8.26.ルリムコオスという魔神


 歓声が鳴りやまないバミル領。

 領民は自分たちの手で街を守れたのがたまらなく嬉しかったらしい。

 兵士たちもその歓声を聞いて勝利を確信し、武器を掲げて同じように喜んでいた。


 やれやれと思って城壁の上からその光景を見下ろしている俺だったが、そこで鳳炎がまた難しい顔をして降りてきた。

 アレナもふわふわと浮きながらこちらに飛んでくる。

 ついでにウチカゲも一瞬で現れた。


「ウチカゲ」

「申し訳ございません。生け捕りは不可能でした」

「いや、それは問題ない。だがお前が手こずるとはな」

「仲間が洗脳され、操られてしまったのです。それを阻止するのに手こずりました」

「……あの塊か」


 最後に鳳炎が槍を向けたあの悪魔。

 名前はよく知らないが、あいつが洗脳能力を持つ悪魔で間違いないだろう。


 だが接近戦も行えるのは知らなかった。

 奇妙な腕に変形させていたのには驚いたし、それに鳳炎が振り回されてもいた。

 聞いてみれば、炎が吸われてしまったのだという。

 洗脳能力だけではなく、相手の技能を無効化する能力も持っているらしい。


「厄介だったよ。でも、話を聞くことはできた」


 子供鳳炎は重そうな槍を地面に置いて、そう言った。

 流石に今の体ではこの槍を常時持ち続けるのは辛いようだ。

 すぐに魔道具袋の中に槍を仕舞う。


「応錬は知らないよね。ウチカゲ、アレナ。ルリムコオスっていう魔神知ってる?」

「知らなーい」

「……魔神……ですか……」


 アレナは首を横に振って知らないと答えるが、ウチカゲは何か心当たりがあるようで、考える素振りを見せている。


「……魔神は知っているのですが、ルリムコオスという名前の魔神は知りませんね」

「知っている魔神っていうのは?」

「アトラックという魔神ですね。言い伝えだけが残っていて、実際にいるかどうかは怪しいお伽噺ですが」


 アトラック。

 最古の悪魔と言われている悪魔で、彼が魔界を作り出し、そこを統治するために様々な魔物を生み出したと言われている。

 創造という技能を持っていたと噂されているが、魔界や悪魔を作り出したのだからそういった技能がなければおかしいと、お伽噺の中でそう書かれただけのものだ。

 実際どうだったのかは分からない。


 しかし鳳炎は知っていた。

 そのアトラックという魔神を。

 先ほど対峙した悪魔、イウボラも知っているので変だとは思ったが、まさか魔神だったとは思わなかった。


「ていうか魔神って二人も三人もいるのか?」

「お伽噺の中では二人います。アトラックと、その妻です。ですが名前は書かれていなかったですね」

「ウチカゲはどこでそれ見たの?」

「あー……ライキ様に一度聞かされたことがありまして。本ではないですね」


 ライキなら何かもう少し知っているかもしれないなぁ。

 しかし魔神か……。


「あの悪魔は、そのルリムコオスという魔神を探せと言っていたんだ」

「……なんで?」

「それは腑に落ちませんね。敵である俺たちに、悪魔を探させるのはおかしいかと」

「僕もそれは思ってる」


 何故魔神を探せなどと最後に言ったんだ?

 悪魔のトップみたいな存在だし、普通は隠そうとするんじゃないの?


 そいつに会って何か変わることがあるのだろうか。

 結局何も教えてもらえずに戦う羽目になりそうである。

 いや、うん、意味が分からんぞ。


「前回と今回の襲撃で、悪魔は確実に人間たちを殺そうとしているのは分かりました。あれは俺たちの敵です。なのでこれは誘導なのかもしれません」

「誘導かぁー。確かにその可能性も捨てきれないね」


 もし悪魔の言う通り魔神を探すならば、次襲撃される場所へ救援に行くのが間に合わないかもしれない。

 俺たちを襲撃場所から遠ざける作戦だというのは、確かに可能性としては十分だ。

 今回も俺たちがいなければ、悪魔たちは勝っていただろう。


 普通に考えれば罠である可能性が高い。

 誰の目から見てもそれは明らかである。

 だがしかし。


「でも、僕はアトラックと会っている……。魔神は存在しているんだ」

「そう、なんだよなぁ……」


 その発言に驚いたウチカゲだったが、何とか言葉を飲み込み追及するのは避けた。

 鳳炎があまりにも怖い顔をしていたからだ。

 深刻そうな、途方もない不安を見据える目をしていたのである。

 おおよそ子供の姿でしていい顔ではないだろう。


 鳳炎は、一つ気付いたことがあったのだ。

 だがこれは憶測にすぎず、確証は一切ない。

 それに加えてその相手が膨大すぎる力を有している事を知っていた。

 しかしその小さな可能性が、これまでのことの辻褄が合うように縫い合わせられる。

 有り得ないからこそ、その考えは鳳炎の不安を一気に煽った。

 技能すらも危険なものだと考えている鳳炎の不安は最高潮に上っていたのだ。


 その考えに至った瞬間、鳳炎の中で今まで考えていた常識から外れた発言が飛び出す。


「悪魔は……悪魔は本当に敵なの……?」

「「敵です!」だよ!」


 その発言に、ウチカゲとアレナが反応する。

 相変わらず不安そうな表情をしている鳳炎ではあったが、そんなことお構いなしにウチカゲとアレナは鳳炎に言葉を投げつけた。


「このような事、許されることではありません! サレッタナ王国だって危険だったのです! これからもこのような蛮行を許してはいけません!」

「そうだよ! 折角サテラお姉ちゃんが作り上げてきたこの街を壊されかけたんだよ!? 応錬が居なかったらほとんど死んでたんだから!」

「お、落ち着け二人とも。鳳炎は可能性の話をしているだけだ。そうまともに受け取るな」


 とりあえずヒートアップしそうな二人を宥めて落ち着かせる。

 だがこれまでのことを見てきたのであれば、確かに悪魔は誰の目から見ても敵であると判断されることにだろう。

 俺だって同じなのだ。


 奴らの目的が分からなければ、その考えは覆ることはない。

 それは理解している。

 しかし、時折見せる態度の変化。

 悪魔と日輪との関係。

 これがいつまで経っても頭の中にまとわりついている。


 俺たちは、まだ悪魔について何も知らない。

 奴らの目的が何なのか、それを突き止めなければ根本的な解決すら難しいだろう。


「……鳳炎、俺は行くぞ」

「どこに?」

「魔神のいる場所にだ」

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