5.45.破裂


 俺にしか聞こえない音が聞こえた。

 破裂音だ。

 あり得ないと思ったのだが、実際にそういう音が聞こえているのでその事実を飲み込むしかない。


 この音は聞いたことがある。

 それもそのはず。

 俺が作り出した物だからだ。


「? 応錬様、どうしました?」

「……姫様に渡しておいた水の玉が割れた……」

「え?」


 あの水の玉は俺が故意的に破裂させるか、MPが無くなった時に崩れてしまう物の筈だ。

 まぁ前回MPが切れた時は無理矢理維持させていたけどな。

 ああいうことも出来るとは知らなかった。


 いや、でもなんで破裂したんだ?

 確かに空気圧縮を潰す程度の力があれば壊すことが可能かもしれないが……。

 鬼ならできるか?

 でも何の為に?


 んー、姫様の事だから壊れちゃったっぽい感じがするなぁ。

 だって受け取った時あんなに大切そうにしていたんだもん。

 わざと壊すとか絶対にしないだろう。


「まぁ姫様ですからね……。少しおっちょこちょいなところありますし」

「確かにちょっとドジだもんな」


 こう考えるのが一番自然だろう。

 あれなくしたってなると姫様暴れそうだな……。


 俺はもう一度同じ物を作り出す。

 今度は多めにMPを入れて相当なことが無い限り壊れない様にしてあげた。

 これであれば壊れるという事は無くなるだろう。

 それをウチカゲに渡す。


「すまんなウチカゲ。これを姫様に届けてくれるか?」

「分かりました。帰ってくるのに四日ほどかかりますがよろしいですか?」

「片道二日かよ……。すげぇな。まぁ頼むわ」

「はっ」


 ウチカゲはそれを懐に入れると、ふっと消えてしまった。

 流石に速いな。

 目じゃ見えん。


 それにしても馬車で約一週間の道のりを二日か……。

 あいつの場合は走った方が早いもんな。

 ま、これでこっちの問題は解決かな。


 ……結局俺と鳳炎とアレナの三人だけになってしまったな。

 問題ないとは思うけど、零漸というタンクとウチカゲという索敵が居なくなったので、もし戦闘する場合は気を付けておかないと。

 操り霞を少し広くしておくか。


「じゃ、なんか依頼受けに行くかー」

「できれば魔物退治がいいな……」

「でもでも、応錬が全部埋めちゃったよ?」

「そう言えばそうだった……。周囲にはいないかもなぁ」


 復興するっつってんだろ。

 材料集めが関の山だよ。



 ◆



 今日は風が強い。

 西の風が吹きすさび、草木を激しく揺らしている。

 風を正面にして進んでいる人物たちは、焦げ臭い匂いが鼻を衝くかもしれない。


 煙い。

 そんな息苦しさと匂いが鼻孔をくすぐる。

 思わず手で口を塞いでしまいたくなる程に強烈な匂いなのだ。


 煙は黒煙で、その周囲には炎が上がっていた。

 一発見ただけでそれが火事であるという事は、誰もが理解することができるだろう。


 油に引火して爆発が起きる。

 爆発によって吹き飛んだ木片や瓦礫が、雨の様に地面に突き刺さっていく。

 殺傷能力の高い物ばかりだ。

 直撃すればただでは済まないだろう。


 田んぼ、畑の土が捲れ上がり、城下町が押し倒されるようにして倒壊している。

 唯一無事なところと言えば、そこにある天守閣程度だ。

 高所にある天守閣が壊れていない、燃えていないというのは奇跡に近いかもしれないが、そこだけは健在だった。


 しかし、二の丸御殿などは壊れてしまっている。

 蔵や道場も破壊され、所々で黒煙が立ち上っていた。

 近くにいるだけでも危険だ。

 だがそんな中、救助活動をする者たちが何人も走っていた。


 一人は屋根をひっくり返してその下にいた者を助け出し、また一人は大量の水を持ってきて雨を降らすかのように空中に撒く。

 バケツをひっくり返したかのような雨が暫く降り続き、火を消火していった。

 これを何度も繰り返していく。


 だが、誰も泣かない。

 子供ですらも涙をこらえ、その状況を耐えている。

 彼らにはそうしなければならない理由があるのだ。


 そんな中、一人だけ救助活動をせずに遠くの森を睨みつけている者がいた。

 片手には日本刀を握りしめており、もう片方の手はただただ握りこぶしを作っている。

 その手からは爪が食い込んで血が流れだしていた。


 黒い角を持ち、深い赤色の服を着ているテンダは、自分の不甲斐なさを何処にぶつければいいのかと悩んだ。

 そしてこれからどうすればいいのか、分からないでいた。


「クソオオオオ!!」


 ダンッ!!

 と地面を思いっきり殴り、クレーターを作る。


 何もかもが足りない。

 奴らには勝てない。

 何も出来ない。


 そんな思いがテンダの中で駆け巡り続けていた。

 彼はただ待つしかない。

 援軍を。

 強力で、誰にも負けない力を有している援軍が必要だった。

 それに心当たりはあるが、来てくれるかどうかは賭けだ。

 分からない。


「応錬様……! お願いします……我々を……我々をぉ……!」


 絞り出すような声の後、静かにこう呟いた。


「姫様を……救ってください……!!」

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