、正義心かもしれないが、零漸の訴えかけは村人たちの心を動かすには十分だったようだ。


 村を出発するとすぐに森に変わってしまう。

 随分と自然豊かな村だと俺は思った。村周辺の森は手入れがされているようで、樹木には間伐が入れられてあったり、切り株が数個見つかった。

 光が地面にまで届くように無駄な木を切っているという事がよくわかる。

 枯れてしまった樹木もないようだし、雑草もあまり生えていない。

 雑草に関しては手入れされているとはいいがたいが、所々で切り取ったばかりの独特な草の匂いが漂って来た。刈り取って持って帰っているのだろうか?


 なんにせよ森が綺麗だというのは良いことだ。

 無駄なものがなくなれば樹木には十分な栄養がいきわたるだろう。

 そのおかげで花も咲けば果実も実る。この森を手入れしている人物は良い知識を持っているようだ。


「森なのに歩きやすいですね~」

「ああ。手入れが行き届いているようだからな。とは言っても村周辺だけだろ」

「森なんて手入れする必要あるんですか? 自然豊かな森なら、そのまま残しておけば山の幸もたくさん採れると思うんですけど……。それにやってもやってもきりがなさそうっす」

「そんなことはないさ。確かにきりはないかもしれないが、樹木だって生きてんだ。子育てするのにもきりなんてなかなか見つけれないだろ? それとおんなじさ。それと豊かな森だろうがそのままにして置いたら森は荒れてしまうんだぞ? 木が山を覆いつくすってことは、日の光が全て葉っぱに遮られるってことだ。そうなれば地面には草は生えない。山菜もな? ま、天然林は別に手入れしなくてもあまり問題ないんだが、人工林となるとそういうわけにもいかないんだ。今まで見たところ、人工林も結構あるみたいだったしな」

「ああ~。なるほど……」

「他にも理由は山ほどあるが、それこそ言い出せばきりがないしな」


 共存。

 これは動物や人間にだけ当てはまる言葉ではない。

 海の幸も山の幸も、人が手入れしてやるからこそ恵んでくれるものなのだ。

 海を手入れするというのはあまり実感がわかないかもしれないが、汚水を綺麗にしたりする技術や、ごみを捨てないなどと言ったことが海を手入れするという事に繋がる。

 だがこの世界ではあまり関係ないかもしれないな。

 国や村に入ってみて確信したが、機械などは全く見なかった。

 なので環境問題は深く悩まなくてもいいだろう。


 だが魔物がいるというのは問題だ。

 山を手入れするのにも危険が伴うだろう。

 この辺に危険な魔物はいないと聞いていたが、こういった異常事態は何処にでも存在するようだ。

 村一つにつき一人の腕のいい冒険者がいればいいのだろうが……。

 そういうわけにもいかないんだろうな。

 腕のいい冒険者が小さな村にいていいわけがないのだ。

 まぁその基準は俺にはわからないがな。


「兄貴。山を手入れするって例えばどんなことするんですか?」

「間伐っていう作業をよく聞くな。樹木の無駄な枝や、邪魔になっている木を伐採する作業のことだ。除伐って呼ぶこともあるな」

「どんな意味があるんですか?」

「まず当たり前だが地面にも光が差す。それと樹木が太くなる」

「太くなるんですか!? なんで!?」

「光が十分でないと木は光を求めて上に伸びようとする。だから背丈だけが長くなって横には伸びない。光が十分に当たっていれば背丈を伸ばす必要がないから太くなるんだ。とは言っても針葉樹はそれなりに高くなるけどな。必要以上に伸びなくなるってだけだし。ヒノキの人工林で手入れしてない所なんて見てみろ。全部ほっそいぜ? あとは光が地面に届くからかな。木と木の間隔を開けるのが重要って話も聞いたことがある。年輪がどうとか……」

「へー! ヒノキってなんですか?」

「……木の名前」


 今の話の流れで大体わかってくれよ零漸。

 どっからどう聞いても雰囲気で木の名前だなってわかるぞ。


「グルルルルルル……」

「おっ」


 どうやらやっとおいでなすったらしい。

 目視で姿は確認できないが、唸り声が聞こえてくる。

 これは零漸にもわかったようで俺の前に出て少し低姿勢になり、両の腕を少し前に出して身構えている。


 ん? 零漸のこの構え……何処かで見たことがあるような……。

 何かの武術か?

 だが日本ではこんな構えの武術なんてないし……中国拳法?

 っとそんなことは後回しだ。

 まずは目の前の敵を倒すとしようかね。


「零漸。数は十二匹だ」

「あ、じゃあ俺が手をだすまでもないっすね」

「まぁそうなんだが……」


 話していると敵に動きがあった。

 アシドドッグっと思われる魔物が一斉に飛び出してきたのだ。

 大きく息を吸って口を閉じ、バウという声を上げて何かを俺達に向けて丸い透明な水を吐き出した。

 それにすぐさま反応したのは零漸。

 すぐさま空圧結界を展開して水を防いだ。

 だが次第に空圧結界から白い煙がモワモワと立ち上がり、空圧結界に穴が開き始めていた。


「ちょわっ!? なんすかこれ!」

「溶かしてるみたいだな……。ってことはあいつらの涎か」

「ぎゃー! ばっちぃ!」


 今まで会ってきたアシドドッグにはこんな涎を吐き飛ばしてくる奴はいなかった。

 こいつらはその上位種か何かか?

 にしても触れると怪我だけでは済まなさそうだ。


 零漸はもう一度空圧結界を張りなおした。

 だがその間にもアシドドッグは俺たちの周囲を取り囲むように展開し始めている。

 ちょっと動き出すのが遅かった。


「零漸! 防衛に徹してくれるか!」

「いつもの布陣っすね! 了解です! 『空圧結界・剛』!」


 零漸は俺たちを囲むように正方形の結界を作り出した。

 これでどこから攻撃を喰らっても耐えることができるだろう。

 しかし箱詰めだ。

 このままでは非常によろしくない。


 だが俺は結界の外に多連水槍を十二本展開して、一匹に一本を仕向けるように操っていく。

 今回はMPも十分にあるので、操り霞も展開中だ。

 こうしていればどこに敵がいてどこに多連水槍があるのか一目瞭然……っと言っても見てはいないのだが、場所はわかるのでそのまま連続してアシドドッグを貫いていく。

 逃げ回って時々結界に涎弾をぶつけてくるが、その間に大体サクッと貫いてしまう。

 仲間を呼ぼうとしているのか遠吠えをしようとしている奴がいたのでそいつはすぐさま刺し殺す。

 少しだけ吠えさせてしまったが大丈夫だろうか?


 その間にもアシドドッグは零漸の結界に攻撃を連打していたが、解けては作り直しを繰り返す結界はとても強固なものだった。零漸が三回ほど結界を作り直したところで、一回目の襲撃者は全て仕留めることができた。なんとも余裕な一回戦だ。


「終わりだ」

「了解っす。じゃあ結界解きますね」


 結界が消えると空気がスーッと涼しくなるのを感じた。

 もしやとは思っていたが空気の入れ替えをしておかないと、この結界の中は危険かもしれない。

 これは先に教えておこう。

 零漸に教えると「あ、そうっすね」と言ってこれからはどこかに通気口を作っておくと言ってくれた。

 酸欠で自滅とかシャレにならんからな。


「ところで零漸」

「なんすか?」

「さっきの構え……あれなんだ?」


 やはりどうにも気になって仕方がない。

 何処かで見たことはあるのだが……。

 だが零漸は何のことかわかっていないようで首を傾げていた。


「あれ?」

「ほら、声が聞こえた時俺の前に出て来たろ? その時に取った構えだよ」

「ああ! 地身尚拳ちしょうけんのことですか!」


 地身尚拳。

 中国拳法の一つだったはずだ。

 でもどんな拳法だったかは忘れてしまったな。

 しかし零漸の口から地身尚拳が出るとは思ってもみなかった。

 確か前世では諜報員をしていたということは聞いたが……。

 イメージが全くわかない。


「使えるのか?」

「はい。仕事している時によく助けてもらいましたよ~はっはっは」


 それは危険なことなのだろうか?

 いや絶対に危険なことだろう。

 だがその世界で渡り合えたってことはそれなりの技術は持っているのかもしれないな。

 今度見せてもらうことにしよう。いや、今でもいいのか。


「てことは接近戦もできるのか」

「うっす! 得意なことと伸ばす方向性が噛み合ってないので何とも言えないんですけどね」


 そう言われて少し考える。

 確かに零漸のステータスを見る限り、技能では防御力特化だ。

 それに自分の防御力も高い。

 前線の盾役である零漸であるが、得意なのは前世を生かした接近戦。

 俺とは少しジャンルの違う悩みだ。


 だが何を悩むことがあるのだろうか? 零漸は前に出て防衛に徹することも、自らが攻撃に転じることもできる素晴らしい役割を持っているのではないだろうか?

 幸いどちらも接近戦で役に立つ技能だ。

 前線の役割をすべて一人で賄えるというのはすごいことだ。


「零漸。今回の仕事だが、一人で何とかしてみろ」

「え!? で、でも俺は防衛職で……」


 ああ。こいつ、もしかして昔俺が言った事気にしてんな?

 確かに魚だった時に防御力の高い奴はすごいとなんだか言った記憶がある。

 そのことを今でも引きずっているのかもしれない。

 だから無理にでも防衛技能を使い続けようとしていたのだろう。

 レクアムの時でも零漸は防衛に徹していた。

 それに助けられたといえばそうなのだが、防衛職ばかり気にしていては大事な個性を潰してしまうだろう。

 ここは直してやらなければならない。


「零漸。お前は防衛職より前線に立って後ろの味方を守る方が向いている。確かに防衛技能としてはピカイチだが、得意分野をそのためだけに消してはいけない。お前、実は結構強いんだろ?」

「つ、強いかどうかはわかりませんが……」

「まぁ何にせよ今回の依頼は一人でやってみろよ。俺がやってもすぐに片が付いてしまうからな」

「わ、わかりました」


 何か言いたげだったが、このままではよくない。

 少し突っぱねてしまうような言い方だったかもしれないが、これが零漸にとっては良いのだ。

 それに……俺も零漸の地身尚拳を見たいしな。

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