1.25.別れ


『やっぱり、そうでしたか』


 俺はその言葉を聞いて驚いた。

 まるですべてを見通していたように言い放ったのだから。

 零漸れいぜんは動揺することなく俺の言ったことをすんなりと受け入れていた。


『えっと……零漸?』

『俺はわかっていましたよ。応錬の兄貴が、もうすでに陸に上がれるということ』


 なぜ零漸がそのことを知っていたんだ?

 ずっと隠してきたし口にもしなかったことだぞ?

 ステータスの閲覧はもちろん次の進化先を見ることなんてできないはずだ。


『ど、どうしてそのことを……ていうかいつから?』

『ベドロックを討伐したときからです』


 そんなに前から!?


 バレるような行動はしなかったし発言すらもしなかった。

 ベドロックを討伐したとき……何かやらかしてしまったのだろうか。

 零漸がわかるほどの大きな証拠がどこかに転がっていたに違いない。


 だが……全く心当たりがない。

 なんだ? 俺は何を見落としていたのだ?


『応錬の兄貴は……あのベドロック、全部食べなかったっすよね』

『……あ』


 そうだ。

 俺はベドロックを二口だけ食べてそのまま放置していた。

 あの時は水辺蛇になれるとわかってレベルを少しでも稼がないようにしていたのだった。


 おそらくあのベドロックをすべて食べてしまったら進化には十分な経験値が手に入っていただろうからな。

 それを偶然、零漸は見ていたのか……。


 だが……それだけ見て零漸は俺が陸に上がれる進化ができると見破っていたのか……。

 すごいな。


『応錬の兄貴は俺に気を使って、あのベドロックを食べずにいたんですよね? 俺とできるだけ長くいれるような時間を作るために』

『…………』

『俺はそれだけでもうれしかったです。見ただけなので推測でしかありませんでしたが、応錬の兄貴はことあるごとに俺に獲物を渡してくれました。それで確信に変わったんですよ。応錬の兄貴は、俺と長く一緒にいられるように、自分の分の経験値を俺に渡してくれていたって。だから応錬の兄貴は次の進化で陸に行けるって……俺、わかっちゃってたんです』


 完全に図星だ。

 確かにこの一週間、俺は零漸に『お前のほうが進化回数少ないんだから、お前が食べろ』と何度も言って獲物を渡していた。

 だがそれだけでは怪しまれると思って数回に一回は俺も食べるようにしていたが……流石にあの頻度ではバレるか。


 俺は黙って零漸の言葉を聞いていた。


『本当は俺ももっと早くこのことを言うべきだとは思っていました。でも、一か月誰とも、何とも会わず、いるともわからない日本人の転生者を待ち続けて、やっと応錬の兄貴に会えたんです。別れてしまうのが悲しくないはずがありませんでした。だから、言うに言えなかったんです』

『零漸……』

『でも大丈夫です! この一週間応錬の兄貴のやさしさは、その行動で十分にもらい受けました! 応錬の兄貴も俺がどんな反応するか気がかりだったんですよね。だから言いづらかったんですよね。ですがこの通り! 大丈夫なんで! 応錬の兄貴が地上に行っても、俺は絶対に追いついて見せますので!』


 いつも通りの零漸ではあるが……かすかに、本当にかすかに声が震えていた。

 無理をしているのが俺にはよくわかる。

 だが、そのことを指摘するのは野暮という物だ。


 俺も、それに合うような行動をしようではないか。


『……っし! わかった! 零漸! 俺は先に陸へ行く。そして強くなるぞ! 絶対にな! お前の高性能技能に負けないくらい強くなってやるから覚悟しろよ?』

『! 望むところです! 俺も応錬の兄貴に負けないくらい強い技能を得ます! 待っていてくださいね!』

『おうよ!』


 人の姿ではないため、力強く握手をすることができないのがもどかしい。だが、決意は固まった。


【進化しますか?】


 おう。


【進化先を選んでください】


===============

―水辺蛇―

===============


 はっ。進化先が一つしかないとは……皮肉だね。

 これ以上水の中には留めておかないって寸法かい。


 だが今はそれでいい。

 俺は進化先を水辺蛇に設定する。


 体が熱くなる。

 体中を燃えるような痛みが襲う。

 骨格が再形成され、内臓がかき回される。

 体は細く長くなり、白く細い体へと変形した。


 魚としても形はすでに残っていない。

 俺は蛇の姿へと形を変えた。


 水中では息ができない。

 すぐに川から出て滑るように地面に体を預ける。

 水の中を見やれば黒く輝く魚が一匹こちらを見ていた。

 とても小さい。

 今の俺は零漸の数倍は大きい。


 しばらく見ていると、黒い魚は去っていき、見えなくなってしまった。


『じゃあな。先に行ってるぜ』


 一言つぶやいたが、零漸という魚が応えることはなかった。

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