2.25.集落


 カサカサカサッ……。


 草むらの影から顔を出して村を見てみる。

 あ、もちろん水は邪魔だから消しているぞ。

 浮いている水なんてここに居ますよっていう目印にしかならないからな。

 今回は隠密で、絶対に見つからないようにこの村を探索していきますよっと。


 集落には数十件の家屋が立ち並んでいた。

 レンガなどの石材を使われている様子はなく、木と藁のような素材でで家が建てられていた。

 一見すると昔の日本家屋のようにも見えなくはないが、日本のように精巧な木造加工は施されていないようだった。

 周囲に柵もあるが、どれもこれも細い木の棒に紐を括り付けただけの簡単なものだ。

 俺でも破壊できてしまいそうだぞ。


 この世界は建築技術があまり発展していないのかもしれない。

 いや、だが馬車とかあったんだ。

 少なくとも木造加工技術はそれなりのものだとは思ったのだが……。

 それにロングソードとかもあったしな。

 鉄を加工する技術も持っているはずだ。

 んーてことはこの集落にはそういった職人がいないってだけなのかな。


 だったらすげぇな! 何の知識もなしにここまで作り上げたんなら称賛に値するぞ!?

 かくいう俺も建築に対してそんなに詳しいことを知っているわけではないが……それでも何も知らずにここまでで作り上げるのであればすごい物だと思うぞ。


 俺はイメージするだけでできちゃうからなぁ……。

 土の家だけどさ。

 そういえば畑を耕しているようだが……何を栽培しているんだ?


 畑のほうを見やれば規則正しく並べられた……稲穂が田んぼの中にあった。

 見間違うことはない。

 あれは俺が、俺たちが長らく世話になった懐かしきお米だ。


 米……? 米なのか!?

 い、いや待て! もしかしたら違うものかもしれない……そうだよ。ここは異世界だぞ。

 そんな都合よく故郷の食べ物があってたまるかってんだよ。

 上げて落とされるなんてよくありそうなことだもんな。

 ま、気になるし? とりあえず聞いておこうかな。

 天の声よ。あの草はなぁに?


【お米です】


 米だああああああああああ!!

 おいおいまじかよ! そんな簡単に見つけてもいい物なのかこれ!

 でもやったぜ! 絶対に味覚を取り戻したらあれ食べる! お米食べる!


 ふっふっふ……これでまた楽しみができましたねぇ。

 この集落の人たちとは是非とも仲良くなっておきたいな……。

 この場所覚えとこ!


 あ、そういえば村人は?

 お米を作っている人の顔を見ないわけにはいかないでしょう。

 お。いたいた。操り霞便利ですね。

 シルエットしかわからないけどこっちに向かってきている。


 んー?

 集落にある家屋に比べて人が少ないのかな。

 まばらにしかいない。

 何処かにお出かけしてるのかな?

 あ、そんなこと考えてたら来た。どれどれー?

 ……!?


 操り霞で歩いてきている人物を把握していたのだが……その姿を見て俺は驚いた。

 服装は昔の日本の農民のよく着ているような普通のものだ。

 いや俺としては珍しいのだが……。


 服は随分と使い込まれているのか結構ボロボロだ。

 その姿を見ただけでもこの村が裕福ではないということはすぐにわかる。

 だが注目するべき点はそこではない。

 俺が見て驚いたのはその農民の頭に小さな一本角が生えていることだった。

 表情はごつくないが、それは昔話で聞いたことのある『鬼』と呼ばれる存在に近しかった。


 え!? お、鬼!?

 ええええ!? うっそんまじで!?


 鬼って……この世界どうなってんの……?

 日本も混じってるの……?

 馬車乗ったけどあれって中世ヨーロッパとかの乗り物だよね?

 完全に西洋系の異世界だと思ってたのに……!


 いやそれよりも!

 鬼って架空の存在だろ?

 普通に出てきたんですけどいいんですか……?

 鬼がいるってことは……これ天狗とかもいたりするんじゃないの?

 悪魔とかも居そうだよね。

 架空の存在がこの世界には普通にいると思っていいんだろうか……。


 あーわかんねぇ! 何にもわからん!

 この世界のことがー! わっかりませええん!

 いやさ、ちょっとでもこの世界のことがわかったら、サテラを探すための足掛かりにできるかもしれないと思ったのに逆にわかんなくなっちまったじゃねぇか。


 ……うん。ここに居ても始まらないな。

 よし、まだ明るいけどあの村を探索しよう。


 『暗殺者』を発動させて気配を消す。

 これで本当に気配が消されているのか俺にはよくわからないが……ここは技能を信じておこう。

 草むらの中を移動しながら集落に近づいていく。

 先ほどの村人の近くを通ってみたが全く気が付いていないようだった。

 体白いからすぐにばれると思ったんだけどなぁ。


 とりあえず村の中に入ったまでは良かったが、なんだかどの家もめぼしい物がなさそうな気がする。

 いや泥棒しようってんじゃないからね?

 この集落がどういう物なのか知ろうっていうだけだからね!

 だってこれ鬼の集落でしょ? すごいじゃんねぇ。


 とりあえず会話を聞いてみたいな……。

 でも全員ばらばらの所にいるから会話なんてしそうにない。

 あ、そうだよ。他の人たちどこに行っちゃったんだろう。狩りかな?

 んー家の中を探索するなら今だよねぇ。

 屋根に上ってこの集落を見てみるかー。


 そう考えたはいいがどうやって登るか迷ってしまった。

 だが今の俺はウドスネーク。

 木登りが得意な蛇だ。

 その辺にかけてある梯子や木の棒などに絡みつきながら登っていけば、あっという間に屋根の上に辿り着いた。


 屋根の上から集落を見てみるのだが……やはりほとんど同じ建物だ。

 何が違うのかもわからない。

 しかし、一件だけ少し大きめの家があった。

 本当に一回り大きな家というだけで、作り方などはほとんど変わらない。

 みすぼらしいと言ってしまえば全ての家がそうなので、すぐ違いに気が付けなかった。


 探索するならあの家にしてみるか。

 倉庫かもしれないけどそれならそれで良い物が見つかるだろう。

 可能ならば地図がいいです。ていうか地図をください。

 後は……誰にも気が付かれないように……進みましょう。



 ◆



 一回り大きな家に近づいてみてわかったが、なんだかこの家だけ雰囲気が違った。

 なんというか……この家だけできる限り清楚に見せようとしている感じがする。

 他の家の壁には節のついた木材がふんだんに使われているが、この家には節のついた木材が一切ない。

 だが木材を反らせたりといった難しい加工はしていないようだ。

 あまり木についての知識がないのか、木目の末と元が反対だが……気にしないでおこう。


 ほかにも周囲に花を植えてみたり、何かの彫り物が置いてあったりする。

 随分ガサツなものだが……もしかしたらこれは相当高級なものかもしれない。

 世の中にはただの流木にしか見えないものでも何十万とかする骨董品もあるんだからな。

 だが俺は全く理解ができなかった。

 芸術は俺にはわからない……。


 入り口はしっかりと戸締りがしてあるため正面からは入れなさそうだ。

 家の周りを周回してみると、柵窓があったので俺はそこに飛び込んで中に侵入した。

 そこはどうやら厨房のようで、竈や水桶などがあった。

 内装は古民家のようになっていて、数本の柱が屋根を支えている。

 土間と居間がしっかりと別れているが、仕切りがないため寒そうだ。

 居間は全て木材で茣蓙のようなものが敷かれている。


 土間を見てみたが、調理器具などは充実しているようではあるのだが、すべて使い込まれていてボロボロだった。

 唯一綺麗なのは包丁位なものだろうか。

 これだけはよく手入れがされている。

 囲炉裏もあるが……鍋は随分くすんでいる。

 これも相当使い込まれていそうだ。


 んーー……もうこれはボロ屋だな。

 この家、もしかして最近建てられたものじゃなくて随分昔に建てられたものなのではないだろうか? 言ってしまえば結構適当に作られた家っぽいからな、これ。

 調理器具とかを見ていても古いものが多いしなぁ。


 トコトコトコトコ。


 家を見て回っていると誰かが奥から歩いてきている音がした。

 俺はすぐに身を潜めてその人物が通り過ぎるのを待った。


「母様? 父様? ……あれ?」


 どうやらこの家の子供らしい。

 年齢は15歳ほどの見た目で随分立派な紫色の着物を召している女性だ。

 額には細くて赤い綺麗な一本の角が生えている。

 着ている着物が綺麗すぎてなんだかこの場には似つかわしくない。


「姫様!」


 おん? 姫様?


 今度は男の声が聞こえてきた。

 続いて奥から出てきたのは赤い武具に身を包んだ男性だ。

 額には黒い角が一本生えている。

 完全に日本の昔の武具だが……兜はかぶっていない。

 そして着ているその防具はボロボロだった。


「奥へお戻りください、姫様」

「テンダ、母様と父様はまだお帰りになりませんの?」

「……はい、晩方までには戻ると言われておりました。大丈夫です、必ず戻ってきますから」

「そうね……ごめんなさい。ちょっと自分勝手だったわね」

「お気になさらないでくださいませ。ですが姫様の身の安全が一番大切です。動かれる時は俺に一言、言ってください。肩身の狭い思いをされているのは重々承知しておりますが……何卒」

「気を付けますわ」


 そう言って鬼二人は奥の間へと戻って行ってしまった。


 ……なんだ?

 絶対なんか訳ありじゃないか。

 気になるな……ちょっと奥の間まで行ってみようかな。

 話を聞いてみよう。


 え? どうやって聞くかって?

 俺は直接聞けないから盗み聞きだよ!

 それっぽいこと話すだろ、多分!

 

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