4.31.ダンジョン⑧ 鏡写しの敵


「飽きたーーーーーー!! 飽きたっすーーーー!!!!」

「確かに……飽きた」

「なんで一本道ばっかなの……つまらない……」


 今現在十五階層。

 十階層からフロアボスは出てこなくなり、小さな雑魚敵が多くなってきた。


 とは言っても俺たちにとってはたいして脅威になるわけでもなく、容易にここまで進めているのではあるが……単調すぎるのだ。

 罠もこの辺りに来てみると無くなってきており、一本道ばかりなので俺が操り霞を使うまでもなく敵を発見できる。


 道が分かれていれば探索箇所が増えて、アレナも暇をせずに済むのだろうが、繋がる場所もなければ別れている道すらないため、こちらも単調な作業しかしていない。

 ので、流石のアレナも飽きてきているようだ。


「グルルル」

「せいや」

「ギャッ……」


 敵も弱く、数も少ない。

 前線に立っている零漸が簡単に殴るだけで終わる。

 これがまさかこの階層まで続くとは思わなかった……。


「いきなり難易度低くなったすね……」

「言えてるな。だが油断は……ってこれ階層毎に言ってるよなー……」

「そっすよー……ぬああああ! もっと強い敵出てこーい!!」

「分かれ道がなーい!」

「うるせぇ大声出すな! 洞窟だから響くだろうが!」


 ストレスがマッハに近いことは分かるのだが少しだけ自重してほしい。

 俺だってもうそろそろ日の光を浴びたいのだ。


 ていうか大声出したら敵が気が付くだろうが!

 今更って感じだけどな!


 ……このダンジョンに潜って一週間……。

 ただ長いだけで単調な一本道を歩き続けるというのは意外と苦痛だ。

 こんなこと前世では経験すらしないことだから疲れることこの上ない。

 田舎から東京にバスで行くような感じだ。

 多分。


「……ん? 皆さん。何か見えましたよ」

「何!? 宝箱!?」

「分かれ道!?」

「お前ら」


 いや零漸の宝箱というのはまだわかる。

 だがアレナの分かれ道って何!?

 どういうことなの!?


 で、ウチカゲが見つけたという物を見てみるのだが、そこにあったのは浮いている鏡だった。

 それに、どうやらここは行き止まりだったようで、他に行けるところはなさそうであり、その場所は随分と広くとられている。


 魔法陣などもなく、懸念していた帰り道は完全になくなった……。


「ここが最下層……でいいんだよな?」

「恐らく、そうだと思います」

「帰り道がない……か。戻るの? このダンジョン……。まじで?」

「兄貴! こういうのは最後の敵を倒したりとか、謎を解いたりすれば帰り道である魔法陣が出現するときがあるっすよ!」

「そんな都合よくいくのか……?」

「とりあえずあの鏡見てみましょうよー。すっごい値打ちのあるものかもしれないっすよ!」


 確かにあの鏡は非常に気になるものである。

 壁にくっついているわけでもなく、もたれかかっているわけでもないその鏡は浮遊しているのだ。

 明らかにマジックアイテム……と呼ばれるようなもののはず……であるが、これはなんだろうか。


 いや、鏡であるという事には変わりないのだが、なぜこんなところに鏡があるのだろう。

 これもギルド職員が設置したというアイテムなのだろうか。

 となればこれを使って地上に戻れる可能性がある。


 俺たちは鏡の前に立ってみる。

 全員の姿が鏡に映り、移った俺たちが俺たちを見つめ返してきた。

 こうして見てみると普通の鏡と何も変わりないようだし、特別な何かがあるという訳でもなさそうだ。


「で、これは?」

「……魔力があるようですが……魔法陣と同じような効果はあるように思えませんね」

「分かるのか?」

「いや、浮いているのですから多少は魔力があるのでしょう」

「……ああ……そういう……」


 分かるわけじゃないんかい!

 いやまぁ、俺たちは技能を使うだけで魔術を使えるわけじゃないからな……。

 魔術が使える者であればしっかりと魔力を感知できるのかもしれないが。


 近くで見てわかったのだが、この鏡は非常にきめ細かい彫刻や装飾が施されていた。

 だがその装飾は見た目がよいという訳ではなかった。

 確かにこの装飾は腕の良い職人が数ヵ月をかけて作り上げたものの様ではあるが、なんとも禍々しく見ているだけで不快になりそうなものだ。

 金で作り上げたものだというのに、その奥にはどす黒い暗闇が隠れているようであった。


「おっきい鏡~」

「浮いてるだけ……の鏡? なのか?」


 パキッ。


「ん?」


 確かに鏡にひびが入ったような音が聞こえたのだが、鏡に傷が入った様子は見て取れない。

 しかしそれ以降は聞こえることがなかった。

 それから一拍を置いてアレナが首を傾げる。


「んー? 何か聞こえたー」

「あ、俺も一回聞こえたっす。ガラスに罅が入るみたいな音」

「むむ? 聞こえませんよ? あ、今聞こえました」


 おかしい……俺は一度しか聞こえなかった。

 だが時間差で他の皆は聞こえたと言ったので、恐らく四回ほど同じような音が鳴っているのだろう。

 はて、これは……?


「……え?」


 音に疑問を持った後、不自然なことが起こっていた。

 鏡の中の自分が動いていないのだ。

 それは他の三人も気が付いたようで、頭にクエスチョンマークを浮かべている。


 これがこの鏡の能力なのだろうかと思ったのだが、そうではなかったとこの数秒後に気が付かされることになった。


 俺が勝手に動き、鏡から出てきた。


「なに!?」

「ええええええええ!?」

「ええええええ!!」


 俺が完全に出てくると、後ろから今度は零漸が出てこようとしていた。

 そこまで来てようやくわかった。

 これは罠である。


「アレナ! 動きを止めろ! 零漸は結界を! ウチカゲは鏡を壊せ! 俺は動きを止めた奴を討つ!」

「わかった! 『重加重』!」

「了解っす! 『空圧結界・剛』!」

「スー…………『剛瞬脚』!!」

「おっしゃ! 『天割』!!」


 一番早く効果が出たのはアレナの重加重。

 やはり元の姿が俺というだけあって、アレナの技能には耐えきれないらしい。

 うん、辛い。


 そして、俺たちの間に零漸が空圧結界・剛で一枚の壁を展開し防衛に徹する。

 動きを止めた俺に、俺が影大蛇で天割を発動させて両断したと同時に、ウチカゲが鏡の横に瞬時に移動して手に装備している鉤爪を振るう。


 が、攻撃はすべて失敗に終わった。


「なに!?」

「なっ!!」


 アレナの技能で動きを封じているはずの偽物の俺ではあったが、体が動かないだけで技能は使えるようだった。

 鏡と自分を守るようにして多連水槍を三十本程度出現させて、影大蛇で放った天割の攻撃を何とか防いだのだ。

 とは言っても三十本の内のほとんどは破壊されているようではあったが、発動者本人までは残念ながら届いていないようだった。


 そして即座に鏡を攻撃したウチカゲは確実に鉤爪を鏡に当てたはずである。

 鬼の力と新しく新調した鉤爪の攻撃力は尋常ではないはずなのだが、ウチカゲの振るった一撃は簡単に弾かれてしまったのだ。


「応錬様! この鏡には魔力コーティングが施されています! 俺では無理です!」

「! だから俺の攻撃だけを防いだのか! てか影大蛇使った天割を防ぐか……! 洞窟だから手加減したけども……!  ウチカゲ! 下がって防衛に徹しろ!」

「はっ!」


 ウチカゲがいなくなったのを確認した瞬間、俺が連水糸槍と多連水槍を出現させて鏡に向けて突撃させる。

 出てきてしまった偽零漸も戦闘に参加し、鏡を守るように動いていたが流石に三十本の槍は防げなかったようで、いくつかの槍が鏡を破壊した。


 だが結局偽アレナまで出てきてしまい、一番出てくると面倒くさそうなウチカゲだけは出すことを阻止することができた。


 偽物の俺たちはどれも顔に生気がなく、まるで死んだような目をしていたが敵意だけは丸出しだ。


「……こりゃちょっと……厄介だなぁ」

 

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