1.7.胃の中
暗い。夜が明けたはずなのに今いる場所は真っ暗だ。
夜だとしてもうっすらと外の風景は見えていたのだが、その風景すらも見えない。
そして、この暗い空間は俺の体をじりじりと溶かしていた。
ぎゃああああああああああああああ!
ばっかやろう! 鱗は硬いって言ってもこれは無理だろ! ふーざけーんなぁあああああああ!!!!
なぜこんなことになったのか……それは数分前にさかのぼる。
◆
―十分前―
マレタナゴ……いねぇな~。結構群れてたからまだいると思ったんだけどそんなことなかったか。群れを見つけるのがこんなに難しいとは思わなかった。
あれからというもの、水流に合わせて体の向きを変えながら川の上流へと向かいながら進んでいた。 もちろん経験値も欲しいのでマレタナゴを探しながら進んでいるのだが、一向に敵らしい敵が見つからない。
現在のLVは7。プランクトンに助けられながら着々とLVをあげてはいるのだが……やはり効率が悪い。
留まっていても暇なので行動しているわけだが……行けども行けども石ばかりだ。
この川には魚が少ない気がする。そういう川なのだろうか?
バシャシャシャシャ!
お!? 魚が水面をたたく音が聞こえた! 結構近い! ……あっちだな!
そう思い、音のした方向に向かおうとした瞬間、マレタナゴの大群が俺のほうに突っ込んできた。
その数は200はいるのではないだろうか? 目の前がマレタナゴだらけになり前が見えなくなってしまう。
急なことに対応できず、もみくちゃにされてしまった為一匹も捕食することができなかった。
な、な、なん、なんだ!?
ダメージは一切ない。
マレタナゴは俺をただ素通りしていっただけで、俺はその後ろ姿をただ唖然と眺めていることしかできなかった。
にしてもあのマレタナゴは一体どうしてしまったのだろうか? まるで何かから逃げるようにしていたのが少し印象に残った。
マレタナゴが来た方向を振り返る。
え?
前方には自分の10倍ほどあるニジマスのような魚がいた。
初めて自分よりデカい生物にあった驚き半分、そのニジマスは大きな口を開けて俺を捕食しようとしている驚き半分で、身動きが取れなかった。
ばぐっ。
驚いて体の筋肉が萎縮しているため一瞬の出来事に対処できるはずもなく、俺は簡単に捕食されてしまった。
水と一緒に流し込まれたが水はどこかへ行き、俺だけが食道を進んでいく。
そう。俺は今、このニジマスの胃袋の中にいるのだった。
◆
―胃の中―
俺は右半身の鱗が溶けている感触に焦りながらも、何とか脱出できないかを思案していた。
くっそぉおお! こんなところで死んでたまるか! 転生して二日目だぞ! 天の声さんちょっとこの運命はあんまりじゃないですかねぇ!
マレタナゴぉおお! お前ら教えろや! こんな奴が来てるのわかったら俺も逃げてたわ!
悪態をつきつつ体を動かしてみるが、ニジマスの胃袋は意外と小さく、あまり暴れることができない。
幸いなのはまだ消化に時間がかかりそうだというところだ。だが悠長にはしていられない。
今使える技能を確認してみる。
『発光』、光がないから使うことはできない。却下。
『大口』、俺より小さい獲物がいねぇ。却下。
『部位強化(鋭)』、これしかない。とは思ったが体があまり動かせないので効果は期待できない。
だがこれでやるしかねぇ! 唯一動かせるのは頭と尻尾……くっ! 尻尾は横にしか動かせねぇぞ! おい……これ詰んでるんじゃねぇの!?
脱出方法を模索していると、だんだんと苦しくなってきていることに気が付く。
それもそのはず。ただでさえ酸素を取り込むための水がないのに、此処は胃袋の中だ。ニジマスが肺の中まで酸素を送ってくれるはずがない。
まだ問題はないが、体にはダメージが着々と蓄積されていた。
その証拠にHPが徐々に削れていく。
まずいな……とりあえず尻尾に発動させてみたけど動かせる範囲が少なすぎる……。
っていだだだだだだ! ぐっ!? 鱗が突破されたのか!?
暗くてよくわからないが、おそらく胃酸で鱗が溶けて肉に到達したらしい。
とっさに頭と尻尾で体を持ち上げて反転する。なかなかうまくいかなかったが、三回目の挑戦で何とか反転することができた。
左半身の鱗はまだ無事なのでもう少しだけ持ってくれるはずだ。
はぁ……はぁ……考えろ! 考えろ俺! なにかあるはずだ……。
またしばらくの安全を確保したので冷静になって考える。
だがこれといったアイデアが一向に浮かばない。
その間にも胃酸は猛威を振るっており、左半身の鱗が少し熱くなってきた。もう鱗が持ってくれなさそうだ。
次第に焦りが募ってくる。
そんなとき、はじめてマレタナゴと戦った時のことを思い出した。
…………ん? そういえばマレタナゴって……初めて会った時、牙が鋭くなってたよな! そうか! あいつら尻尾だけじゃなくて牙にも技能を使ってたのか!
俺ができること……牙に部位強化(鋭)を使えるのなら……大口の威力が上がるんじゃないか!? 丸のみにする必要はない! 攻撃手段として用いれば十分な武器になるはず!
時間もない。これで成功しなかったら確実にこのニジマスの糧になってしまう。
俺は急いで『部位強化(鋭)』を牙に使い、『大口』を使用して口を開く。
そして胃酸を全く気にすることなく顔面を下に向けて胃袋にかぶりつく。
鋭く、ちょっとだけ長くなった牙は胃袋を簡単に掴んででくれた。後は顎の力で口を閉じる。
牙が胃袋を裂いて外にあった内臓にも傷を付けた。
目指すは胃袋から真下に行った『腹』の部分。骨のない所をこうしてかぶりつきながら進んでいくのだ。
鋭利になった牙と大口によるあごの力で土を掘るかのように肉を食い破ることができている。
その攻撃に耐えかねてニジマスはすさまじく暴れているようだが知ったことではない。
下へ下へ、とにかく下へと掘り進んでいく。
うらあああああああ!
計11回かぶりついたところで、目に光が差し込んだ。
もう一度かぶりついて脱出口を広くする。脱出口は狭いが、身をよじって何とか這い出すことができた。
明るい場所に出てきて気が付いたのだが、尾びれがなかった。
おそらく溶かされてしまったのだろう。
他のヒレも全て溶けてなくなっているようで、鱗も見えはしないが相当な損傷を受けているはずだ。
俺を捕食したニジマスを見てみると、腹を上に向けて息絶えていた。
どうやら腹の中の空気袋を破壊したようで、浮かび上がらずに川底に沈んでいる。
ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……お、おっしゃぁああ! ざ、ざまぁ……みやがれってんだ! はぁ……ああ、こりゃきついな。もう泳げないじゃないか……。
【経験値を獲得しました。LVがMAXになりました。進化が可能です。現在のステータスを表示します】
===============
種族:ブルーフィッシュ(成体小)
LⅤ :20/20
HP :12/124
MP :90/180
攻撃力:54
防御力:90
魔法力:34
俊敏 :39
―特殊技能―
『天の声』『希少種の恩恵』
―技能―
『大口』『発光』『部位強化(鋭)』
―耐性―
『眩み』
===============
え!? まじで!? てことはこいつ格上の生物だったのか……。俺あんだけしか食ってないけど……捕食する際の経験値ってどうなってんだ?
【経験値は相手の肉に付与されています。肉を摂取すればするほど経験値が手に入ります】
お! 説明有難う天の声さん。えっと……てことはだ。これ全部食べきるまで経験値が稼げるって事かな? 肉の一部に経験値がたまってるわけじゃないもんね! 今までは一口で食べてたからわからなかったところだな。
てか体力あぶねぇええええ! もう少しで死んでるじゃねぇか!
っとそうだ……流石にこの体で動くのはしんどい……。とりあえず進化しよう。
進化したら尻尾戻ってくるかなぁ……。戻ってくることを信じよう……。
天の声さん! お願いします!
【進化しますか?】
いえっす!
【進化先を選んでください】
===============
―進化先―
―ブルーフィッシュ(成体大)―
―レインバス―
===============
おおおおおおおお! 新しいの来た! きたぁあああああ!! レインバスですってお兄さん! あっらやだ名前かっこいいじゃないの!
えっと? 雨バス? てことでいいのかこれ……。なんか技能とかも強そうな気がするぞ~!
あ、ブルーフィッシュに成長する場合、(成体中)はスキップする形になるのね。
新しい種族に興奮しているが、選ぶ進化先は一択だった。
とりあえずブルーフィッシュ(成体大)に進化だぜ!
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