11.10.零漸とカルナの決定


 一日。

 マジで一日アレナと姫様に連れまわされてしまった。

 覚悟はしていたけど、本当に一日とは思っていなかったなぁ……。

 あのですね、ほんっとうに疲れてしまった。


 前鬼の里でできることやり尽くしたまであるぞ。

 姫様は食通だったらしく、本当に美味しい料理が出てくるところに連れて行ってくれたし、アレナは和服を着てみたりと楽しそうにしていた。

 今も和服だけど。

 黒を基調とした大人っぽい和服だ。


 他にも店を回ったり、鬼たちと話したりといろいろあったな。

 リゼも一緒に遊んで回るものだから、もう男の俺では勝てないですよね。

 逃がさない、と顔に書いてあったもん。


 いや、でも普通に楽しかった。

 これまで前鬼の里を見て回ることなんてほとんどなかったからな。

 祭りの時は結構楽しくさせてもらったけど。


 で、現在はうつらうつらしながら、今晩の食事が出てくるのを待っている状況です。

 俺が起きたということもあって、今晩の食事は豪勢に作られているのだとか。


「ねっむ……」

「応錬起きてー。ここのご飯美味しいよー」

「ランの作るご飯は本当に美味しいですよ!」

「リゼも料理するからな。本当に久しぶりに日本食が食べられるぞ応錬」

「おお、それは楽しみだな」


 んじゃ、しっかり起きておかないといけませんね。

 目を擦って意識を覚醒させる。


 あれ、なんか今日は食卓にいる人が少ないな。

 俺と鳳炎、リゼ、アレナと姫様、ウチカゲしかいない。

 他の皆は?


「アスレ、バルトは報告準備をするのに忙しいのだ。ダチアも魔族軍にお前の決めたことを伝えるために飛んでいった。サテラ、ライキも同様だ。明日にはこの事が広まるだろう。ティックは知らん」

「零漸とカルナは?」

「そういえば……見ないな」


 二人については鳳炎も知らないようだ。

 他の者の顔を見てみるが、首を横に振られてしまった。

 まだ悩んでいるのだろうか。


 すると、襖が開かれた。

 そこには零漸が膝をついた状態で座っていた。


「兄貴、いいっすか?」

「決まったか?」

「はい。できればこちらに来てくれると嬉しいっす」

「分かった。行こう」


 重要な話だ。

 他の者たちには付いて来ないようにしてもらって、俺だけで零漸についていくことにする。


 カルナの居る場所まで案内してくれるのだろう。

 そこはここより少し離れているのか、零漸はしばらく歩いた。

 廊下を歩いているところで、声を掛けてくる。


「兄貴は子供作れないんですっけ?」

「ブッ! お前はなんてことを言うんだ……!」

「い、いや、応錬の兄貴と鳳炎は……ないって言ってたっすから」

「聞くにしてももうちょっとあっただろ言い方が……。まぁそうだよ無性だよ俺は。心は男だが。まぁそれによって何かが変わるっていうことはなかったがな。多分種族的な問題だと思うし」

「そうなんすか?」

「鳳炎は朱雀。まぁ不死鳥だな。それが子孫を残せるってなったら、とんでもないことになるだろ。多分俺もほぼ不死に近しい魔物なんだろう。龍だし」

「あー、じゃあ俺は死んじゃうんすかねぇ」

「亀だから一万年くらいは生きられるんじゃないか? 多分この中で一番寿命が短いのはリゼだ。でも四神の一体だから、長生きはするだろうけど……そういえばお前今種族何?」

「霊亀っす」

「おお、玄武じゃなかったか! 良かったなぁ!」

「げん……?」


 四霊と四神、やっぱり混じってるな。

 いやぁ零漸が霊亀でよかったよかった。


 寿命に関してはあんまり考えたことがなかったけど、多分これで合っているだろう。

 不死に近い存在が子孫を残すとなると厄介となる。

 だから無性なんだろう。

 五人も十人も不死身な存在がこれから増えていったら困るだろうしな。

 長寿は問題はないが、不死は問題がある感じか。


 てなると、俺も不死なのかもしれないな。

 でも不死身ではなさそう。

 自死しない限りは生き続けられるのだろう。

 ……元は魚だったんだけどなぁ。


「一万年の寿命があっても、封印されたらずっと眠り続けるんすよね」

「多分そうなんじゃないか? まぁ封印時どうなるかは分からんが……」

「そうっすか……」


 零漸が足を止める。

 一つの部屋の襖を開き、その中へと入った。

 俺も続いて中へ入ると、そこにはカルナが宥漸を抱いて座っている。

 零漸が隣に座り、俺を待つ。


 襖を閉じ、二人の正面に座った。

 蝋燭が二本あるだけの薄暗い空間だ。

 雰囲気が少し怖いような気がしたが、多分気のせいだろう。


 二人が話し出すのを、しばらく待った。


「決めました」

「決めたっす」

「……教えてくれ」


 二人は一度目を合わせ、頷き合った。

 彼ら二人の決定を、俺は真摯に受け止めるつもりである。

 再び目が合う。

 それから、二人が決めたことを教えてくれた。


「私と宥漸は四百年後に飛ばしてください」

「俺は兄貴と一緒に封印されます」


 これが、二人の決定だった。


 零漸は、二人の安泰の生活を望んだらしい。

 自分が一緒に飛べない以上、こうして封印されることを願った。


「零漸。決めたことを聞くようで悪いが……四百年待てば、会えるかもしれないぞ。お前も一緒に封印される必要はない」

「いや、これでいいっす」

「理由を聞いてもいいか?」

「四百年も待つとか俺には無理っすよ!! カルナと宥漸がいなくなった瞬間、俺の心にぽっかり穴が空きそうな気がしてならないんす……。だったら、俺も眠るっす」

「カルナは、それでいいのか?」

「はい。やっぱり悲しいですけど……私たちはこの子のことを第一に考えました。そうなると、やっぱり……これが……いいかなって……」


 カルナは静かに泣きはじめる。

 こんな決断、親である二人はしたくなかっただろう。

 だが二人は決めてくれた。

 こればかりは、彼らでなければ……できない事なのだ。


 零漸がカルナの手を握る。

 本格的に泣き出してしまったカルナの背を撫でた。


「昔に比べて、カルナはずいぶん感情が豊かになったな」

「もう六年っすよ。暗殺業から離れていれば、そうなるっす」

「そんなことはないだろうよ。お前がいたからだろ、絶対」

「そうっすかね……」

「そうだよ」


 暗殺業から離れただけでは、人の心など変わるはずがない。

 そのきっかけを作り出してくれた人物がいるから、変わることができるのだ。

 なんで分からないんだよ零漸は。

 まぁ零漸らしいと言えばらしいのだが。


「……ありがとうな。決めてくれて」

「俺も感謝するっすよ。兄貴のお陰で、二人は安全に暮らせるっす。残って肩身狭い思いをするより……そっちの方が良いっすよ」

「絶対にカルナと宥漸は俺が四百年後に届けよう。場所の指定もしておく。そこに鬼が迎えに来てくれるようにもしておこう。いきなり四百年後に連れていけば右も左も分からないだろうからな」

「助かるっす」


 カルナは言葉は発さないが、深く頭を下げた。

 それだけで感謝しているということは伝わってくるというものだ。


 さてと……。

 話は終わった。

 あとは……その時が来るまで楽しく遊ぶだけだな。


「よし……飯を食おう。今日はランとリゼが作ってくれているらしいぞ! お前たちも来い!」

「そうするっす。でも、もうちょっとあとでもいいっすか?」

「ああ。俺は先に行っているからな。絶対に来いよ」

「分かったっす」


 明るい声で雰囲気を変えようと思ったが、さすがに無理だった。

 俺は静かにその部屋から出て、先ほどの部屋まで戻って行く。

 その道中、後ろから大きな泣き声が聞こえてきた。

 カルナの声だ。


 そのことに少し心が痛くなるが、これが……最善だと俺は思う。

 カルナにとっては、世界一大好きな人とのお別れなのだ。

 辛くないはずがない。


「すまんな……」


 俺は逃げるように、先ほどの部屋へと戻ることにしたのだった。

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