4.44.生存者

「復活して早々……どうした」


 宿にはアレナ、ウチカゲ、そして零漸と鳳炎がいる。

 のだが……アレナは何故かずーんと沈んでおり、それと対照的に零漸は非常に嬉しそうだ。

 ウチカゲがアレナを励ましているのだが、どうにも上手くいっていない様だ。


「もう大丈夫なのか応錬よ」

「俺は問題ない。めちゃくちゃ呼びにくい二つ名を付けられていること以外はな」


 もう慣れたけどね。

 で……これは一体どうしたことだ。


「なぁウチカゲ。一体何があったんだ」

「実は……応錬様が模擬戦をした翌日、他の冒険者も俺たちに模擬戦を挑んできまして……」

「大変だったんだな……。すまん」

「いえ、大変だったのは模擬戦が終わった後だったのです」


 ウチカゲの言葉に首を傾げる。

 模擬戦の後など、疲れている程度で他に大変なことなど思いつかない。

 模擬戦も上手くいったようで、誰の体にも怪我らしき怪我はないようだ。

 一体何が大変だったのだろうか。


「応錬様と同じく、俺たちにも二つ名が付けられ始めました」

「俺は地帝の零漸っす! かっこいい!」

「私は炎帝の鳳炎だ。皆私が霊帝に入ったという事も知っていたようだ」

「俺は瞬帝のウチカゲ。そしてアレナが……」

「…………重帝のアレナ……」


 どうやらアレナは自分の二つ名が非常に不服らしい。

 だが俺としてはかっこいい二つ名だとは思うのだが……てかなんで零漸は地帝なん?


「俺は土地精霊で戦ってたからっすかね」

「あ、そう……。で、アレナはなんでそんなに落ち込んでるんだ?」


 理由は話の流れ的に二つ名の事だとはわかってはいるが、自分の口から聞いておきたい。

 女心なんて俺にはわからないからな。


「だって! 重いんだよ! 重いのいや! 軽いのがいい!」

「え、でも重帝ってかっこいいと……」

「よくない!」


 変な所にこだわるな……。

 まぁ……女の子だもんな。

 重いっていうのはタブーなのだろう。


 どうしてそのような二つ名が付いたのか話を聞いてみれば、アレナが模擬戦の時に、俺の真似をして一歩も動かずに重加重だけで相手をのしていったかららしい。

 その技能名からとって、重帝という二つ名が付けられたのだとか。


 相手を軽くしたり、自分が浮遊したりすれば、軽帝とかそういう二つ名が付けられたのだろうが……。


「改めることはできないのか?」

「俺たちが二つ名を承諾する時、流れで私が重帝ですって宣言してしまったんです。多分難しいでしょうね……。もう冒険者で知らない人はいないでしょうし」

「うああああん」


 アレナはまた塞ぎ込んでしまった。


 もう重帝という二つ名を改めることはできないだろう。

 改めることができたとしても、それをまた浸透させるのに時間がかかるし、それに見合う技や技能を認知させていかなければならない。

 そういう面で、あの訓練場は非常に良い場所だったように思える。


 んー……アレナにかける言葉が見つからない。

 これから一生付き合っていかなければならない二つ名だ。

 そう考えると……ドンマイ……としか言えないな。


「ま、くよくよしても始まらん。私は早速依頼を受けに行くぞ」

「俺も行くっす」

「アレナは……行けるか?」

「……行く」


 相変わらずどんよりとした空気がアレナの周りに漂っているが……依頼をしてもらって気分を変えてもらおう。


「応錬様。俺は鍛冶屋に行って武器を新調してきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、そういやダンジョンで折れたままだったな。いいぞ。金はあるか?」

「はい。大丈夫です。新調したら一人でもできる依頼を受けておきますね」

「分かった」


 新調にどれくらい時間がかかるのかわからないので、合流などは考えない方針だ。

 今日はそのようにしよう。

 俺とアレナ、零漸、鳳炎で冒険者ギルドへと赴くことにした。



 ◆



 冒険者ギルドへと行くと、何故かマリアが入り口に立っていた。

 冒険者はギルドマスターが立っているのに驚いて、恐縮しながらギルドへと入っていく。

 何をしているのだろうか。


 声をかけようとしたとき、それより先に俺たちの姿をマリアが見つけたようで、一気に俺に向かって詰め寄ってくる。

 早い。

 が、ウチカゲには遠く及ばない。


 と、そんなことを考えていると、マリアが俺の腕を掴んで一気に引っ張っていく。


「!? おうおうなんだなんだ!? どうしたマリア!」

「詳しい話は後! 霊帝の皆は来て!」


 マリアの切羽詰まったような様子に、俺たちはおどおどしながらついて行く。

 連れてこられた先は、マリアの仕事部屋。

 そこにはシャドーアイのビッドが立っていた。


「あの鬼の子は?」

「今日は武器の新調だ。後で来る」

「そう。じゃあとりあえず貴方たちだけに話すわね」


 そう言うと、ビッドが地図を持ってきた。

 あれはアレナが書いた地図だ。


 ……そういえばアレナに聞いて売るの忘れていたな……。

 すまんマリア。


「前にアレナちゃんから買い取ったわ。ったく、ちゃんと説明しときなさいよ」

「悪い」

「じゃ、説明するわ。貴方たちが潜ったダンジョンは完全に新しいダンジョン。それもSランク冒険者でないと進めないようなダンジョンよ」

「まじかよ……誰が確かめたんだ?」

「私!」

「あ、そう……」


 なんで怒ってるのかわからないが……今日はあまり下手なこと言わない方がよさそうだな。


「で、ここからが本題。何者かが第二層と第三層を繋ぐ穴を広げて、道を作ってしまったの」

「……はぁ!?」

「ちょ、ちょっと待つっす! 俺たちでも結構苦戦したダンジョンっすよ!? そんなダンジョンの魔物が地上になんて出たら……おまけにあそこは冒険者キャンプがいっぱいあるし、冒険者じゃない人もいっぱいいるっす!」


 珍しく零漸の理解が速い。

 第二層と第三層は小さな穴が開いているだけの場所だった。

 だから第三層にいる魔物は、第二層には来れないようになっていたし、なんならネズミ返しもついていたはずだ。

 普通にまずくないか?


「やばいことになるのは目に見えている、という訳か……被害はどうなのだ」

「今の所まだ大丈夫よ。けど、それも時間の問題。なんだけど……私と一緒に行ったAランク冒険者のパーティーが大怪我して帰ってきちゃってね。これ以上は探索できないの」

「そこで俺たちの出番ってことか」

「そうよ」


 俺たち霊帝は、あのダンジョンを攻略した実績がある。

 本当ならランクの高い冒険者に行かせるべきなのだろうが、その高ランクの冒険者が怪我をしたのだ。

 これ以上被害を出さないためには、俺たちをあのダンジョンに向かわせる方がいいと考えたのだろう。


「報酬は期待してもらっていいわよ」

「わかった。俺たちはダンジョンに行って何をすればいい?」

「やって欲しいとは二つ。一つは第二層と第三層を繋ぐ道の整備。三層の魔物が、冒険者キャンプのある第二層に行けないようにしてほしいって事。もう一つが、もう一度最下層まで潜って魔物を一掃してほしいって事よ」


 あのような魔物がいるダンジョンを、冒険者キャンプのあるところには置いておけないという事らしい。

 なので、あのダンジョンは破棄する。

 というのが、冒険者ギルドで出た会議結果だ。


 なのに、もう一度最後まで潜れというのは、そのダンジョンの魔物の素材を、少しでも回収しておきたいという上層部の考えらしい。

 高ランク帯の魔物がいるダンジョンなどなかなか無い。

 が、魔物たちの素材は非常に高価であったり、秘薬に使われたりと汎用性が高い。

 それを狙っている貴族が多いのだとか。


 マリアはそれを鎮めるために動いてはいたようだが……。

 結果、最後に素材を集めてダンジョンを封印、という契約となったらしい。


「それはどうなんだよ」

「私だけじゃどうにもならないのよ……。ほんとに頭に来るわあいつら。私たちを何だと思ってるのかしら」

「まぁ事情はわかった。じゃあすぐにでも準備するよ」

「助かるわ……」


 いくら俺たちが一度攻略したダンジョンだからと言って、その中に魔物がもういないとは限らない。

 実際に怪我をして帰ってきている冒険者もいるようだし、マリアの言う通り、これ以上被害を出さないために俺たちが行ったほうがいいのは確かだ。


 他の皆も行く気のようで、なんだか楽しそうである。


 俺たちは準備をするために、外に出ようとした。

 その時、扉が乱暴に開かれ、切羽詰まった表情で息を切らしている男性が入ってきた。


「ってウチカゲ!? どうしたお前!」

「こ、ここにおられましたか応錬様! いや、そんなことよりこの方を!」


 ウチカゲは背負っていた人物を床に寝かせる。

 その人物は見事な甲冑を装備しているのだが、右腕がなくなっており、様々な所から血を流して今にも死にそうな重体だ。

 簡単な治療はされているが、荒治療だ。

 これでは治るものも治らない。


 マリアはすぐにウチカゲに質問をする。


「ウチカゲ君、この人どうしたの?」

「はい。俺が鍛冶屋に行く道中……怪我を負った数人の冒険者が帰ってくるのを見かけたのですが……。いきなり倒れてしまったので介抱しようとした時、この男性からギルドマスターの所へ連れて行ってくれと言われましたので、命尽きる前に運んで参った次第です」

「なるほどね。ビッド! 回復ポーションありったけ持ってきなさい! あと包帯! それと他の奴に頼んで医療院にこのことを伝えてさせて! 絶対にこの子を生かすわよ!」

「承知!」


 ビッドがすぐに部屋から出ていく。


 俺もすぐに魔道具袋から、こっそりと作り置きしていた回復水を取り出そうとしたが、それはウチカゲによって止められた。

 ……そういえば、俺の持っている回復水という技能は、いろいろとマズい技能だった事を思い出す。


 俺は小声で、誰にも聞こえないようにウチカゲに話す。


「駄目か?」

「いけません。応錬様のお命が狙われかねません故」


 どこまでも回復系技能の持ち主は肩身が狭い。

 俺は回復水を取り出すのをぐっと我慢して、手を魔道具袋から離す。


 治癒行為は俺では行えない。

 行わせてくれない。


 自分のためにこの技能を隠すのか、それとも一人の人物のためにこの技能を使うのか。

 俺は悩んだ。

 せめて誰の目もなければと、そうは思ったが……今の状況で人払いなどできるはずもない。


「お、俺がやるっす!」

「零漸……?」

「俺ハイヒール持ってるっす! いいっすかギルドマスター!」

「ええ! お願い!」


 零漸はすぐに駆け寄ってハイヒールを男にかける。

 その後にビッドも戻ってきた。

 腕には沢山のヒールポーションが抱えられている。


 ポーションによる治療と、零漸によるハイヒールによる治療で、男の意識がはっきりしてきたようだ。

 目の前にいるのが、ギルドマスターであるマリアだという事に気が付いた男は、マリアに掴みかかって必死に何かを言おうとしている。

 だが、声がかすれて何を言っているのか聞き取ることができない。


 男もそれがわかったのか、忌々しそうに力なく床を殴る。


「……魔物が何? ゆっくりでいいから、口を分かりやすいように動かして言いたいことを言いなさい」


 男はマリアに言われた通りに、口を動かしてパクパクと何かを喋っている。

 マリアは読唇術を習得しているらしい。


 男が何かを言い終えるが、本当に伝わったかどうか不安であるらしく、何も言わないマリアを前に戸惑っているように感じる。

 だが、マリアにはしっかりと伝わっていたようだ。


「ビッド!!」

「!? はっ!」

「魔物の軍勢がここ、サレッタナに進軍中とのことよ! 方角は南西! すぐに冒険者共に知らせて、やる気のある奴らは前に出す! ない奴らは国の護衛をさせるように指示を出して! 私はすぐに王に謁見しに行く!」

「承知しました! で、ですがいきなり王に謁見など……」

「あっちの都合なんて知らないわよ! これ聞いて黙ってる王なんていないはず! 私は走っていくから後は頼むわね! それと応錬君!」


 矢継ぎ早に指示を出していくマリア。

 その中でいきなり俺の名前を呼ばれたのだから、少し驚いてしまった。


「な、なんだ」

「貴方の技能は多対戦に向いてる……。だから貴方だけはダンジョンにはいかず、ここにいて。いい?」

「俺が居なくても、ダンジョン攻略はこいつらだけで十分だろう」

「助かるわ」


 そういうと、マリアは窓を開けて飛び降りていった。

 あまりに早い行動だったので、誰も止めることが出来ず、最後までその後ろ姿を見て送る。


 ぽかんとしている奴らが多いが、今は放心している暇はないぞ。


「ビッド。はよいけ」

「! は、はい!」


 ビッドは慌てて外に出て行ってしまう。

 今ここに残っているのは、俺たち霊帝と、瀕死だった男だけだ。


「鳳炎、お前はダンジョンに行かず俺につけ」

「そのつもりである」


 鳳炎も多対戦に向いている技能を多く持っているのだ。

 行けたとしても、行かせるわけにはいかない。


「三人だけで行けるな?」

「勿論っすよ兄貴! 鏡にだけ気を付けていれば問題ないっす!」

「だいじょーぶ!」

「お任せを」

「頼むぞ」


 さて……何か知らんがでっかい仕事が舞い込んだ。

 国総出での祭りになりそうだし、俺もちょっと気合を入れるとしよう。

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