4.5.思わぬ敵


 体の懐に潜り込んだアレナは、すぐさま小太刀を横に振って一撃を入れようとする。

 しかしオークもやられてばかりはいられないようで、その攻撃を腕に残った防具を使用してアレナごと弾く。


「っ!」


 アレナはやはり回避が間に合わず、その攻撃をもろに受けてしまった。

 重力を操作して自分自身の重量を軽くしていたアレナは、いともたやすく横に弾かれてしまう。


 だが零漸の技能、『身代わり』のおかげでダメージは一切受けてはいない様ではあったが、身代わりがなければ確実に怪我をしていることだろう。


「『重加重』!」


 アレナがオークめがけてそう叫ぶと、オークが先ほど振るった腕が地面に叩きつけられた。

 オークにかかる重力を操作して叩きつけたのかと思ったが、腕をよく見ればアレナが先ほど持っていた小太刀が深々と刺さっていた。


 どうやら弾き飛ばされる前に腕に突き立てたようだ。


「はい、アレナの番終了~」

「え! まだ行ける!」

「だーめ。さっき吹き飛ばされてたでしょ? 俺の技能がなかったらアレナの小さい体じゃやられてたっすよ」


 零漸の言う通りだ。

 零漸は身代わりを通して、相手がどれくらいのダメージを受けたのかわかるらしい。

 おそらくあの一撃はアレナにとって致命傷になり得る攻撃だったのだろう。


 だがそれもそのはずだ。

 あんなデカい図体の魔物の一撃を体でもろに受けたのだ。

 俺ですらまともに攻撃を喰らえば、何処かを怪我するのは目に見ているのに、アレナがそうならないわけがないのだ。


 アレナは不機嫌そうに後退し、零漸とバトンタッチした。


「よっしゃ! 今度は俺っすよ!」


 すると零漸は構えも何もなしにただオークに向かって歩いていく。

 オークはそんな無防備な状態の零漸に拳を繰り出し、連続で攻撃を与えていくのだが……零漸はそれを受け止める事すらしていなかった。


「!!?」

「こんなもんっすか……」


 うん。お前がおかしいってことを少し念頭に置け。

 そんな戦い方ができるのはお前くらいだ。


 相手の力量を確認した零漸は、ぐっと拳に力を貯めて一気に突き出す。


「『爆拳』!」

「!? ばっかやろう火を使うな阿保ー!!」


 カッと眩く光ったと思ったら、今度は轟音が聞こえてきた。

 言い終える前に轟音が鳴り響いたので、零漸は攻撃の手を緩めることなく、思うがままに拳を振るってオークをミンチに変えていた。


 俺は音が収まってからすぐに隠れていた茂みから飛び出し、現状を把握するために操り霞を展開する。

 幸いなことに、被害は木々が少し焦げているくらいで、山火事にはならないようだったが、念には念を入れて無限水操でそのへんに水を撒いておくことにした。

 零漸の攻撃の間近くにいたアレナも無事だったようだ。


「ふぅ……。何考えてんだ零漸! 広い所じゃないと燃えるぞ! あの鳳炎とかいう奴と同じ轍を踏む気か!」

「スイマセン……あの……すいません……だからアレナ? ちょっとこれ解いて?」

「…………」


 俺が事後処理をしている最中、アレナは零漸に重加重をかけてお仕置きをしているようだった。

 零漸の攻撃に巻き込まれそうになったのだから、アレナが怒るのも無理はないため、俺はあえて助けないことにする。


 しかし、零漸は動けなくなる程度でたいしてダメージは負っていないらしい。

 足がめり込んでいるが、そんなことはお構いなしといった風で、アレナに平謝りを繰り返している。


「しばらくそこで反省していろ」

「うわーん」


 全く……。もし火が樹に燃え移っていたらどうするつもりだったんだ。

 最悪なかなか見つかっていないヒポ草まで失う羽目になってしまうぞ……。


 アレナの技能の重加重は、自身が一定の距離離れるか、相手が気絶するまで持続するので俺たちは二人で先に進むことにした。

 零漸であれば、何かあったとしても問題はないと思うので心配はいらないだろう。


「で? アレナはなんでしれっと浮いてるわけ?」

「なんかさっきの戦いで技能増えた」

「……なんて技能?」

「『浮遊』」


 どうやらアレナは新しい技能を取得したようだ。

 確か、人間は修行によって技能を取得すると、あの辞典が言っていたような気がする。


 戦闘中にも取得できるものとは知らなかったので、アレナが急にふわふわと宙を泳ぎ始めたのには若干驚いた。


 だがこの技能は左右上下様々な所に任意で行けるようなので、回避にこれを使えれば、先ほどの戦闘スタイルでも問題がないような気がする。

 なんならあのグラビティドームを使用しなくても戦うことができるかもしれない。

 本当は先ほどの戦闘スタイルを注意するつもりだったが、これであれば自分で試してもらって自分で気が付いてもらう方がいいと思ったので、今回は注意をするのを控えておく。


「「あ!」」


 しばらく歩いていると、ヒポ草の群生地を発見することができた。

 やはりヒポ草は日当たりの良い場所に生えるようで、この辺り一帯は少し開けている。


 今度からは開けている場所や、日のあたる場所を重点的に探せば見つけやすそうだ。

 しかし、この場所はサレッタナ王国からずいぶんと離れており、駆け出し冒険者がくるには難しそうな場所である。


 先ほどのオークの件もあるし、駆け出し冒険者がここまで来るというのは自殺行為になりかねないだろう。


 ま、とは言ってもやっとヒポ草を見つけたのだ。さっさと回収してサレッタナ王国に戻ろう。


「もうポズ草の見分けはつくな?」

「簡単!」

「よし。毎回言ってるけど若い芽は摘むなよー?」

「はーい」


 俺とアレナはヒポ草の回収に乗り出した。

 今回も十分に成長しているヒポ草はすべて回収する予定だが、これはギルドには渡さない方針で行こうと思う。


 今回手に入れた余ったヒポ草は、その辺の薬屋を回ってどれくらいで買い取ってくれるのかと言う検証をしてみようと思うのだ。

 これはちょっとした興味と、俺がこの薬草の相場を知ってギルドがどれだけぼったくっているのかという事を知りたいがために行うつもりである。


 ポズ草の件もあるし、あいつらがどれだけぼったくろうとしているのか非常に気になるのだ。


「きゃああ!」

「!? どうしたアレナ!」


 考え事をしながらヒポ草を摘んでいると、アレナの悲鳴が聞こえた。

 すぐにその方を見てみると、のそ~っと動く巨大な緑色の塊がこちらに向かっているのがわかった。


「なんだあれ!?」

「きもちわるーい!」


 アレナは無事のようで、すぐにこっちに駆け寄ってくる。

 驚いてはいたものの、その腕にはしっかりと大量のヒポ草が握られていたのには少し笑ったが、今はそれどころではないと気を引き締める。


 すごく久しぶりに使う気がするが……。

 おい、天の声。あれなんだ。


===============

―ビッグヒールスライム―

 ヒポ草を吸収し続けて進化したスライム。

 回復能力が通常のスライムに比べて数百倍速く、生命力が異常に高い。

 周囲にあるヒポ草を全て捕食してしまうため、冒険者が発見した場合はギルドへの報告が義務付けられている。

 ビッグヒールスライムは、十分な量のヒポ草を捕食すると分裂して数を増やす。

===============


 説明を聞くに……どうやらこのビッグヒールスライムが原因でヒポ草が不足しているということがわかる。


 ギルドに行ったとき、こいつの説明を聞かなかったので、もしかしたらギルドもまだこいつの存在を把握していないのかもしれない。

 早急に帰って調査をしてもらった方が良さそうだ。


 この場で倒しておくのが一番良いのだろうが、生憎俺はこいつを倒せるような技能を持ち合わせてはいなさそうだ。

 使えると言ったら……強酸毒牙か……成り損ないの末路だろうか。


 この成り損ないの末路だが……一体どの基準で負けだと判断されるのだろうか。

 手をだしていない相手にも通用するのかわからないが……とりあえず使ってみようと思う。


 何の罪もないことは無いけど、何もしてこない奴に急に技能をぶち込むのはどうかと思ったが、この技能は説明がなさ過ぎて怖いのだ。

 少しでもどういう技能なのかという事を知っておく必要がある。


「アレナは下がってろよ」

「うん」

「……『成り損ないの末路』」


 恐る恐る使ってみると、ビッグヒールスライムが変形した。


「「えっ?」」


 それは何かに操られているかのように弄ばれているようで、伸ばされ叩きつけられ切り刻まれたりしている。

 一体何が起きているのか全く理解できなかったが、この技能の攻撃はビッグヒールスライムの持つ再生能力を無視しているようで、痛めつけたところは一切回復していない。

 それがなぜか全く分からないが、とりあえず攻撃は効いているようで安心した。


 が……グロイ……。

 え? 何が起きているの? 俺は一体何を呼び出しちゃったの?

 てかなんで出会った状態ですでにビッグヒールスライムの負けが確定してたんだよ。一体どういうことなの!?

 え? 何なの!?


 アレナは顔を真っ青にしてドン引きしているが、実際にこの技能を発動させた俺も実はドン引きしている。

 何が怖いって、何がどうなっているのかがわからないから怖い。


 ビッグヒールスライムは、引き延ばされて引きちぎられ、それを叩きつけられて地面にすりこまれる。

 その度に飛び散る緑色の液体が、さながら鮮血のように飛び散っているのだ。


 暫くすると、俺が呼び出してしまった謎の……何かはビッグヒールスライムをいたぶるのをやめたようで、それ以降ビッグヒールスライムが動くことは無かった。


【経験値を獲得しました。LVが5になりました】


「…………何あれ」

「……なんで応錬がわからないの?」

「だって……技能に何の説明もなかったんだよ……」


 恐らくだが……この技能、対象の生物の能力を失わせる力があるのだと思う。

 ビッグヒールスライムは回復速度に長けているはずだが、それが発動しなかった。


 成り損ないの末路……この技能はその生物としてなければならないものを失わせ、その生物の成り損ないとさせる物……なのではないだろうか?

 説明が上手くできないのがむず痒いが……。

 とはいってもビッグヒールスライムをひねりつぶしたあの謎の何かは全く分からんがな!!


「これ、封印するわ……」

「うん。帰ろ?」

「よし。その前に全部摘んでからな」


 俺たちはヒポ草を摘み、後から追いかけてきた零漸を捕まえて、スターホースのいる場所まで歩いて戻ったのだった。

 帰っている道中、ヒトロの実を忘れずに数個もぎとります。

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